FC2ブログ

人生迷子

 オリジナル小説を書いたり、二次創作を書いたり、PBWのマスターとして活動したり、小説の感想を書いたり、日記を書いたり――要するに文芸するブログです。

小説 の記事一覧

第4話 ルイズの婚約者(4)

2014.05.15 (Thu)
<本編>
 ギトーの登場にそれぞれグループを作って談笑を楽しんでいた生徒たちは、素早く席に着いた。
 教卓に着いたギトーは静まり返った教室を見渡して満足そうに頷いた。

「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」

 大仰に名乗りを上げた教師に、才人は首を傾げた。

「あの先生ってそんなに有名というか凄い奴なのか?」

 隣で授業と全く関係のない本を読んでいるルイズに尋ねると、どうでもよさげながらも答えてくれた。

「微生物と同じぐらいには価値があるわ」

「……そうか」

 少なくとも今死ね、すぐ死ね、骨まで砕けろというまでの存在ではないことがわかった。しかしそれでも微生物。アイテムを使えばさようならだ。

「なんだミス・ヴァリエール。私の授業に文句でもあるのかね?」

 どうやら私語が聞こえていたらしく、ギトーが鋭い視線を向けてきていた。才人は思わず身を竦める。学生であれば見た目が恐い先生に睨まれると過剰に反応してしまうものだ。元の世界の体育教師の横暴さを思い出した才人は、やはりファンタジー世界でも教師は教師なんだろうなと思った。
 ルイズは本から顔を上げて嘲笑を浮かべた。

「何を今更」

 ただ一言返しただけでまた読書に戻った。相変わらずのルイズである。室温がぐっと下がったような気がしたが原因の主は気にしない。
 才人はそれに倣ってハルケギニアの文字の勉強を始めた。ルイズがきちんと教材を用意してくれたことには驚いたが、「はぁ? 文字も書けない下僕を連れて歩けって言うの? 今すぐ文字を覚えるか、今すぐ死ぬか選びなさい。そのぐらいの自由は与えてあげるわ」とのお達しでルイズはルイズだぜと涙を呑みながら紙とペンを受け取ったのだ。

 流石にギトーにもプライドと教師としての面子がある。関わり合いたくなくとも堂々と授業をサボられては、教師の立場から注意をしなくてはならない。そこでルイズに質問を投げ掛けた。

「最強の系統を知っているかね? ミス・ヴァリエール」

「わたしが最強よ」

「私は系統を訊いているのだ」

「そう、ならわたしの系統が何か教えてくださらないかしら」

「ぐぅ……」

 ギトーは返答に詰まった。
 当初は火の系統かと思われたが、どんなスペルを唱えても爆発になる魔法を果たして『火』に該当させていいのか今だ教師の間で議論が続いている。便宜上は『火』として扱うが、今のルイズの返しは「厳密にはどうなの? 高名なギトー先生ならおわかりなんでしょう?」という嫌味たっぷりなニュアンスであるため答えなければ逃げを意味する。そしてギトーはルイズを認めようとは思っていない。

 別にルイズが最強ではない、と言ってしまえばかわせるというのに既にルイズのペースに巻き込まれていたため、その言葉が出てこなかった。
 すっかりやり込められているギトーを見下すような視線が生徒から送られてきていた。あの『ゼロ』に言いように言われているのに何も言い返せないのか。いつもの尊大な態度はどうした。元々生徒から好かれていないため表に出た負の感情は大きく、ギトーを追い詰める。

「な、ならばその最強を見せてもらおうか」ギトーは焦ったように腰に差した杖を抜く。「遠慮せず私に放ってみたまえ」

 ルイズの気だるげな眼に感情が宿り爛々と輝いた。

「ほう、ミスタ・ギトー。愚かにもこの全知全能なるルイズ様に挑むのね。その無謀、死して後悔がするがいいわっ!」

 立ち上がったルイズと引くに引けなくなった憐れな教師を交互に見て、才人は制止の声を上げた。

「おいばかやめろ」

 もちろんギトーに向かってである。不気味な雰囲気で本来の年齢より老けて見えるが、まだまだ若いだろう。こんな馬鹿げた争いで大事な命を投げ出すのは不憫過ぎる。
 才人に続いてキュルケも止めに入った。

「先生やめてください」

 キュルケの横に座っていたタバサは無言のまま机の下に隠れた。
 しかしギトーはそれでも挑発を重ねた。

「さあどうしたミス・ヴァリエール。たかが『ゼロ』のきみだ、恥を晒すのを恐れて挑めもしないか」

「挑戦者が図に乗らないでほしいわ。きちんと自分の立場を理解しなさい」

 ルイズは懐に忍ばせたソフィアをギトーに向けて構えた。

「おいおいルイズ止めろって! あの先生だってちょっとばかしやんちゃがしたかっただけに違いないって! な? ここは大人の対応を――」

『ええい! ゴキブリの分際でマスターに意見するか!』

 才人の説得はセフィラの特攻によって遮られた。毎朝の訓練によって身体能力と危機感知能力が異様に鍛えられた才人は素早く躱し、そのまま教室を出ておっかけっこが始まってしまった。
 既にルイズとギトーの戦いを止められる逸材はキュルケしか残っていない。

「ルイズ、少し落ち着いて。あなたは最強よ。だから、ね? それを大人げも無く頭の固い大人に理解させる必要は無いでしょ?」

 才人然りキュルケ然り、ギトーに対して遠慮の無い物言いだが現状からいえば致し方なかろう。彼らはそれでも教室と一人の教師の命を救おうとしているのだから。
 ルイズとギトー以外にとって教室は既に極寒地帯だ。南極大陸も夢じゃない。

 固唾を呑んで事の推移を見守る生徒たちは、ルイズの爆発魔法を散々味わってトラウマに成り掛けているため、いつPTSDを発症してもおかしくはない。今は張り詰めた緊張感によってパニックになっていないが、ちょっとした切っ掛けさえあれば瞬く間に恐慌状態に陥るだろう。
 二人の体から精神力の奔流が迸り、空気中の魔力が荒れ狂った。

「我が『風』は最強だ。たとえ伝説の『虚無』すら吹き飛ばそう」

「虚無? あんなものわたしの敵では無いわ。ブリミル如きが編み出した魔法に縋る貴様なんぞに負ける要素は欠片も見付からないわね」

『ルイズ様……』

「ソフィア、殺さない程度に加減しなさい。肉片を散らしたら教室を掃除するのが面倒になって困るわ」

『……畏まりました。環境情報把握。威力調整。ルイズ様のご要望から『レクイエム』の使用を提案します』

「流石はソフィアね。仕事が速いわ」

 ルイズとギトー、二人が魔法を放とうと杖を掲げた――その時、教室の扉が開かれコルベールが現れた。
 珍妙ななりをしたコルベールに意識が向き二人のまとっていた魔力が霧散し空気へと溶けていった。
 コルベールは杖を構えるルイズを目にし一瞬鋭い気配をまとったが、すぐにそれを誤魔化すように咳払いをした。

「あやや、ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ」

 コルベールの登場に生徒たちは一気に力が抜けた。強張っていた体が弛緩し、体内に溜まっていた重い空気を吐き出していく。
 コルベールは様子がおかしい生徒たちに眉をひそめるが、それも誤魔化して畏まった態度をとって重々しい声音で告げた。

「えーおほん。皆さん、本日恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が本日ゲルマニア訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」

 ルイズはギトーから戦意が喪失するのを感じ取りソフィアを納めた。窓の外を眺めて、ここに向かってきている姫の姿を思い浮かべ苦笑した。

「そうね……直接顔を合わせるのは随分と久し振りね」




 生徒たちが去った教室で、ギトーは苛立ちを教卓に拳を打ちつけることで発散させていた。その姿を見守っていたコルベールが諌めるように言った。

「ミスタ・ギトー、ミス・ヴァリエールを余り刺激しないでいただきたい」

 コルベールの言葉にギトーは眉をひそめた。
 憮然とした様子から返答を先回りしたコルベールは続けて言った。

「彼女は『異端』の二つ名を持つ危険人物です。生徒たちにはそれほど知られてはいませんが、教師である貴方には留意すると共に、できうる限りの配慮をしていただきたい」

 ギトーは溜め息をついた。

「どうしたのかね、ミスタ。入学当初はそこまで意識していなかったはずだが」

 コルベールは瞼を閉じ、かつての『アルハザードの悲劇』と『破壊の杖強奪事件』を思い浮かべる。
 入学当初は『異端』を余り意識していなかった。確かに警戒はしていたが、ただの噂、ただ誇張された情報なのだと考えていた。しかし彼女は、伝説の使い魔を召喚し、広場での戦闘で死者を出すことなく勝利を収め、学院長がフーケを使って企んだ計画にてその恐るべき力の一端を晒した。

 学院長があらゆる手段を用いて強化したゴーレムを単独で破壊してしまったのだ。古のマジックアイテムによって施された対魔法障壁によって並みのメイジでは傷一つ付けられず、物理防御も『硬化』の重ね掛けにより名剣すら歯が立たないほどだった。作製に協力したコルベールはあのゴーレムがどれだけの強度を誇っていたのよく理解していた。

 コルベールはかつての自分を思わせる眼をしたルイズを恐れていた。その恐怖をどう伝えれば正しく理解してもらえるか考えたが、学院長から事件のことを秘匿するように言われているため、言葉を濁すしかなかった。

「とにかくミス・ヴァリエールを挑発するような真似は慎んでいただきたい」

 ギトーは釈然としない様子ではあったが頷いてくれた。

「……こちらとて関わらずに済むのならその方が助かるのでね」

 マントを翻してギトーは教室を出て行った。
 たった一人教室に残ったコルベールは、かつて所属していた『魔法研究所実験小隊』のことを思い返した。
 両手の平を見下ろすと、今でも血塗れて見える。杖を振るい何人も焼いた。仕方なかったと言い訳するのは簡単だ。だが背負うと決めた。

「王立魔法研究所《アカデミー》は再び怪物を生み出してしまったのか……」

 炎蛇と呼ばれるコルベール。
 異端と呼ばれるルイズ。
 その二つ名を得るまでの過程は大いに違うだろう。だからこそ間に合うかもしれない。
 コルベールは教室の窓から生徒が王女を迎えるために整列し始めるのを眺めた。

「…………」

 ――願わくば私のような過ちがあらんことを。




 本塔の玄関から馬車の扉まで続く緋毛氈の絨毯の上に、トリステイン王国王女、アンリエッタが降り立った。
 ルイズへの迸る想いを押し込んで王女として完璧の笑顔を浮かべ、生徒たちの歓声に答えた。
 才人は綺麗な人だなと素直に見惚れたが、どうしてかルイズと似たオーラを感じて危機感も抱いた。主にトリステインという国の未来に。

「あれがトリステインの王女? ふん、あたしの方が美人じゃないの」

 ルイズは隣でつまらそうに呟くのを聞いて、掲げていた杖をキュルケに向けた。

「聞き捨てならないわね。その言葉、撤回させなければ今すぐゲルマニアへ送り返すわよ。もちろん遺骨でね」

 キュルケは恐怖に身を竦ませた。

「な、なんでルイズがそんな過剰反応するのよ」

「理由を話すのが面倒だわ。だったら今すぐ消した方が早いわよね?」

「わ、わかったわよ。ごめんなさい、王女様を侮辱して」

「それでいいわ」

 ルイズは絨毯の上を優雅に手を振りながら歩く王女へ視線を戻す。
 後に控えていた才人は、ルイズの横顔を見て首を傾げた。
 いつもの高飛車というか理不尽というか、とにかく周囲を威圧するようなオーラが弱まっている。それに先ほどのキュルケへと怒った理由もよくわからない。今まで他人に一切気を使わなかったルイズが、たかだか自国の王女への侮辱如きでどうしてあんなにも過剰に反応したのだろうか。

 ルイズの顔を見ていると、目を見開くのがわかった。
 視線の先を追ってみると、行き着いたのは王女ではなく護衛についていた一人の貴族だった。羽帽子をかぶった凛々しい顔立ちの男で、見事なグリフォンに跨っている。

「髭が無い……」

「えっ……?」

 ルイズがポツリと呟いた言葉に才人は耳を澄ませる。しかしその後に言葉が続くことはなかった。
 髭の有無がそこまで重要なのだろうか。
 髭萌え? 流石はファンタジー、中々にマニアックなフェチである。いや、それよりもあんな感じのイケメンがルイズの好みなのか? ギーシュとは比べ物にならないほどのリア充オーラが漂っている……強敵だ。何がどう強敵なのかは不明である。




 ルイズは静かな自室のソファで、以前受け取った手紙類を見直していた。テーブルの上に並べられたすべての手紙に王女の花押が押されている。それらの手紙は幼い頃から続くルイズと王女の仲を保つために役立った文通の結果である。

『随分とありますね。アンリエッタ様はよほどルイズ様のことを好いていらっしゃるのですね』

 棚とテーブルを往復して手紙が入った箱を運ぶソフィアが最後の箱を置いた。

「そうね。意外にあるものね」

 ルイズから送ったものはテーブルに積み重ねられたものの半分もない。つまり王女がほぼ一方的に手紙を送ってきているのだ。
 昼間から夜になるまでランプと月明かりだけの薄暗い部屋で手紙を読み続けていたため、ルイズは目が疲れてしまった。一度手紙をテーブルに置き、ワインを取り出して飲んだ。

「タルブのワインはわたしを嫌っているのかしら……」

 胸に手を当てたルイズが深い溜め息をついた。

『ルイズ様、大丈夫です! ちっぱいはステータスです!』

「ソフィア勘違いしないで、わたしは小さいのを苛立っているんじゃないわ。大きくならないことに対して苛立っているのよ」

 ソフィアはフォローになっていないし、やはりルイズは素直ではなかった。

(そうよ、これは決して貧乳であることを嘆いているんじゃないわ。胸の成長についての研究で、タルブ産のワインが巨乳を生み出したという数々の事例を省みたことから、果たしてそれは万人に当てはまるのか……という趣旨の実験を行っているに過ぎないわ。べ、別にわたしは胸を大きくしたいわけじゃないのよ。そう、そうなのよ)

 暗い笑みを浮かべ、ルイズはワインを呷った。
 ソフィアが飲み過ぎですと止めてもルイズは勢いが止まるどころかぐびぐびと加速した。それを強制的に止めようとする才人と、止めようとして『マスターに汚い手で触れるなっ!』と切れるセフィラは、現在広場にて訓練をしている。

 顔が赤くなり始めたルイズであったが、ノックの音で酒を飲むのを中断した。
 初めに長く二回、それから短く三回。

「へぇ、ちゃんと覚えていたのね」

 ルイズはニヤリと笑うと立ち上がった。ソフィアを懐に納めてからドアを開けた。
 来客は真っ暗な頭巾をすっぽりとかぶった少女であった。しかし、ルイズはノックの仕方で相手が誰なのかわかっていた。

 少女は漆黒のマントの隙間から杖を取り出して、ルーンを唱え軽く振った。
 光の粉が部屋を舞う。ディテクトマジックで安全の確認をしているのだ。
 確認が終わると、少女は頭巾を取って微笑んだ。
 少女――アンリエッタ王女は、ルイズの顔を見てうっとりと表情を崩した。

「ああ、ルイズ! 愛しのルイズ! とても会いたかったわ! この再会の時をわたくしは一日千秋の思いで待ち続けていたのよ!」

 急加速のノンブレーキでハイテンションになった王女は、不敵に微笑むルイズに正面から抱き付いた。

「ええ、久し振りね。相変わらず元気なようで安心したわ」

 たとえ相手が王女でもルイズは変わらない。この態度こそ王女がルイズに惹かれた最大の理由である。
 王女はルイズを抱き締めたまま至近距離で顔を覗き込んだ。

「ああ、ルイズ! ルイズ! あなたは相変わらず凛々しくて素敵だわ!」

 ルイズはやんわりと体を離して、ソファに座り直した。王女はすぐに隣へ座る。触れ合うぐらいに近いがルイズは気にしなかった。

「ルイズの傍に居るだけで心が癒されるわ。欲の皮を突っ張った宮廷貴族の相手はとても疲れるのよ。馬鹿だし、無能だし、いつまでも過去の栄光に縋ろうとする……。常に革新的なルイズとは大違いなのよ。保守という段階を超えて、あれではただの利己主義ですわ。……誰もこの国の未来など考えていないのよ!」

「そうね。トリステインは今のままではいつまで経っても他国の顔色を窺わなくては生き残れない小国のままでしょうね」

「ああ、ルイズだけよ、わたくしのことを理解してくれるのわ! 無能共はわたくしのことを刹那主義などと下して実権を奪っていくのよ!」

 ルイズは二人分のワインを注ぎ、王女にグラスを手渡した。

「美味しいですわ。流石はルイズ、ワイン選びの慧眼も見事ですわね!」

 ワインを飲みながら王女の胸をちらちらと見る。大きい。何故なの? どうしてそんなに成長しているの? ブリミル……貴様がわたしの邪魔をしているの? そ、そうね。きっとそうに違いないわ。せめてもの負け惜しみにわたしの肉体の成長を妨げているのね!

 酒の力と王女の胸のインパクトで思考が空転。
 そんな間にも王女の話は続く。

「――ルイズ! ルイズならわかってくれるわよね! 今こそトリステインは立ち上がる時ですわ! ルイズの力とわたくしの力が合わされば敵なんて皆無よ!」

「ええ、わたしに敵など居ないわ」

「そうですわ。誰もかれもルイズを過小評価して、ああ無能無能無能っ! 役立たずのゴミ虫ばっかり! アミアンの包囲戦にてきっちりとわたくしの指揮能力は理解させたはずなのに、どうして総司令官を任せてくださらないのかしら。それどころか戦略議論を交わしても世迷いごとで片付けてしまうのよ! きっとわたくしがルイズの教えの元で成長したから馬鹿共には高度な戦略が理解できないに違いありませんわ!」

 アミアンの包囲戦とは、ただの宮廷ごっこから始まったルイズと王女の凄まじい戦いの一つである。当初は宮廷ごっこによる姫と貴族のラブロマンスであった筈が、二人の化かし合いとなり、やがて宮廷の派閥争いへと発展し、最終的には王城を用いた大規模な反乱へとなった。もちろんすべては物語であったが、侍従のラ・ポルトや暇人を発見しては巻き込んで、本格的な模擬戦へとなった。

 立てこもるルイズに慎重に攻める王女。幼いながらも軍神とも呼べる二人の的確な指示により、戦いは日が暮れるまで続いた。最終的に鉄壁を誇るルイズの要塞を犠牲無しに陥落させたアンリエッタは、参加者から『奇蹟《ミラクル》のアン』や『|魔術師アン《アン・ザ・マジシャン》』などと持て囃された。

 しかし王女は周りの評判に対して、

『わたくしは古代からの用兵術を応用しただけですわ』

 と侍従のユリアンに漏らしていた。
 それぐらい王女にとっては初歩的な作戦だったのだ。だからこそルイズの盲点を突けたのもある。
 どこかのポワチエさんが戦略議論を交わそうとしていたりしていなかったり――という噂もあったりなかったり。

 アミアンの包囲戦以降はマザリーニに「自重してください」と言われたので、水系統魔法と爆発魔法の直接戦闘などを隠れてやっていた。
 ルイズの謎のカリスマがアンリエッタを戦姫へと成長させてしまったのだ。しかし、誰も王女の能力を認めようとはしない。今だ類稀な戦術眼は世には眠ったままなのである。
 しばらく王女の愚痴は続いたが、頃合を見てルイズは口を挟んだ。

「それで、ここに来た目的はなんなのかしら。あなたがわたしの顔を見に来たというだけで理由は充分だけど、わたしの認識が正しければあなたは無駄な行動はしないわよね?」

 饒舌だった王女の舌がその高速口撃をピタリと止まる。
 王女はテーブルに広げられていたルイズ宛の手紙が目に入り「ルイズはもうわかっているのね」と呟いた。

 ルイズは無言を返答にした。
 王女は一度覚悟を決めるために頷いて、沈痛な面持ちで語り始めた。

「今日ルイズに会いにきた理由は、もちろん下らない愚痴を聞かせるためではありませんわ。……頼みたいことがあるのよ」

「聞くだけ聞くわ」

 王女は一呼吸置いてから言った。

「結婚するのよ。わたくし」




 厳しい訓練を終えてルイズの部屋へ戻ってきた才人であったが、ドアの前でこそこそと怪しい者が居るのを発見した。すぐにセフィラへ目配せすると、才人はデルフを抜き放ち駆け寄った。

「おいっ! お前ら何を……ってギーシュにアルマンじゃないか。ルイズに用でもあるならさっさと入れよ」

「さ、サイト!」

「えーと、ああサイト……ぼくは無実」

 セフィラに扱かれた後だったため若干気性が荒くなっていた才人は、ドアの前の二人を室内に蹴り飛ばした。
 二人が痛みに悶えているのを尻目に才人は部屋に入ると、そこはなんと修羅場でした。

『ふっ、アンリエッタ様のルイズ様への気持ちはその程度だったということですね』

「ああ、ルイズ誤解しないで! 確かにあの方を愛しているけどルイズが……その――」

「もういいいわ。わかっているから」

「流石はルイズですわ! わたくしのことならなんでもわかってくれる! 最愛のお友達!」

『むむっ! 例え王女であるアンリエッタ様が相手であっても私は負けませんからね!』

「ソフィアが一体何を言いたいのかはわからないけど、大丈夫よ。私は別にその程度のことで見捨てたりはしないわ」

 ルイズが柔和に微笑んでいるので、才人は恐怖に身震いした。普通に笑ってるぞ! あのルイズが! いつでも他人を見下す不敵な笑みがデフォなルイズが! もう国宝モノである。
 ルイズを間に挟んで睨み合う王女とソフィア。騒がしくしていたためか、あるいは才人になんて興味がないのか今だ「おかえり」の一言もない。
 才人に蹴飛ばされた二人は、こちらにやっと気付いた王女に跪いた。

「まさか先ほどの話を……」

 王女は口に手を当てて焦ったように言った。
 先ほどの話というのはルイズを巡っての痴話喧嘩のことだろうか? と才人は首を傾げた。確かに一国の王女ともあろう方が百合というのは色々と不味いかもしれない。こちらの価値観が今だ把握し切れない才人には判断が難しかった。

「というかなんでルイズの部屋に王女さまが?」

 うはぁルイズとはまた違った美人さんだよぉ、という内心の興奮を、でもオーラがルイズと一緒だよぉという恐怖で抑えながら言った。
 ルイズは手を顎に当てて考える素振りを見せてから一同を見回した。

「アン、ちょうどいいわ。こいつらにも手伝わせましょう」

 ギーシュは立ち上がると造花の杖を颯爽と構えた。

「お任せください姫殿下! その困難な任務、このギーシュ・ド・グラモンが見事達成して見せます!」

「えっと、その、ぼくも頑張ります」

 俄然乗る気のギーシュと、完全にやる気の無いアルマン。
 才人はなんの話をしているんだと混乱が増すばかりである。
 ルイズは不敵に笑うとソフィアを構えた。

「そうと決まれば二人とも、さっさと失せなさい。任務のための仲間を足手まといに変えたくないわ」

 暗に「すぐに部屋を出て行け、そうすれば無断で立ち聞きしていたことも許可無く入出したことも許してやろう。でなければ爆発させる」とルイズの瞳が言っている。
 ちなみに才人に対しては「お仕置き確定ね!」という意味しかない。ちなみに拒否権は無い。

 二人は見事な敬礼をルイズに送ると、すぐに退室していった。才人もまぎれて逃げようとしたが、セフィラがドアの前で輝いていたのですぐに踵を返した。
 静かになった部屋でルイズはどっしりとソファに腰掛ける。話に区切りのついた王女は才人の元へやってきた。

「あなたがルイズの使い魔さんですね。お話は聞いておりますわ。どうかルイズの力になってあげてください」

「え? あ、まあ……そりゃあなりますけど」

 だってならないと仲間に『すまんなゴキブリ。誤射した』と言って後ろから撃たれるし。
 王女は満足そうに頷いた。

「ルイズ、すべてあなたに任せましたわ。ルイズ一人でもきっと可能なことだと思いますが、念のためにルイズの婚約者であるワルド子爵と、ピポグリフ隊のローレンス隊長を護衛に付いてもらうようにお願いすることにしますわ」

 ルイズは眉をひそめた。

「婚約者なんて過去の話よ」

 王女はふふっと悪戯に微笑むと、頭巾を被り直して部屋から出ていった。
 才人は最後まで置いてかれっぱなしであったが、王女の言ったルイズの婚約者という言葉だけは衝撃の事実として記憶していた。

「なあ、本当にルイズには婚約者が居るのか?」

 ルイズは才人に目を向けずに窓から月を見上げていた。完全に才人を無視している。

「ハルケギニアの統一……ね。ふっ、それはわたしの目的よ! 何を勝手に横取りしようとしているのかしら。全く困った連中ね。わたしがこの世界の支配者であるのをわからせてあげないといけないわ!」

『ルイズ様、素敵です!』

『マスターの覇道、どこまでもお供いたします』

「ふふっ、それにアルビオンの秘宝を手に入れるいい機会かもしれないわ。アンには感謝しなくてはね」

 完全に悪役面でルイズは高笑いを上げる。その手には王女から託された手紙と『水のルビー』が握られていた。
 才人は無視されたり、ルイズが悪の高笑いを上げているのを心配したが、いつものことだなと思い返して気にしないことにした。

 才人は疲れきった体をソファに沈ませた。ふとテーブルに広がった手紙が気になって一枚手に取ってみる。そこにはルイズの綺麗な字が書かれていた。まだところどころ怪しいところもあるが、才人はほとんどハルケギニアの文字が読めるようになっていたので、その内容を把握することできた。しかしその内容を心が拒絶する。

「ルイズが他人を気遣うような内容の手紙を書くなんて……」

 多忙な王女を心配するような旨を書かれた手紙を見て、才人は驚愕に打ち震えた。
 王女とのやり取りでは、ルイズが余りにもわかりやすく感情を露にしているのに驚いたが、まさかルイズにちゃんと心を許せる人間が居るとはびっくりである。というよりルイズが心を許すほどの長期間付き合いを続けられる相手の忍耐力に脱帽だ。

 流石は王女。マジパネェっす王女。でもオーラがルイズと一緒だよ王女。
 才人はきっと洗脳したに違いないと結論を出した。あながち間違いではないのが恐いところである。

「でも、そっか……」

 ルイズに信頼できる人間が居ることに、なんとなく安心した。




 次の日の朝、才人は早朝の訓練を行わずに馬に鞍をつけていた。

「なあギーシュ、今日は一体どんな訓練をやるんだ? まさか騎乗しての戦闘とかなのか?」

 ギーシュは呆れ顔で答えた。

「きみは一体何を言っているんだい? 今日は姫殿下から直々に言い渡された名誉ある任務を遂行するためにアルビオンへ向かうんじゃないか」

「は? そんな話一切聞いてないぞ? アルマンは知ってたのか?」

「…………」

 隣で馬を撫でていたアルマンは立ったまま寝ていた。肩の上でアーサーも眠っている。

「立ったまま寝るとか……電車内以外で初めて見たぞ。ってそんなことはどうでもいいんだ。とりあえず任務ってなんだ?」

「本当に何もルイズから聞いていないんだね。任務の内容は、アルビオンのウェールズ皇太子から手紙を取り戻すことだよ」

「手紙? そんなもの送ってもらえばいいのに」

「わざわざ僕たちを送るぐらいなんだ、信頼できる者以外の手に渡っては欲しくないのさ」

「ん~まあなんとなく把握した」

 才人がようやく今回の旅の目的(というより外出するのすら知らなかった)を理解したところで、セフィラとフィーアを引き連れたルイズが現れた。

「準備はできたかしら?」

「もう準備万端だ。行くならさっさと出発しようぜ」

「まだ二人追加で来るわ」

 ルイズの言葉にギーシュは目を輝かせた。

「そういえばグリフォン隊の隊長にピポグリフ隊の隊長が護衛に付いてくださる予定だったね」

 魔法衛士隊は全貴族の憧れの対象だ。その中でも隊長となればまさしく現代に生きる英雄と呼べるぐらいに人気がある。そんな二人が護衛に付くのだ。喜ばないのは異世界出身の才人と、「守らせてあげてるのよ」という上から目線なルイズぐらいである。

 ルイズが「わたしを待たせるなんて良い度胸ね」と怒りを募らせていると、突然足元がぼこっと隆起した。もこもこと地面が崩れていく。
 ルイズはすぐに飛び退いた。
 次の瞬間、ぼこっと地面が盛り上がり巨大なモグラが顔を出した。

「セフィラ、やりなさい」

『了解です』

 短いやり取りでモグラの運命は決まった。
 ギーシュはセフィラがチャージを開始するのを見て、すぐに間に割って入った。

「や、止めたまえ! ヴェルダンデは出る位置を少し間違えしまっただけなんだ!」

「……どこかで見たことがあると思ったらギーシュの使い魔ね」

「そうさ! 可愛いだろう? ああ、ヴェルダンデ、どばどばとミミズを食べてきたかい?」

 ギーシュと巨大なモグラの戯れを才人は冷めた目で見ていた。

「なんというか不憫な奴だな」

 ヴェルダンデが何故かじっとルイズを見詰めていた。

「どうしたんだいヴェルダンデ? ルイズがどうかしたのかい?」

「主に似て女好きなのか?」

 ヴェルダンデは何を思ったのか、ルイズへ突撃を開始した。

「待てヴェルダンデ!」

「おいおいルイズは止めとけって。後悔するぞ」

 ギーシュの制止と才人の警告を無視して突っ込んでいくヴェルダンデ。

「薄汚いわね。モグラ風情がこの世界一の美貌を持つわたしに触れようとするなんて、拝顔の栄誉ですら身に余る幸運だというのに、身の程を知りなさい!」

 ルイズは懐に忍ばせていたソフィアを引き抜き、即座に爆発魔法を唱えた。
 そして、ヴェルダンデを側に居た才人ごとお空の彼方に吹っ飛ばした。

「メメタァァァァ!」

「ヴェルダンデ――――ッ!」

 キラリンとお星様になった才人にフィーアは言った。

「ルイズ様を侮辱したのは不味かったですね。ご愁傷さまです」

 ソフィア以上の良心を持つフィーアであっても、流石に遠回しながらもルイズへの侮辱を口にしてしまった才人を庇うのは無理だった。
 爆発音を聞きつけたのか、朝もやの中から二人の男が杖を構えたまま現れた。

「きみたち大丈夫かね!?」

 羽帽子を被った男――ワルドが集まった全員を見回す。才人が黒焦げになっていたり、近くでモグラが伸びていただけで特に問題はなかった。いや、充分に問題であるが学院内ではよくある光景なので生徒からしたら特に問題はなかった。

「敵の襲撃か?」

 ワルドの後ろで長大な剣を構える壮年の男――アドルフが警戒心を滲ませて周囲を見回した。

「大丈夫よ。使い魔共の粗相に対して罰を与えただけだから」

 ルイズは挑むような視線を二人の衛士に送った。
 ワルドは何かを思い出すように笑うとすぐに杖を納めた。アドルフはワルドの様子を訝しみながらも剣を背負っていた鞘に納めた。

「変わらないな、きみは」

 ルイズはワルドの言葉に「まさか胸のことを馬鹿にしてるのでは」という被害妄想がよぎったがすぐにいつものペースを取り戻して、

「ふんっ。たかが魔法衛士隊の隊長になったぐらいで、わたしをものにしようと思っているのだったら片腹痛いわ」

「もちろん僕はそんなこと考えていない。この旅で僕はきみに気に入ってもらえるよう努力させてもらうさ」

「楽しみにしているわ」

 周りはルイズとワルドのただならぬ空気に付いて行けず、遠巻きに様子を見守っていた。
 ルイズはワルドに背を向けて、出発のための準備に入った。馬に乗ろうとするルイズを見てワルドが歩み寄ってきた。

 ルイズはワルドにグリフォンに乗るよう勧められたが「だが断る」の一言で辞退した。それでも成長したワルドはヘタレを卒業したのか、更に言い募ろうとした。
 しかし現実は冷たかった。

『蛆虫、新しい世界を見たいか?』とセフィラに脅されたり、
『お久し振りですヘタレゴミクズ野郎様。あっ、間違えてしまいました。ワルド様でしたね。うふふふっ』とソフィアに地味に嫌がらせを受けたり、
「ロリコンは死ねばいいと思いませんか?」とフィーアに汚物を見るような目で見られたので諦めた。

 フィーアは後でルイズに「わたしはロリ要員じゃないわ!」とお仕置きを受けたが、痛みを快感に変える力の前ではすべてご褒美に変わってしまった。フィーアにとっては飴も鞭も甘いのだ。



 フィーアに罰を与えている横で、アルマンとアドルフが冷たい再会を迎えていたが、誰も気付いていなかった。

「父さん……」

「まさかお前が姫殿下よりこのような重大な任務を賜るとはな」

「ぼくはただ――」

「覚悟も持たぬお前が居てもただ迷惑を掛けるだけだろう」

「友達だけ危険な場所に行かせたくない。ぼくは少しでも皆の危険を少なくさせてあげたい」

「障害を払うとは言わんのだな」

「…………」

 アルマンはアドルフに睨まれて身を竦ませた。
 結局、アルマンはアドルフを納得させるだけの答えを返すことはできなかった。



 様々な問題を抱えつつも、一同はアルビオンへ向けて出発した。
 黒焦げになったヴェルダンデが、もぐもぐ~! と寂しげに鳴いて見送ってくれていた。ギーシュだけが思いっきり手を振って答えていた。

 ヴェルダンデは傷付き過ぎたために結局お留守番をすることになったのだ。その歴史の変化が恐ろしい事態を巻き起こすことに誰も気付いていなかった。いや、気付くことは不可能であった。しかし不幸もあれば幸もある。歴史の変化は何も一つだけではない。

 ――もう既にこれは「ゼロ」の物語ではなく、「異端」の物語なのだから。








●NGシーンあるいは王女さまの溢れる愛の物語

 王女はアルビオンへと出発した一行を学院長室の窓から見詰めていた。

「ああルイズ! どうか怪我などしませんように! 愛しのルイズ、あなたが傷付いたらわたくし生きていけませんわ」

 と言いつつも、本当に心配したいのは愛しのウェールズである。ルイズは最強だから死ぬなんて考えられないが、ちょっとどこか儚さというか弱さを感じさせるウェールズは心配でならない。

 ラグドリアンの湖畔で逢瀬をを交わした時、ルイズのように輝いていないのに一瞬で恋に落ちてしまった。今でもそれが何故なのかはわからないが、恋とはそういうものなのよ、とルイズに言われて最近は余り深くは考えないことにしている。

「姫、どうかご安心くだされ。あの者達なら必ずや無事に戻ってきますぞ」

「もちろんルイズが失敗するなんてありえませんわ! ただわたくしは――」

 果たしてあの方が説得に応じてくれるかどうか。彼は優し過ぎるから。たとえ現実に攻め込む口実になろうがならなかろうが、そこにトリステイン――アンリエッタへ被害が及ぶようなことがあればきっと断ってしまうのだ。

 今の王女なら、ラスボス疑惑のあるマスコットキャラに「魔法少女になろうよ!」と誘われて願いを叶えてもらってしまうぐらいに恋に酔っている。できることなら自らアルビオンへ赴いて、3話のポロリもあるよ! 的に死んで「まりもちゃ~~~~ん!」と叫ばれる状況になる可能性があっても赴きたい。ちなみに先輩はまりもという名前ではない。

 あるいは初号機のように暴走して、水の精霊とのシンクロ率400%も夢じゃないという感じに、一人でヘクサゴン・スペルを唱えてアルビオンで大暴れだ。
 恋する乙女の精神力が有頂天になった! 止まる所を知らない。レコン・キスタの相手など「9分でいい」と断言できるぐらいに最強になれる。それは確定的に明らか。恋如きでそんな強くなるわけねぇじゃん! と突っ込めば、王女はこう答えるだろう。

「あなたとは違うんです!」

 流石はどこかの国の元首相の台詞なだけあって、王女によく似合っている。どこかはどこかだ。日本だなんて言ってないんだからねっ!
 とにかく王女は暴走特急トミーのように今にも駆け出したいのだ。

 それかすぐさまアルビオンの貴族派に戦争を仕掛け、総指揮官を務めるどこかのポワチエさんを秘密裏に処理して、「わたくしはアンリエッタ王女だ、スキルニルにより通信回路が破壊された、緊急事態につきわたくしが臨時に指揮をとる」と指揮権を剥奪するのだ。そしてアルビオンから地上をルイズに爆発魔法で爆撃してもらい、「これから王国の復活を祝って、諸君にアルビオンの力を見せてやろう思ってね。見せてあげよう、アルビオンの雷を!」とやりたい。

 王女の妄想はどんどん膨らんでいき、現実に実行可能なぐらいに綿密に計画を立てていく。

「ふふふっ! もしもの時は覚悟するのですね、貴族派の愚か者共!」

 ふはは、ふははははははっ! とルイズと同じぐらいに魔王的笑声を上げた。

「オールド・オスマン、わたくしの素晴らしい計画を聞かせてあげますわ」

 \どや/という感じに言われた学院長は本能的な恐怖を感じて、断りの言葉を言いつつ席を立った。しかし、既に入口の前には王女が立っていた。

「知りませんでしたの? 王女からは逃げられない」

 まさに学院長からしたら「狂気に満ちた計画とかマジ勘弁ww」である。

「姫……そんな状態で大丈夫ですかな?」
「大丈夫よ、問題ないわ」
「ではもう少し落ち着きましょう」
「高揚感を抑えろと言うのですね、わかります」

 一応は静まってくれた王女であったが、すぐに何を思ったのか満面の笑顔を振り撒いた。

「わたしはずっと何か持っていると言われてきましたわ。そして今日、それが何かわかりましたわ! そう、それは仲間です。オールド・オスマンもわたくしの計画に協力してくださいますよね?」

 学院長は「どうしてこうなった」と頭を抱えた。
 何故か脳内でルイズの姿が浮かび上がり「わたしが育てた」と無い胸張って誇らしげに語っていた。教育? いいえ、洗脳です。
 王女は嬉々とした様子で、次々と革新的(というかある意味前衛的)過ぎる計画を語った。
 余りの恐怖に学院長は、寒気を感じた。

「――それでですね、まずはアルビオンとの貿易を完全にストップするわけですよ」
「ああ、そうですか。それはまた大胆な作戦を取りますな」

 体が震えるのを押さえ込み、鳥肌が服で擦れてくすぐったくて、それを掻いて誤魔化した。

「――そこからアルビオンの貴族共の一部に挑発を重ね、一部の穏健派には亡命の誘いを掛けて――」
「しかし……そんな……うまく、いくとは……思え、ませんな」

 その内本当に痒みに変わった。

「問題ありませんわ。わたくしの卓越した交渉能力を持ってすれば裏切りの一つや二つ、簡単に仕組めますわ」
「……かゆ、うま」

 もう学院長は限界のようだ。
 溢れる愛を策謀に変えた王女の話は、コルベールがフーケの失踪を告げにやってくるまで続くのであった。
スポンサーサイト



第3話 ルイズの婚約者(3)

2014.05.15 (Thu)
 才人は最後のゴーレムをデルフで袈裟切りにした。

「これでわかっただろう。ギーシュ、お前の負けだ」

 かちりと格好良くデルフを鞘に納める。最初の頃は見ながらではないとうまく納めることができなかったので、この微妙な成長が才人には嬉しいものだった。

「ぐぬぬ……。まだだ、僕はまだ負けていない!」

 ギーシュは造花の杖を掲げ、広場のそこら中で粉々になって沈黙するゴーレムを修復し生命を与える。以前の決闘の時に比べギーシュの精神力は鍛えられていた。といってもたかが数週間の鍛練でランクが上がるわけもなく未だにドットではある。ゴーレムの操作という面だけであれば成長は著しい。

「流石にしんどいぞ……」

 何体ものゴーレムを屠った才人の体力は限界に近かった。

「つまり、負けを認めるんだな」

「んだとっ! いいぜ、やってやるよ! どっちかが打っ倒れるまで勝負だ!」

 才人の体力が切れるか、それともギーシュの精神力が尽きるか、ただ我慢比べのような戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。馬鹿げた争いを止める役の鬼軍曹は現在、食堂へと向かうルイズに同行中のため不在である。

 再びデルフを抜刀した才人が一番身近のゴーレムに切りかかろうと大きく踏み込んだ。
 ちょうどその時、広場に入ってきた一組の男女がギーシュに声を掛けた。

「ギーシュ、朝っぱらから何をやっているのさ。もう朝食の時間だよ?」と男の方が言った。

「ほう、鍛練か。感心だな。あのギーシュが随分と立派になった」と女の方が言った。

 マントの色から二人ともギーシュとは同学年のようだ。
 才人とギーシュはお互いに剣と杖を納めた。才人が二人を見て首を傾げていると、ギーシュが二人の元へ駆けて行った。

「相棒、嬢ちゃんの頼み事を断ったのはあの娘ッ子だ」

 デルフが鍔を弾いて音を立てて二人組みの女の方を示した。
 視線を向けると、ギーシュとは仲が良いのか三人は固まって談笑を始めていた。時々、才人の方を見てはギーシュがしどろもどろになって何かを説明をしている。
 才人はルイズに逆らえる逸材はどんな奴なのかと女を観察した。

「なんというか、日本人っぽい人パート2って感じだな」

 シエスタと同じように顔立ちなどは西洋風なのだが、髪色と瞳の色が黒で異国の雰囲気が薄い。長い後ろ髪を黄色い造花が取り付けられた子どもっぽいデザインの髪留めでポニーテールに結い、腰には鞘を下げており、まさにサムライガールという出で立ちである。宝塚で通用しそうな顔立ちとキュルケほどある長身により、お姉さまとか呼ばれて女子にももてそうだ。

「あれ? でもあの鞘って……まさかっ!」

 どう見ても西洋風の鞘ではない。青色を基調にした鞘は和風の雰囲気を漂わせている。まさかまさかの本物のサムライガール?
 才人が驚愕に震えていると二人組みがギーシュと共に歩み寄ってきた。

「ぼくはアルマン・ド・ローレンス。よろしくね、使い魔くん」

 ニコニコしながら男の方が手を差し出してきた。

「あ、ああ、こちらこそよろしく」

 サムライガールとの邂逅の混乱から抜け切らないところで声を掛けられ、才人はよくわからないまま握手を交わした。
 近くで見るとアルマンと名乗った男は、雰囲気が女の方より女っぽかった。なんというか小柄で線が細くて貧弱そうで、銀髪に橙色の瞳はキラキラと輝いていて、サムライを護衛に付けるお嬢様っぽい。しかし、そんなお嬢様には不釣り合いな生物が肩に乗っている。前足を肩に引っ掛けて小さな赤い竜が眠っていた。

「えーと、そのちっこいのは使い魔?」

 才人の視線に気付いてアルマンが竜の下顎を撫でた。気持ちよさそうに表情を緩めたような気がするが、竜も犬や猫みたく撫でられるのは好きなのだろうか。

「この子はアーサー。名前の通りオスだよ。まあ今はそれよりも剣について語り合おうよ。ギーシュとの決闘騒ぎを見た時からずっと気になってたんだけど、どうにも声を掛けるタイミング見付からなくて。きみは剣を使うだろう? なんでもフーケさえもその剣術で圧倒したとか。決闘の時はお粗末な動きをしてたけど、やっぱりフーケを倒したとなると、あの時は手加減してたのかなぁと思って、是非とも一度手合わせ――」

「ストップだアルマン。やれやれ、きみは剣のこととなると本当に饒舌になるね」

 アルマンの暴走をギーシュが割り込んで止めた。アルマンは苦笑を浮かべ頬をかいた。

「えっと、ごめん。自己紹介がまだ途中だったね。きみの名前はヒラガサイトというらしいけど、どう呼べばいいのかな? 東方の文化は生憎疎くて……」

 まだ若干興奮気味に尋ねてきた。
 才人は一歩引いた位置でそっぽを向いているサムライガールをチラリと見る。広場に入ってきた時辺りから、ずっと刀の柄に手を添えているので地味に恐い。
 気を取り直してアルマンの方を向いた。

「才人って呼んでくれればいいよ。その代わり、俺もアルマンって呼んでいいかな?」

「うん、もちろん構わない。それで、早速だけど剣で語り合いをしないかい? どうも最近はリアしか相手が居なくて、もっと多彩な剣術の相手をしたくなっていたんだ」

 また剣の話に戻ろうとしていた。才人としてはサムライガールの素性を知りたいので対応に困る。

「それは構わないけど、そっちの女――うおっ!」

 才人の言葉がアルマンに手を引かれたため途切れた。ぐいぐいと広場の中心部へと引っ張られる。俺の周りにまたバトルジャンキーがと内心では悲しみを感じつつ、ドナドナで連れて行かれる。

「よーし早速やろう!」

 口振りと背負っている大きな剣からしてアルマンは剣を使えるようだが、こんな小さな体のどこにそんな力があるのだろうか? それとも噂のガリマッチョというやつか。あるいは恐るべき魔法パワーによる補助で扱うとか。ガンダールヴにお世話になっている才人は、自分のことは棚に上げて魔法なんてずりーぞと思った。

「待つんだアルマン。きみはもう少し落ち着きたまえ。まだリア嬢との自己紹介が済んでいなかっただろう」

 ギーシュの言葉にアルマンは慌ててサムライガールの元へと駆けて行った。ずっと一歩引いたところでやり取りを見ていたサムライガールは、ギーシュを睨んで「余計なことを」と誰にも聞こえないように呟いた。
 才人はアルマンが謝罪する後ろ姿を見ながらゆっくりと三人の元へ戻った。
 サムライガールが才人を見て溜め息をついた。切れ長の目が気だるげな視線を向けてくる。

「はぁ……覚悟を決めるか」

 意味のわからないことを言い渋々といった様子で手を差し出してきた。

「リア・ド・トレルイエだ」

 才人は威圧感に縮こまって見上げるような形で握手を交わした。

「よ、よろしく……」

 弾くように手を離されたため才人は泣きたくなった。どうして見ず知らずの人に嫌われているのだろう。初期設定から好感度がマイナスに行っているなんて鬼畜過ぎる。
 アルマンは才人のマイナスオーラを無視……というより、ハイテンションの余りに気付かず、

「よーし、これで問題ない。早速戦おうか、サイト」

 また引っ張っていこうとする。
 しかし再びギーシュに止められた。

「もう少し普通に親交を深めるべきだと思うんだよ、僕は」

 ギーシュがまともなことを言ったり、ブレーキ役になったりしているので、才人は奇異な目で見た。

「な、なんだね、その目は!」

「いや、気にするな。ギーシュも案外まともな人間なのだと知っただけだから」

 才人とギーシュが言い争いをしている間にリアがそそくさと立ち去ろうとする。ちょうどその時、しょ
げていたアルマンがアーサーに頬を舐めて慰められ復活しリアの袖を掴んだ。

「剣の語り合いが無しなら……後はリアに任せるよ」

「私に丸投げとはやってくれるな。後で覚えておけ」

 リアが憮然として溜め息をついた。才人とギーシュの争いに収拾が着くのを待ってから口を開いた。

「平賀才人、私達は魔法学院に通っているとおりメイジであるが、それなのに剣を使う酔狂なアホというわけだ。まあそれには魔法の才が乏しいという理由もあるが、それ以上に杖より剣が好きなのも確かである。学院での孤立すらも剣のために受け入れる、要するに変態なのだ」

「ぼくはともかくリアは魔法も得意でしょ。それに変態って……」

「何を言うか。私は火系統メイジでありながら1年の時、発火しか使えなかったぞ」

「今じゃ有名なメイジでしょ」

「不本意だがな。それに私はメイジではなくただの『炎姫の騎士』だ」

「あーまあそうだね。相変わらずのシスコンなことで……」

「別に構わんだろう。妹のために生きるのも」

「否定する気はないよ。気高い生き方だと思う」

「ふふっ、そうだろうそうだろう」

「うんうん。……そこだけ直せば変人のレッテルが剥がれると思うんだけど」

「何を言うか。貴様こそ実践魔法の授業で自慢の剣を使いアホ共を薙ぎ払えば、『弱虫』アルマンの汚名を返上できるぞ」

 二人で盛り上がってしまい才人達が置いてけぼりなのに気付いてリアは一気にまとめた。

「そんなわけで、私とアルマンはただの変人仲間さ」

 才人の第一感想は「バカップルじゃね?」である。しかしリアの何かにもやもやというか、違和感を感じてその感想は口にしなかった。
 二人の会話から気になったことを質問しようとすると、学院の方からルイズの呼び掛けが聞こえてきた。

「才人、もう朝食よ」

 ルイズの声に才人は自分の感じた違和感の正体に気付いた。すぐにでもそれについてリアへと尋ねたいが、周りに人が居るタイミングで訊くのは憚れる。

『サイト様にギーシュ様……あちらは、リア様にアルマン様までいらっしゃいますね』

「へぇ、随分と賑やかだと思ったらあなた達まで居たのね。それにしてもリアはどういう風の吹き回しかしら」

 ソフィアを腕に抱き締めたルイズとすぐ側に浮遊するセフィラが会話の輪に入った。

「……私は半分騙されてね」

 リアは憮然として答えた。

「ふーん、ならいい機会だし才人の剣の相手になってくれない?」

「私ではなくアルマンに頼めばいいだろう」

「アルマンはあなたが才人を拒絶する限り稽古相手は引き受ける気は無いって言うのよ」

「自分で相手をすればいい」

「はぁ……。わたしは残念ながら教えるのは嫌いなの」

 正確には教えるのが苦手である。しかし、ルイズは自分の欠点を認めたりはしない。

「なら素直に諦めるんだな」

「強情ね」

「嫌なことを嫌と言っているだけだ」

 ルイズは取り付く島も無いリアを半目で睨んだ。そうしていてもリアクションすらしないので肩を竦める。

「はぁ……まあいいわ。才人、食堂に行くわよ」

 説得を諦めたルイズは、才人の返事を待たずに学院方へ歩いていく。
 それに続こうとするリアを才人は慌てて呼び止めた。

「ちょっと待ってくれ!」

 ギーシュは才人の様子から何かを感じ取ったのか、アルマンを連れてルイズに続いた。広場には才人とリアの二人だけになった。ついでにデルフも居るが鞘に納められれば居ないも同然である。
 リアは足を止めたるには止めたが、才人を振り返らなかった。

「なんだ?」

「えっと、リアだっけか? さっき俺の名前を呼んだ時、全然訛りが無かったよな。それって、そのつまりは、あーもしかして――」

 才人は喜びの余りに興奮気味に捲し立てた。だが言い終える前にリアの冷たい声に遮られてしまった。

「何を勘違いしているのかはわからないが」リアは柄に手をそえて重心を低くする。「それ以上踏み込もうものなら私は貴様を斬る。たとえ貴様がルイズの使い魔であっても、容赦無く……斬る」

 何も警戒していなかったため才人はもろに殺気を感じ取ってしまった。肌が本物の殺気に突き刺すような痛みを感じた。喉を潰されたかのように何も言えなくなってしまい、足は震えて動かず、平衡感覚が狂ってしまい立っているのもやっとだ。
 じっとりとした汗が首筋を伝っていき、その不快感によってようやく混濁する意識を繋ぎ止めることができた。

「なんで……あんな……」

 リアの背中が遠ざかっていく。才人にはそれを追う気力は無かった。




 食堂に遅れて着いた才人はルイズの隣に座ると、すぐに広場であったことを話した。
 ルイズは子羊のスープを食す手を止めて苦笑を漏らした。

「才人、死にたくなかったらリアに関わらないようにしなさい」

「なんでだよ? まあ斬ると言われちゃそりゃあ余り仲良くはできそうにないけど、ルイズは元々あいつに俺の剣術の稽古をつけさせようとしてたんだろう?」

「そこまで過剰に反応すると思わなかったのよね。折り合いをつけたと思ったんだけど……そうね、やっぱり才人が召喚されたからいけないのね」

「俺のせいっ!?」

「そうよ」

 才人は理不尽な言葉に慣れたくないけど慣れてしまっているため突っ込みをそこそこに食事を始めた。

「……ってちょっと待て! あいつに俺が異世界人ってばれ……んぐっ!」

 ルイズは異世界人発言を叫ぶような音量で言おうとした才人の口へとパンを突っ込んだ。

「声がでかいわ。次はこれを投げるわよ?」

 ルイズは左手に持っていたナイフを示した。
 最初にナイフが飛んでこなかっただけ運が良かったのだと才人は思った。きっとナイフを使わなかったのは「食事中にスプラッタを見る趣味はないわよ?」という程度の理由に違いない。

『サイト様、もう少し発言にご注意ください』

 ソフィアにまで嗜まれてため才人は反省した。

「ルイズはいいのか? リアをそのままにしておいて」

 ルイズはソフィアを撫でながら答えた。

「いいのよ。彼女は特別だから。なんせわたしの杖を使い熟しているぐらいだもの。……特別じゃなかったら今頃消し飛ばしているわ」

「…………」

 物騒なご主人様に才人は何も言えなかった。




 才人はリアについて話を聞こうと、ルイズに許可を取ってギーシュとアルマンが授業へ向かうのに付いていっていた。三人が歩く廊下には他にも生徒の姿があり、なんとなく才人は声を潜めて言った。

「なあギーシュ、リアって一体どんな奴なんだ?」

「どうして僕に聞くんだい? きみは女性にアプローチできないヘタレなのかな」

「別にそんなんじゃねえよ。ちょっと本人に訊けないからお前に訊いてんだろ」

「本人に訊けないようなこと? まさかきみはスリーサイズでも知りたいのかい? それならば止めときたまえ。彼女は体について触れられるのを極端に嫌っているのだ」

「そんな情報は必要ない!」

「真面目に回答すると、アルマンに訊いた方が早いと思うよ」

 横を無言で歩いていたアルマンが名前を呼ばれたかと思ったのか顔を上げた。

「呼んだかな?」

 広場での明るさはどこにへいったのかアルマンの声から抑揚が欠けていた。

「リアについて訊きたいんだけどさ」

 才人の言葉にアルマンは思い出したように言った。

「リア? あれ、そういえばまだ戻ってきてないね」

「ん? リア嬢はどこへ行っているんだい?」

「妹に用があるみたい」

「ああ、リア嬢溺愛の麗しの姫君か。あの子も美しい」

 アルマンは廊下を見渡してみたがどこにもリアの姿は無かった。そろそろ授業が始まるので、あるいは先に教室で待っているのかもしれない。
 才人がアルマンにリアについて訊こうとするも、ギーシュが上機嫌に語り出したので遮られてしまった。

「そう、トレルイエの姉妹は戦の姫! 惨たらしい戦場であってもその美しさを損なわれない不変の美貌! リア嬢が空へと描く煌びやかな火の芸術、それをリリー嬢の力強い『烈火』が彩る! まさに戦と舞の融合!」

 身振り手振りを加えた説明をするギーシュのポケットからぽろりと小瓶が転げ落ちた。

「やれやれ相変わらずだね。きみにはミス・モンモランシが居るでしょ」

 眠たげに説明を聞くアルマンは気付かなかったが、聞き流していた才人は俯いていたので、瓶の存在に気付きひょいと拾い上げた。

「ア、アルマン……それは」

 何故か慌てた様子でアルマンの口を塞ぐギーシュの顔の前に、紫色の液体が入った瓶を突き出した。

「これお前のだろう? さっきポケットから落ちたぞ。なんか匂いがするな……香水かなんかか?」

 ギーシュは小瓶を受け取らず足を止めて震え出した。
 才人はギーシュの様子がおかしいことに気付き、視線の先を追ってみると、そこにはリアとリアによく似た1年の少女、それと栗色の髪の少女が並んで立っていた。栗色の髪の少女はギーシュを見詰めて目を濡らしていた。

「ギーシュさま、酷いですわ! 信じていたのにっ!」

 栗色の髪の少女は涙を流しながら背を向けて、走り去ってしまう。

「待ってくれケティ!」

 リアによく似た少女はギーシュを一瞥するとすぐに栗色の髪の少女――ケティの後を追った。ギーシュも慌てて追おうとするが後ろから誰かに襟首を掴まれ咳き込んだ。

「まさか二股を掛けていたなんて……愛を囁くのは私だけって言ったのは嘘なのね」

 ギーシュは恐る恐る振り返った。
 そこには般若顔のモンモランシーが巻き髪をメドューサのように自在に動かして、ギーシュを威嚇していた。その目はまさに石化の呪文を宿した最強の魔眼である。

「モ、モンモランシー、その、誤解しないでくれたまえ」

「何が誤解よっ!」

 バチンといっそ清々しい張り手の音が響き、ギーシュの左頬に見事な紅葉ができあがった。
 走り去るモンモランシーの背中を呆然と見送るギーシュの左肩を、才人ががっしりと掴んだ。ギーシュは更なる恐怖の予感に冷や汗を流しながら顔だけを背後に向けた。
 そこには拳に息を吹きかける才人が居た。顔はフォースの暗黒面に落ちてしまったかのように凶悪なものへと変貌していた。

「ギーシュ……お祈りは済んだか? 覚悟はできているか?」

「な、何を言っているんだい?」

「ふっ、リア充なんぞ爆発してしまえぇぇぇぇっ!」

 才人の拳が左頬の紅葉を歪めギーシュの体を吹っ飛ばした。殴って人が飛ぶ。日頃の訓練の成果とガンダールヴパワー、そして何よりももてない男の僻みから生み出される無限大のパワーが才人を一瞬だけファンタジーの住人へと進化させていた。

 才人はすべてを成し遂げたような達成感と、気に食わない奴を殴り飛ばした爽快感、ついでに日頃のストレスをぶつけたお陰で随分とすっきりした表情を浮かべた。

「正義は勝つ!」

 締めの言葉はなんとも微妙であった。




 一回目の授業を終えた後の三十分の休み時間、ギーシュは本塔の人が滅多に寄り付かない廊下で恐怖に震えていた。
 床に尻餅をついたギーシュを見下ろすのはリアと妹のリリーであった。
 リリーはリアに比べて身長が少しだけ低く、髪型は肩に掛かるほどの長さに切り揃えそのまま流しており、胸の成長がちょっとばかし残念なだけで後は姉にそっくりである。ちなみに学院内で「貧乳」と言ってはいけない人ランキング第二位の座を入学以来不動のものとしている。第一位はもちろんルイズだ。

「ミス・モンモランシーに、更にはよくもまあ妹の友人を弄んでくれたなぁ。貴様の根性、一から叩き直してやる」

 リアの手には抜刀された刀が握られていた。もちろん斬る気はないので、ギーシュに対し峰を向けている。

「ミスタ・グラモン、よくもわたしの友人を泣かしてくださいましたね。わたしはあなたの根性を一から焼き直して差し上げます」

 リリーの手には30サントほどの青色の杖が握られていた。所有者の魔力に呼応して先端から火花を散らしている。
 ただ怯え続けるギーシュであったが、内心では意外にも余裕があった。そう、セフィラ軍曹の折檻に比べれば二人の恫喝などたいしたことは――

「ふふっ、わたしの『烈火』を『燠火』の分だけプレゼントしましょう。簡単に死なないでくださいね?」

 ――無いと思っていた時代がありました。はい。
 ギーシュは急上昇する周囲の温度を遠くに感じつつ思った。
 今度からはもっとうまく立ち回ろうと。
 それでも皆の薔薇であり続けようとするギーシュは、ある意味立派なような気がした。




 ギーシュが燃やされている頃、学院に続く街道を進む一行の姿があった。馬車の一つには王家の紋章がかたどられたものがあり、アンリエッタ王女が乗車していた。馬車を引くのは優美な一本角を生やしたユニコーンである。

 街道に並んだ平民達から投げ掛けられる歓呼の声に答えるため、アンリエッタが馬車のカーテンをそっと開いて、優雅な微笑を投げ掛けた。
 サービスもそこそこにアンリエッタはカーテンを下ろし、顔を隠すと深い溜め息をついた。そこには先ほどまで観衆に見せていた薔薇のような笑顔はない。あるのは歳相応の苦悩と、苛立ちの色だった。
 アンリエッタはカーテンの隙間から外をちらりと覗いては溜め息をついた。

「これで本日百十三回目ですぞ。殿下」

 隣に座るマザリーニ枢機卿が、諌めるように言った。

「何がですの?」

「溜め息です。流石に度が過ぎると存じます。殿下が溜め息をつけば到着が早くなるというものではありませぬ」

 今の王女に何を言っても無駄なのは枢機卿も理解していた。しかし、ゲルマニアから出て魔法学院に進路を変えた時からずっと溜め息をつき続けているのだ、誰だって無駄とわかっても指摘してしまう。それにしても百回以上もしているというのにきちんと数えている辺り、枢機卿の非凡な才能が窺える……わけもなく、ただ馬車の中で暇なだけなのかもしれない。
 アンリエッタは細い指で水晶の杖を握り締めると軽く地団駄を踏んだ。

「ああ、まだ着きませんの。ユニコーンはのろまね。乙女しか乗せないものだからきっと柔な足をしているんだわ!」

「ユニコーンに罪はありませぬぞ。これ以上の速度を出せば、隊形が崩れ警護の面で不備が出てしまうのです」

「全く……ゲルマニアの成り上がり共の相手に疲れているというのに、なんたる仕打ち。わたくしは癒しが欲しいのです。ああ、ルイズ! 愛しのルイズ! わたくしの大切なお友達!」

 今度は枢機卿が溜め息をついた。
 ルイズは幼い頃のアンリエッタの遊び相手だったため、枢機卿もよく知っている。なんというか異質な子であった。賢く有能ではあったが子どもらしくなかった。そんなところを王女は甚く気に入ってしまったらしく成長してもこの調子である。皮肉にもルイズのお蔭で、王女は政治面で敏腕な腕を振るえる風格を持ってしまったが故に、感謝していいのか恨めばいいのか複雑である。

 だが、今は完全に警戒すべき存在であるのは確かだった。アカデミーでの表に出ていない数々の素晴らしい研究の成果は認められるが、決してその『異端』だけは許容できない。彼女の力は大きく、御し切れれば切り札となるのは間違いないだろう。しかしそれは、可能ならばの話である。

「殿下、もう少しの辛抱ですぞ。旧知との再会を短時間で済ましたくはないでしょう。先に政治の話をしますぞ」

「そんな下らない話は不要ですわ。わたくしはゲルマニアに嫁ぐ、乗っ取る、トリステインとの連合でアルビオンを支配する、ガリアにアルビオンを投下、ロマリアを聖地に突っ込ませて戦力を削った後フルボッコ、ハルケギニア統一。完璧ですわ」

 アホの子の発言にしか聞こえないアンリエッタの言葉に、枢機卿は溜め息をついた。

「五十六回目ですわ」

「何がですかな?」

「溜め息です。枢機卿、わたくしはあなたにトリステインの未来は任せましたが、わたくしの未来は委ねてはいませんわ」

「王族は国のためにあるべきですぞ」

「なら変わってくださいな。杖も王冠もすべてあなたに差し上げますわ」

 ほれ、地べたに這って拾うがいい、とも言いたげに水晶の杖を床に転がした。アンリエッタは枢機卿が杖を拾るのを見て、アルブレヒト3世×マザリーニという妄想が生まれたが、一体誰得なの? と吐き気を抑えながら手を振って妄想を霧散させた。
 アンリエッタは仕方なく杖を受け取ると再び溜め息をついた。

「ああ、ルイズ……愛しのルイズ、あなたならきっと、わたくしの憂う心を救ってくれるに違いありませんわ」

 物憂げに呟くアンリエッタの様子を見て、枢機卿はどうにかご機嫌を取ろうと腹心の部下を呼んだ。




 王女へ花を献上し隊列に戻ったワルドは、段々と近付く魔法学院の本塔を見て目を光らせた。そう、あそこで彼女との数年振りの再会が待っているのだ。
 今回のゲルマニアへの巡幸にてグリフォン隊が護衛を務めているが、フーケの騒動によって怪盗まがいの模倣犯が大量発生し治安が悪くなっているため、念には念を入れてピポグリフ隊が半数ほど追加で部隊に組み込まれている。
 ピポグリフ隊の隊長であるアドルフがワルドの様子を疑問に思い声を掛けた。

「ワルド殿、何かありましたかな」

「……いえ、特に何もありませぬ」ワルドは誤魔化すように言葉を続けた。「そういえば学院には、確かローレンス殿のご子息が通ってられましたな」

「ふんっ、あの出来損ないの愚息は力を恐れその本質すら見極められぬヒヨッコだ。しかしワルド殿、いかがいたした?」

「何がですかな?」

 平静を装えていると思っていたワルドは、歴戦の勇士の目を誤魔化せていないことを気付いた。
 アドルフはワルドとは違い魔法の才能や底知れぬ野心を持って素早い出世をしたわけではない。長い奉公と幾たびの戦を乗り越えて隊長の座を射止めたのだ。40を迎えて間もないというのに、銀髪はほとんど白髪に変わり、額や頬に幾重もしわが刻まれ、橙色の瞳には濁りがあった。

「先程からそわそわとしているが、学院に知己でも居るのかね? それとも恋人が」

「まさか……。ただの片想いですよ」

 驚くぐらいすんなりとワルドは答えていた。
 アドルフは目を見開いた。

「ほう、グリフォン隊の隊長殿になびかぬとは、よほどの方なのだろう」

「ええ……どこまでも気高く勇ましい少女です」

「少女? まさか生徒ですか。グリフォンに跨った王子さまのお迎えとあっては、どんな女性も一ころでしょうな」

「そうなればよいですが」

 ワルドは彼女はこの程度ではなびかないだろうと思った。
 位が上がることで得られる情報が増え、『アブドゥルの暴走』の真実の一端に触れ、ワルドはより彼女を欲するようになった。ワルドが求めて止まない聖地に繋がる情報を彼女は間違いなく持っているのだ。

 幼い彼女に何かをあるのを感じていた。そして、時が経つにつれそれは彼女自身の手によって明らかになっていった。数々のマジックアイテムを生み出し、『アルハザードの悲劇』によって『異端』と呼ばれた彼女は平民の英雄となり名を馳せた。

 ワルドは力と地位を得た。
 彼女もまた力と名声を得た。

 あの日、アブドゥルの暴走が起きる前の彼女からは想像できないであろう道を互いに歩んでいる。小船で母に怯える少女も、少女に温かい優しさを与える青年も――とっくの昔に忘れ去られた幻想だ。
 ワルドは冷め切った心の奥底で眠るあの日の誓いと母の遺志を携えて、彼女との再会を果たそうとしていた。









●NGシーンあるいは禁断のもてない男《マリコルヌ》ルート

「ふっ、リア充なんぞ爆発してしまえぇぇぇぇっ!」

 才人の拳が左頬の紅葉を歪めギーシュの体を吹っ飛ばした。殴って人が飛ぶ。日頃の訓練の成果とガンダールヴパワー、そして何よりももてない男の僻みから生み出される無限大のパワーが才人をファンタジーの住人へと進化させたのだ。

 ギーシュに嫉妬していた男子生徒達は、たとえゼロの使い魔で更には平民であっても、才人と通じるものがあると一瞬で感じ取り、勇気ある行動を拍手で称えた。一人、また一人と拍手に加わり男達は歓声を上げた。

「平民の癖にと思っていたけど、ぼくはきみのことを誤解していたようだ」

 広場での決闘では才人達をはめたマリコルヌが才人に言った。

「平民とか貴族とか関係ないんだよ」

「ああ、まさにきみの言うとおりだ。ぼくは誤解していたよ。世界には貴族と平民の二種類の人間が居るんじゃない。もてる人間かそうでないかだったんだ」

「ああ、まさにその通りだ。そして、もてる男を葬り去っていけば、俺たちもてない組みにチャンスが増えていく」

「あなたは神か……」

「ふっ、俺に続け! この学院のリア充共を一掃するぞ!」

 おおっ! と不憫な奴らの雄叫びが上がった。

「もてる者よ我を恐れよ。もてぬ者よ我を求めよ! 付き合っていいのは、もてない苦しみを知っている奴だけだ!」

 そして、才人達の長い戦いが始まった。
 彼らは戦い続けるだろう。誰かと結ばれるまで。
 ――こんな活動をしているからもてないのだと気付くのは、まだまだまだまだ先の話である

 勝利の余韻に浸る彼らはまだ気付いていなかった。
 この学院に、もてることの不毛さともてない苦しみの両方を知る最強の男が現れることを。
 その名は、ワルド子爵。天性のマザコンにしてロリコン。更には危険な女の母性までをも刺激する裏主人公。風のスクエアにして、どんな幻獣でも乗り熟すヴィンダールヴも真っ青な能力を持ち、それなりに頭の回転も速いという死角無き超人である。

 果たして、もてぬ苦しみしか知らない男達は勝てるのか――
 それを知るのは、ただ運命のみである。

 中二病ルイズ
 外伝 もてる男の条件
 ……決して書く気は無い。

第2話 ルイズの婚約者(2)

2014.05.15 (Thu)
 早朝、才人は不穏の気配を感じて飛び起きた。先ほどまで才人が寝ていたソファにセフィラが突撃していた。

『ちっ……。流石ですね、サイト様。こんな短期間で気配を察知できるようになるなんて……私は嬉しくて殺意が芽生えそうです』

「完全に舌打ちしただろっ! しかもどうして殺意が芽生える!?」

 セフィラはフライを使って浮かび上がった。宝石が力強く点滅した。

『戦いこそが我が宿命』

 才人は溜め息をつく。弱ければぼこって、強くなったら殺し合いをしたくなる……どっちにしろセフィラとは戦い続ける運命ではないか。いや、そうでなくともルイズのことで争う運命だったか。

「要するに強い奴を見るとオラ、わくわくすっぞ……ってことだな」

『その通りです』

 才人はバトルジャンキーな杖に呆れてしまう。

『それよりもすぐにヴェストリの広場へ移動しますよ。部屋内で騒いでいてはマスターの睡眠の妨げになりますから』

「はいはい」

 ルイズへの安眠妨害は地獄への片道切符を購入するのと同義である。才人はハルケギニア……というより自分の周りには死が溢れ過ぎているな、と最近すっかり荒んでしまった心に涙という潤いを与えた。
 壁に立て掛けてあるデルフを背負い、できるだけ音を立てないようにドアを開けて廊下へ出た。セフィラが出たのを確認しドアを静かに閉める。

「さて、ギーシュのところへ行くか」

『私は広場で待っていますね』

 才人は男子寮へ向かい、セフィラはきちんと階段を使って外へ向かった。
 ギーシュの部屋に辿り着くと、早速ノック無しに入出し、惰眠を貪るギーシュを叩き起こす。

「な、なんだなんだ、敵襲かっ!?」

 跳ね起きたギーシュは、才人の顔を見ると頬を引き攣らせた。

「ま……まさか、また僕をアレに巻き込む気かい?」

「寝起きなのに頭の回転が速いな。流石は軍人一家。さて、行くぞ~」

「うおっ! 服を引っ張るんじゃない! せめて着替えをさせてくれ!」

「わかったよ。逃げるなよ? 絶対に逃げるなよ? これは振りじゃないからな」

 才人は念を押してから部屋を出た。廊下でギーシュが身支度を終えるのを待つ。
 学院の制服に着替えたギーシュが部屋から出てきた。早速逃亡しようとするので、デルフの柄を握ってすぐさま追い掛け、襟首を掴んだ。ガンダールヴは伊達じゃない。

「くぅっ! サイト、放してくれたまえ! 僕には死ねない理由がある!」

「大丈夫だ。きっと死にはしない…………と思うから」

 いやだー、と叫ぶギーシュの声が男子寮の廊下へ響き渡る。既に早朝の日課になりつつあるギーシュの悲鳴に対し、誰も助けに来ることはなかった。

「なんでぇ相棒、まだ出番じゃねぇのか」

 ただ肉体強化のために使われたデルフが不満げにぼやいた。

「まあすぐに出番は来るから」

 駄々を捏ねるギーシュをガンダールヴパワーで引き摺って、セフィラもとい悪魔の軍曹さんが待っているヴェストリの広場へ向かった。





 まだ日も昇っていないので、ヴェストリの広場は薄暗かった。
 広場に着き、セフィラの監視下に置かれてしまったため、ギーシュは完全に逃げる気を失った。脱走兵には死を。それが訓練初日に語られた、セフィラ軍曹のありがたいお言葉である。

「きみはよくルイズたちとの生活に耐えていられるね。僕だったら四の五の言わずに旅に出るよ。きっと過酷な一人旅の方が生存率は高いに違いない」

「こちとら東方の出身なもんでね、こっちの常識も地図も知らんのですよ。何よりも金が無いしな」

 才人とギーシュはそれぞれ訓練前の準備体操をしながら話をしていた。ちなみに才人は、異世界人であると言うわけにはいかないので、ルイズと相談した結果、表向きは東方出身と言うことになった。

「ああ、そういえばそうだったね。それでも、きみの剣の腕があれば充分傭兵でやっていけると思うけどね」

「……そうかもしれないけど、まあ……ああいう扱いというかコミュニケーションというか、慣れているからな」

 ギーシュがストレッチのために屈めていた身を起こして、怪訝な顔をした。しかし、才人の哀愁漂う横顔を見て、すぐに憐れむような視線に変わった。

「きみは東方でもあんな扱いだったのかい?」

 才人は寂しげに微笑むとギーシュに背を向けて、ストレッチを始めた。

「別にそうじゃない。ただ、慣れているんだ……」

 言葉を濁す才人に、ギーシュは語りたくない事情があるのだと察して話題の転換をした。

「サイト、この広場で僕と決闘をしたのを覚えているかい?」

 才人は背を向けたまま頷いた。

「もちろん。臨死体験まで経験させてくれたからな、よーく覚えているぞ」

 声色に非難の色を帯びさせて才人は言った。

「あの時のことは済まないと思っている。正直に言ってしまえば、きみときみの主を気に入らなかったのは事実だ。しかし、後半のあの妨害は僕の手引きではない。それは信じてくれ。僕はただ、正面から戦って……きみに、きみの主に勝ちたかったのさ」

「ルイズに? どうして?」

 ギーシュは間を置いてから語り始めた。

「確かに僕は彼女を嫌っていた。でも、なんだろうね、うまく説明できないけど……憧れだろうか、そんな気持ちも抱いていた。彼女は火系統の魔法、しかもただ一つの魔法しか使えなかったけど、それでも強かった。そして彼女自身も気高く優雅で美しかった」

「もしかして惚れてるのか?」

 ギーシュは慌てて首を横に振った。

「そうじゃない、勘違いしないでくれたまえ。……それでね、僕は確かにルイズに憧れていたが、決して認めてはいけない気がしたんだ。それはきっと、認めてしまうことで永遠の敗北を認めてしまうようなものだったからね」

 才人はギーシュの説明を理解できず首を傾げる。

「最初に言っただろう? 僕自身にもうまく説明できないんだ」

「なんだそりゃ。でもそれじゃあ、さっきの言葉は結局は負けを認めているんじゃないか?」

「……今のところはね」

「詭弁だろ、それ」

「なんとでも言いたまえ」ギーシュは造花の杖を掲げた。「……いずれはこの雪辱を晴らしてみせる!」

 訓練はさぼろうとするくせに目標だけはご立派だな、と才人は呆れた。そもそもこの訓練には最初、自主的に参加してきたのだ。今では連れ出さないといけない始末である。まあ才人も立場が変われば逃げ出したい気持ちに正直になっていただろう。

 使い魔ということで絶対に離れることができず、ルイズの元で生き残るためには強くならなくてはならない。才人にとっては、行くも地獄、行かぬも地獄なのである。
 才人はストレッチが終わり立ち上がった。
 すると、ギーシュが掲げていた造花の杖を向けてきた。

「……そういえば、きみとの勝負、決着がついていなかったな」

「あれだけゴーレムやられて、まだ負けを認めてないのか!?」

「僕は一度も負けを認める発言はしていないぞっ!」

「よーし、それなら今日の実戦訓練で白黒つけようぜ。レベルの差を見せてやる」

「望むところだ。たかが剣術如きでメイジを倒すのが不可能なのだと、その身に教育してあげよう」

 睨み合って、バチバチと火花を散らす二人だったが、二人に本当の火花が降り注いだ。

『そういう台詞はせいぜい私に勝ってから口にするんだな、この負け犬どもっ!』

 高純度を誇る魔力によって放たれた一筋の光線が、二人の間を通り抜け、遥か先にある学院の外壁を撃ち抜いた。

「は、はひぃっ!」

 才人とギーシュは情けない声を上げてその場で腰を抜かした。
 空中に浮かぶセフィラの宝石が、二人に狙いを定めていた。

『なに座っているんだ、負け犬どもっ! さっさと走らんか!』

「イエス、マム!」

 二人は即座に立ち上がり、すぐに広場を囲いに沿って走り始めた。

『オラオラオラ! 気合見せろ! 敵は待たんぞ、いや、その前に腑抜けた兵士なんぞ必要ない。私が直々に自慢の光線をプレゼントしてあげよう!』

 二人は悲鳴に近い声を上げて、ペースを上げた。





 広場を5周ほど走ると、ギーシュが段々と遅れ出す。元々の資質もあるのかもしれないが、才人はハルケギニアに召喚されてから過酷な毎日を送り、またセフィラの扱きに耐えてきたため、かなりの体力がついていた。まさに死ぬ思いで身に着けた力である。

「なあデルフ、俺が強くなる意味はあるのか?」

 才人は背負っている鞘から、デルフを少しだけ抜いた。

「もちろんさね。嬢ちゃんと同じ道を歩むってのは、並の人間なら命が幾つあっても足りないぐらい危険だ」

「ドロップアウトは可能か?」

「イコール死になるがね」

「そりゃないよ……」

 ギーシュを1周抜かしできてしまうペースだというのに、才人は陽気な会話をすることができた。体力ではなく監視的な意味でなら危険の筈だが、今はちょうどセフィラがルイズの起床時間のため、朝の挨拶に行ってしまっている。

 才人はへばりながらも懸命に走るギーシュを横目に見た。ファンタジー世界だから男と言ったら冒険だろ、というイメージを持っていた才人なので、メイジでも体力は結構あるんだろうなと予想していた。しかし現実はあれである。やっぱりメイジというより貴族だからかな。

「あれ? そういえばどうしてルイズはお前を持ってたんだ?」

「相棒、それはどういう意味で言ってんだ」

「悪い意味とかじゃなくて、メイジって言ったら杖だろう?」

「ああ、そういうことか。相棒も知っての通り嬢ちゃんは魔法がほとんど使えないだろう? だからその分を剣で補ってたのさ」

「なるほど。もしかしてルイズと付き合いは長いのか?」

 デルフは鍔をカチカチと鳴らして記憶を探った。

「かれこれ10年ぐらいの付き合いになるのかね」

「へぇ、そうなのか。セフィラとかソフィアとの家族設定があるぐらいだから、長いとは思ってたけど、そんなに小さい頃から一緒だったんだな」

「剣の娘ッ子と盾の娘ッ子が生まれたのが、7年前ぐらいだっけかな」

「だから妹なのか。案外、俺ってルイズのことというか、知らないことが多過ぎるんだな」

 才人はデルフを鞘から抜くと、剣身を撫でた。

「それにしても、よくもまあこんな錆まみれで、今まで見捨てられなかったな」

「嬢ちゃんにも事情があったし、触り心地を気に入ってんのさ」

 デルフは膨大な記憶の中から、ルイズと出逢って間もない頃のものを思い出した。
 すべての人間を拒絶し、荒んでいたルイズの姿は、悲壮感に彩られ殊更に美しく見えた。傷付いた少女の心を隠し、気高い王者の風格を周囲に見せ付ける。「人間なんて嫌いよ」と嗚咽に混じって呟いた言葉と、剣身に落ちた一滴の涙は決して忘れぬことのないであろう記憶だ。

 才人はもちろん、人間の心が読めるわけも無く、ましてや剣の心も読めない。だからルイズの事情については知る由もなかった。

「そうか。確かにいつも暇があれば錆の部分を撫でてるもんな」

「それに俺が錆ついたままなのは、嬢ちゃんとの約束があるからだ」

「どんな約束?」

「こればっかりは相棒にも言えないね」

 才人は唇を尖らせて不貞腐れた。

「ケチだな。全くルイズ一家は秘密主義ばかりだよ」

「相棒、仲間外れにされたからってそう拗ねるなよ」

「拗ねてねーよ。……話を戻すけどさ、約束がどうにかなれば、つまりは錆がなくなるってことなんだろう?」

「多分な」

「多分かよ。折角、後二回変身を残しているとかを期待してたのに」

「……相棒、俺はただの剣だぜ」

 セフィラの帰還と共にランニングは終了となった。





 次の基礎メニューは、皆大好き筋トレだ。学校でクラスに何故か一人は居る画伯によって描かれる、ネタ的なムキムキマッチョを目指すべく、朝日に向かってひたすらに腕立て! 腹筋! 背筋! スクワット! 

『どうしたゴキブリ、その程度か? たかが200回の腕立てもできんのか?』

 オプションでセフィラ軍曹の応援ボイスも付く。
 才人は山の陰から昇る朝日を眺めながら、無心になって筋トレに励んだ。

 ビフォー。利便性に富んだ都市で生き、すっかり人間本来が持ち得る力を、失いつつある腑抜けた現代人のボディは、日々の不摂生な生活により内部から壊され、運動不足により折角の原石も磨かれぬままである。

 アフター。なんということでしょう。匠(鬼軍曹)の技(たんなる扱き)によって、まるで枯れ木の枝のように貧弱だった二の腕は、握り拳を付けたような大きな力こぶができあがっています。お腹には、ビシッと腹筋ブロックができあがり、配管工が思わずコインを求めて頭突きをかましてしまいそうなほど見事に鍛え抜かれています。足にもしっかりと筋肉がつき、飽きっぽい現代人には失われつつある、持久力が備わりました。

 そんな感じに劇的に変わっていく才人の最近の悩みは、

「それでもどうして俺はセフィラに勝てないんだ」

 というものである。

 隣で共に筋トレに励んでいたギーシュは、既に100回に届く前にギブアップし、『ブレイクハート』を撃ちまくるセフィラに追い掛け回されている。理不尽だが、あれは精神も肉体も鍛えられるし、何よりも甘えを捨てられる素敵なメニューだ。自主的には決してやりたくないけど。

 筋トレを終えると、一度休憩を挟む。鬼軍曹の目にも涙はあるのだ。
 才人は水汲み場の水を頭からかぶった。

「この瞬間はやっぱいいよなぁ。朝の運動って。本当にセフィラの訓練はしんどいぜ」

 近くの壁に立て掛けておいたデルフが言った。

「相棒は基礎がそこそこできてきたが、やっぱり剣の技術だな。誰かいい稽古相手が居ればすぐにでも上達すると思うんだがね」

「メイジで剣を使う奴なんて早々居ないだろう」

 とりあえずルイズは置いておく。

「居るには居るんだが。嬢ちゃんも頼んだみたいなんだが、断られたらしい」

「マジで?」

 ルイズの頼みごとを断れる逸材が学院に居たとは! 絶対に大物である。そうでなければ既にこの世から消えているだろう。才人は知らない事実だが、ルイズは今のところ学院の関係者は殺していない。せいぜいハゲにする程度だ。
 広場の方で、上空に向かって光の柱が上った。休憩終了の合図だ。

「さて、戻るか」

 才人はデルフを背負い直して広場に向かう。途中でグロッキーになっていたギーシュを引き摺っていく。

「なあデルフ、突然なんだけどさ。ルイズが特別なのは充分に理解しているけど、それなら俺はなんなんだ?」

「さぁね。もしかしたら相棒と嬢ちゃんの間には、何か奇妙な縁があるのかもしれんね」

「縁か……」

 才人はぼんやりと呟いて、明るくなり始めた空を仰いだ。

「元気に……やってるかな」

「ん? 誰の話だ?」

「いや、気にするな。まあデルフの言う通りだよな。俺自身は、これっぽっちも特別な要素は無いしね」

「いんや、相棒は剣の才能ならぴか一だぞ。後はじっくり磨いていけばいいさ。今の段階じゃ素人に毛が生えた程度だからね」

「ひでぇな。これでも頑張ってるんだから」

 カチカチカチとデルフが鍔を弾いて笑うような音を立てた。
 広場に到着する手前でデルフが言った。

「案外、相棒が嬢ちゃんの手綱を握る役目を担っているのかもな」

「それは無いな。断言できる。そもそもこっちからお断りだ。顔はいいのは認めるけど、性格が破滅的だから絶対に無理だ」

「相棒よ、嬢ちゃんを味方につければ命の危機は無くなるぞ」

「その代わり確実に尻に敷かれるな。そもそも、あんなわがままで乱暴な奴に貰い手なんて居ないだろう。特別な趣味の奴だってキツいぞ、あのレベルは」

 自信満々に自分の考えに頷く才人だったが、デルフに衝撃の事実を告げられた。

「残念ながら居る」

 才人は固まった。

「そんな馬鹿な……。あれか、有能な人材だから、どうにか繋ぎ止めるためというか、逃げさせない口実のためにというか、とにかく自分のところに縛り付けるために……」

「いんや、親同士が決めた婚約者で、嬢ちゃんもまんざらじゃなかった。相手の方も嫌がることは無かったな。寧ろ本気で嬢ちゃんを求めていたような気もする」

 あくまで前のルイズで幼い頃の話であるが、今のルイズの気持ちは推し量れないので、あえて誤解を招くような言い方になった。

「嘘だろう。どこのMだ。どこの変態だ。親が決めたってことはまともな男なんだよな。……やはり、よく鍛えられた変態は紳士と見分けがつかないという説は正しかったのか」

 才人は愕然とした。ハルケギニアの変態は化け物か!

「なんてことだよ。あのルイズを好きになるやつが……まあフィーアみたいな百合は除外するにしても、居たなんて。見てくれで騙されたか? ロリロリルイズに騙されたのか? 新手の結婚詐欺か? いやいや、ルイズが認めるぐらいの相手って一体なんだ? 本当に人間か?」

『ゴキブリ、さっきからぶつぶつ言っているが、マスターへの侮辱と解釈していいのか?』

 才人は俯いたままで歩いていたので、広場に着いているのに気付いていなかった。
 そして、セフィラの前でのルイズの侮辱は、拷問折檻もれなくハゲ誕生コース直行を意味する。
 才人は間抜けな顔を上げた。膨大な魔力を感じたギーシュは本能的に危機を察知し、復活してどこかへ逃亡していた。

「ちょ、ちょっと、待ってくれ!」

 セフィラの宝石の輝きが毎秒ごとに増していく。

『遺言ぐらいなら聞いてやるが?』

 遠回しな死刑宣告だった。
 才人はデルフを握ると、セフィラに背を向けて走った。

「あ、相棒……このままじゃ俺も巻き添えを……」

「一蓮托生、一致団結、一心同体、為せば成る!」

 デルフはかなり遠回しな才人からの死刑宣告に鍔をカチカチと寂しげに鳴らした。

『逃げるな、ゴキブリ! 今日こそ、その存在を抹消してくれるわっ!』

 放たれる高出力のレーザー光線。
 才人は必死に逃げ続けた。





 そんなはしゃぎっぷりを窓から眺めていたルイズは、

「朝から元気ね」

『姉さまなりの愛ですよね、きっと。ええ、私は姉さまが加減していることを信じています』

「あのぉ、ルイズ様。流石に止めた方がいいのでは……」

「気にしなくて大丈夫よ、フィーア。才人を死なせる気は無いから」

 死ぬ死なないの前にあそこまでの扱きが問題なのでは、と思うフィーアだが、主の気分を害するような発言を一流のメイドはしないのだ!

『そうですよ、フィーア様はルイズ様のお考えをまだ察せられないようでは、専属の使用人は失格ですね』

「むむむっ、ソフィーこそ、さっき信じているって言って微妙に疑っていたでしょう」

『むむむっ』

「むむむむむっ!」

『むむむむむっ!』

 今日もルイズ一家は平和(?)なようです。

第1話 ルイズの婚約者(1)

2014.05.15 (Thu)
 ルイズは夢を見ていた。
 幼い姿をしたルイズは、ヴァリエールの領地にある屋敷の中庭を虚ろな眼で歩いていた。生気が抜け切った後のような空っぽの人間。ルイズの容姿も相まって人形という表現の方がしっくりくる。

 ルイズの手には分厚い本が抱えられている。父の書斎から持ち出した魔法に関する書物だ。
 ふとルイズは空を見上げた。
 赤い月が満ちる夜だった。不気味なほどに月はその存在を誇示し、地上を睥睨していた。
 今日は晩餐会があるらしいがルイズに参加する気はない。そんなことに無駄な時間を使うぐらいなら自分の体質について調べた方がよっぽど有意義だ。

「馬鹿ばっかりだわ……」

 寄って集ってわたしの体を調べておきながら何もわからないなんて、アカデミーの研究者達は本当に腑抜けね。まああの姉が勤めているぐらいだものたかが知れているんだわ。
 すっかりひねた子に育っていたルイズは、既に内心で姉を侮辱することが多々あった。

 今日行われる晩餐会での主役は長女のエレオノールだ。研究者肌のエレオノールは幼い時からアカデミーに通い、そして今日、正規の研究者になった。
 あの日。家族に連れられてアカデミーで検査を受けた時、ルイズは運命に出会った。それは今や体の一部と化している。

「感謝するとしたら、これを得たことかしらね」

 ルイズは自分の頭をとんとんと突いた。その意は、脳に刻まれたアブドゥルの知識。

「もう少し。もう少しでわたしは、わたしの魔法に至れる」

 興奮したまま歩き続けていると、読書する時などによく来る『秘密の場所』に辿り着いていた。ここでなら家族に邪魔されず好きなだけ読書を楽しめる。
 ルイズは中庭の池に浮く小船に乗り込んで、用意してあった毛布を膝掛けにし、ランプに火を灯した。足の上に本を広げ読み進める。
 一人穏やかで有意義な時間を過ごしていると、霧の中から羽帽子をかぶりマントを羽織った貴族が現れた。

「こんなところで何をしているんだい? ルイズ」

 子爵だ。一人で魔法の勉強をしたいのにべたべたと付き纏うペドフィリア。最近、近所の領地を相続したらしい。微妙にイケメンなのがイラつかせる。見た目もダメ、魔法もダメ、家柄もダメダメ、それならぞんざいに扱ったのだが、父が彼を気に入ってしまっているし、何よりも優秀なのだ。どうにも対応に困る。

「なんの用かしら?」

 子どもらしからぬ冷たい声でルイズは答えた。
 子爵は気にした風もなく、微笑んだ。

「こんなところに居ては風邪を引いてしまうよ。さぁ、一緒に戻ろう」

 手を差し伸べるが、もちろんルイズは見向きもしない。活字へと意識を注いでいる。最初に返事をしたのは、まあ仕方ないという感じに妥協した最低ラインだ。そのため一言目だけにはきちんと答える。
 流石にここまで無視されては子爵もむなしくなる。見た目は完全に幼女なルイズに生意気言われるのはそれほど怒りは感じない。ただわがままな子に見えるだけだ。しかしルイズの精神年齢はアブドゥルとの同化で跳ね上がっている。そのため、非常に頭が良く、そして大人に近い。子どもをあやすようにはいかないのだ。

 ルイズは子爵を意識の外に追いやろうとするも、ずっと視線を向けてくるのでうっとうしくて集中できない。
 仕方なくルイズは顔を上げて子爵と目を合わせた。
 子爵は意外そうに目を細めた。しかしルイズが相変わらずの無表情だというのに気付いてか、困った風に頬を掻いた。

「ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」

 ルイズは肩を落とす。何この面倒臭い奴。

「いいえ」

「じゃあ――」

 期待に瞳を輝かせる子爵に、ルイズはきっぱりと言った。

「どうでもいいと思っているわ」

「そうか……」

 子爵はすっかり肩を落としてしまい、気が向いたら晩餐会に来るんだよ、とだけ言い残し去っていった。

「やれやれ」

 ルイズは健気にも自分に何度も話し掛けてくる奇特な子爵の背を、溜め息と共に見送った。少しだけ罪悪感が芽生えたが、すぐに消えていく。
 そこで一度夢は途切れた。




 次の場面は数年前の武者修行時代のものだった。自分の開発した魔法がどれだけ世界で通用するのかを確かめるのと、生き残る術を得るため、何よりもアブドゥルの知識を経験へと変えるための旅だった。
 様々なところを巡り、色々な出会いがあった。

 そして夢の相手はまたしても子爵だった。どうしてあれだけの月日を旅していたというのに、わざわざ子爵との記憶を夢に見るのか、ルイズは人間の脳の神秘に怒りを覚えた。
 夢の中のルイズは、東方のお茶が味わえると好評の『カッフェ』なる店のテラス席で、優雅にティーカップを掲げ香りを楽しんでいた。対面の席には子爵の姿がある。ちょうど所属する部隊が近くで駐屯しているらしく、ルイズの姿を見てこうして声を掛けてきた。

「折角のお茶が不味くなるわね」

『その通りです。そんな髭でダンディズムを演出しても、ルイズ様はなびきませんからね!』

『マスター、目障りですし三枚に下ろしますか?』

「……剣の娘ッ子は往来でも関係なく物騒だな」

 子爵はルイズを囲むマジックアイテム達を一つずつ目を通した。

「随分と賑やかだな。でも……きみはまだ独りぼっちなのかい?」

「一人じゃないわ。この通り家族が居るわ」

 ルイズはソフィア達を示した。
 殺気すらこめられた言葉と射抜くような視線に子爵は頬を引き攣らせながら、

「そ、そうか……。それはよかった」

 と喘ぐように答えた。

「話が済んだなら消えてくれないかしら。わたしは暇じゃないの」

「いや、本題はこれからなんだが」

「ならさっさと話しなさい」

 子爵は一度呼吸を整えると意を決して口を開いた。

「きみのお父上との約束はまだ有効だろうか?」

 ルイズは眉をひそめた。

「なんのことかしら?」

「婚約の話さ」

『えっ!? る、ルイズ様はわ、渡しませんっ!』

 ルイズは子爵の言葉に一瞬動揺してしまった。ソフィアの方が動揺していたのは瑣末なことである。

「ソフィアが何を言いたいのかわからないけど、とりあえず思い上がるのはいい加減にしなさい。わたしと結婚? 身の程を知りなさい! なれてもせいぜい奴隷よ! そんな頭に蛆が湧いたような軍人は国の害にしかならないわ。わたしが直々に葬り去ってあげる」

 ルイズは動揺を隠すために一気に捲し立ると、立ち上がってソフィアを子爵に向かって構えた。

「散りなさい。『レクイエム』!」

 照れ隠しのレベルを超える攻撃だった。
 子爵はを風のメイジに相応しい俊敏な動きで、ルイズの理不尽な攻撃を回避した。

「危ないじゃないか。ルイズ、僕の話をちゃんと聞いてくれ」

「蛆虫野郎の話を聞く耳は持っていないわ! さっさと消え去りなさい!」

 爆発魔法が子爵が立っていた場所を何度も襲う。辛うじて躱した。継続的な回避行動は不可能と判断してか、子爵は杖を構えて素早く呪文を唱えた。

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 呪文の完成と共に場に4人の子爵が現れた。本体も含めて合計5人も居る。

「遍在とはね。ただのペド子爵ではなかったのね。でも、甘いわ!」

 ソフィアのサポートにより座標指定されていた爆発魔法が発動する。遍在の子爵が次々と掻き消され、子爵は慌てて距離を開けた。

「それも読めていたわ」

 ちょうど下がった地点に爆発が発生する。座標指定の攻撃は遍在を消すだけではなく本体の行動を誘導する意味もあった。つまりあの地点に逃げるのはルイズにとっては分かり切ったことだった。

「ぐぅっ!」

 反射的に対象を自分にしたウインド・ブレイクを唱え、ぎりぎりのところでルイズの攻撃から逃れた。子爵は服に付いた砂と土を払いながら立ち上がった。

「突然、あんなことを言ったのは僕も悪いと思っている。確かにずっとほったらかしにしてあんなことを言うのは間違っているかもしれない」

「自覚があって言うのはもっと性質が悪いわね」

「でも正直な気持ちだ。立派になってきみを迎えに行く……その約束を果たすために今も頑張っている。それにきみはいつも独りでどっかに行ってしまう……」

 約束したのはルイズにとっては前のルイズだ。『黒の魔道書』を得る前のただのか弱い少女への約束だ。子爵は何度もヴァリエール領を訪れていた。しかしルイズは大抵旅に出ていたりするため、所在は掴めず顔を合わせる機会は無かった。
 だから、こんなタイミングでしか言えなかったのかも知れない。

「独りじゃないわ。わたしには家族が居る。勝手にわたしを孤独と決め付けないでくれるかしら。不愉快だわ」

 ルイズは子爵を睨み付けた。

「それは本当かい……?」

 子爵の何かを訴える瞳からルイズは目を背けた。
 目を背けたままルイズは言った。

「わたしが欲しければ力づくで来なさい。それに、そんな浮浪者みたいな見た目の時点でアウトよ。わたしも随分と安く見られたものね。せめて髭ぐらい剃りなさい」

 子爵の髭は決して無精髭ではないのだが、ルイズにとってはただうっとうしいだけのようである。
 ルイズはテラス席に放置していたセフィラとデルフリンガーを回収すると足早にその場を立ち去った。





 港町ラ・ロシェールの裏通りの奥深く、狭い路地裏の一角にはね扉のついた居酒屋があった。
 酒樽の形をした看板には『金の酒樽亭』と書かれている。今にも物理的に潰れそうな廃屋に見え、扉の側には壊れた椅子がたくさん積み上げられている。看板と客たちの活気が無ければ誰も居酒屋などとは思えないだろう。

 客層は一目でわかる通り、傭兵やならず者といった者ばかりで、血生臭い話を始めに下らない諍いが耐えない。客の暴走は店長の絶妙な妥協案である『殴るなら、椅子を使おう、ホトトギス』という張り紙によって大分改善されてはいた。最後のホトトギスはどうでもいいが、なんとなくそこから店長の心労を察した客たちはそれ以来、決して椅子以外での争いは行わなかった。
 そんな『金の酒樽亭』の今日この頃は、アルビオンの内戦から戻ってきた傭兵たちで賑わっている。

「全くアルビオンはケチだよな、あんなに働いてやったのに雀の涙の給料しか寄越さねーでよ。こちとら命を懸けて戦ってんのによ!」

 テーブルの上に立ち上がって演説のように叫ぶ傭兵を、周りがそーだそーだと囃し立てる。
 合いの手のようにある傭兵が言った。

「しかしそんな俺らは」

「命惜しくて逃げましたー!」

 何がおかしいのかげらげらと笑い合った。戦帰りで、更には酒が入って最高にハイッてやつだ、という状態なのである。

 騒がしく杯を交わす傭兵たちの中で、一人黙々と食事を取る男の姿があった。男はカーキ色の軍服に身を包み、頭からすっぽりと同色のマントを羽織っている。顔は完全に隠れており、懐には不自然なふくらみがあった。
 男は手を上げてマスターを呼んだ。

「マスター、子羊の香草蒸し焼きを追加だ」

 渋くどこか威厳を感じさせる声だった。
 マスターも負けず劣らず低い声で「あいよ」と答えると調理を始めた。

 店内の騒ぎに一段落着いた時、はね扉ががたんと開き、仮面の男が酒場に入ってきた。仮面の男は真っ直ぐにマントで顔を隠した男のところへと歩いていった。傭兵たちは仮面の男を眼で追って事を見守っていた。

「……『鷹の目』だな」

 鷹の目、と呼ばれた男は食事を取る手を止めて顔を上げた。マントの中に隠れていた顔は、皺が刻まれた歴戦の傭兵の顔だった。青色の瞳が仮面の男をギロリと睨んだ。

「そう呼ばれているが」

「依頼を頼みたい」

「私は傭兵だが、誰にでも付くわけではない。仮面で顔を隠し、名乗る前から依頼されてもきなぐさいだけだ」

 仮面の男は腰に下げた長柄の杖にすっと手を伸ばす。

「止めておけ、イヴ」

 仮面の男の手が止まる。いつの間にか、仮面の男の背に杖の先端が押し当てられていた。

「お父様に危害を加えようとしていたのです、許せる訳がありません」

 イヴと呼ばれた仮面の男に杖を突きつけている女は、黒いローブで身を包み男と同じく顔を隠していた。足元には全身を鎧のように岩で覆った小さな竜が居た。
 鷹の目は首を振りながら右手で懐のふくらみを取り出した。黒光りする中型自動拳銃――ベレッタM84を仮面の男の額のど真ん中に構えて即座に引き金を引いた。
 乾いた銃声に遅れて、居酒屋の天井に弾丸が減り込む音がした。仮面の男の姿は掻き消えていた。

「依頼ならせめて本体で来てもらおうか」

 店の奥の物陰から再び仮面の男が姿を表した。

「これは失礼した。『鷹の目』殿に『火薬庫』嬢」

 イヴはむむむと唸った。

「レディに火薬庫だなんて失礼な殿方ですね。全くどこのどなたがそんな不名誉な二つ名を呼び出したのか……見つけたらブレットをお見舞いします。ねぇ、ランド」

 ランドと呼ばれた鎧竜は、イヴのマントにじゃれつきながら「ぐもぐも」と鳴いた。

「これまた失礼した。して、依頼は受けてもらえるのだろうか」

 鷹の目はベレッタのトリガーに指を掛けたまま肩を竦めた。

「一度撃ち抜かれてもその態度とは、いいだろう。依頼を引き受けよう。ただし、私にも流儀がある。それに反する依頼は受けない。私の通り名を知っているぐらいだ、そのぐらいは把握できているだろう?」

「もちろんだ」

「ならば契約は成立だ。これからよろしく頼む、依頼主殿」

 仮面の男は握手を交わすと、二人のやり取りを見守っていた傭兵たちの方を見回した。

「私に付くのなら言い値を払おう。貴様らはどうだ?」

 マスターは凍る空気を気にせず鷹の目のテーブルに注文の品を置いた。
 早速食いつこうとする鷹の目だったが、その前にイヴに料理を取り上げられてしまう。

「お父様、食べ過ぎですよ」

 足元ではランドが「ぐもー」と料理を強請っていた。





 日が落ち、月が二つ空に浮かぶ夜。森は静寂と暗闇に支配されていた。
 土くれのフーケこと学院の隠れアイドル、我らがマチルダさんは学院長から依頼を終えて、学院長によって手配された隠れ家で羽を伸ばしていた。本来であれば身柄は国に引き渡され、チェルノボーグの牢獄に捕らえられて、裁判の判決を待つはずであったが、学院長が何かしら働き掛けたのだろう。

「あはは、こんだけ金があればもう盗みを働く必要はないね」

 金の山に高笑いを上げていた。
 マチルダは人の気配を感じ、すぐに杖を構えた。

「こんな辺鄙なところにお客さんとは、もしかして学院長に謀られたかしら」

 どんどん近付く足音にいよいよマチルダは臨戦態勢を取る。周囲にはゴーレムの材料になる土が大量だ。土くれの二つ名を存分に思い知らすことができる。
 ドアの向こう側に誰かが居る、と感知した瞬間、ドアがマチルダに向かって吹き飛んできた。

「くっ……」

 先手を取られマチルダは歯噛みしたが、フーケ時代に何度も死線を潜り抜け、何度も戦闘を経験しているため、思考は止まらずまた動きも止めない。
 ドアを盾にして、すぐさま小型のゴーレムを幾つも作り、ドア付近に居るであろう襲撃者を攻撃する。

「なっ!?」

 攻撃するよりも早くゴーレムは爆散し、辺りに土を飛び散らした。
 戦場には相応しくない優雅な足取りで襲撃者は姿を現した。

「久し振りね、フーケ。ご機嫌いかが?」

 土煙が晴れると不敵な笑みを浮かべるルイズの姿があった。ルイズはソフィアをマチルダへと向けている。更にはすぐ側をセフィラが浮いていた。セフィラの宝石は光り輝いており、『ブレイクハート』を即座に放てる状態になっている。

 学院の宝物庫を襲撃した時に、その威力を知ったマチルダの顔は、青いを通り越して二つ名にぴったりな土気色だ。まさに生を手放しているような悲惨な顔である。

「そんなに怯えなくていいわ」

「それはありがたい言葉だね。でも、そういう台詞は杖を下ろしてから言うものだよ」

「なら、三枚に下ろしてから話をしようかしら?」

 ひぃっ、と小さく悲鳴を漏らした。
 学院のメイジには到底できない、腹の底に響くような残虐な声音にマチルダは震えが止まらなくなる。破壊の杖の一件でマチルダはルイズをただの子どもだとは思っていない。

「ふふっ、だから、そんなに怯えないで。ただ手を組みましょうって話をしにきたんだから。もちろん断ったりしないわよね?」

 完全に脅しであった。

『ルイズ様……自重してください』

 珍しくソフィアに咎められてので、ルイズはすぐに殺気を撒き散らすのを止めた。

「そうね。苛めが過ぎたわね」

 ふわりと柔らかい笑みがマチルダには逆に恐い。
 ルイズは杖を下ろし、セフィラを懐に収めた。

「これでいいでしょう?」

 マチルダは長く重い息を吐き出すと気を引き締め直した。いつもの調子をなんとか取り戻す。

「はいはい。もうわかったわ。協力するかどうかの前に聞きたいんだけど、どうやって私の居場所を調べたの?」

「少し調べただけよ。それで協力してくれるのかしら?」

 あからさまなはぐらかしにマチルダは肩を竦めた。

「あんたの目的はなんなのさ」

 ルイズは付いてくるようにジェスチャーして外へと出た。夜空に浮かぶ二つの月と、無数の星たちを手に収めるように両腕を大きく広げた。

「平等な世界を創るのよ。すべての国を統一し、国境が無く、メイジだろうが平民だろうがエルフだろうが魔物だろうが――すべてが平等で、すべてがわたしに平伏す世界をねっ!」

 ルイズは意図して言った訳ではないだろうけど、その言葉の一部にマチルダを刺激するものがあった。
 最後の一言は物凄く余計だが、すべてが平等に……そして、争いも無く生きられる世界はまさしく理想だろう。

「わたしは決して止まらない。そして誰にも邪魔はさせない」

 ルイズはマチルダを振り返って、くすりと笑った。まるで子どもが面白い悪戯を考え付いて、それを自慢げに話すような顔だった。

「――すべてはこの腐った世界を正すために」

プロローグ 新たなる翼

2014.05.15 (Thu)
 ここから第二章で、原作二巻に相当します。




 エルザは館内の異様な空気に息を呑んだ。優美な外観からは想像できないほどおぞましい空気が漂っている。異界の門を開けてしまったような気もするが、まさしくこの館は異界なのかもしれない。新築の筈なのに年季を感じさせる風格があった。

「おねえちゃん。本当に『異端』なのね。メイジとは思えないよ」

 魔力が溢れていると言えばいいのだろうか? ヴァリエール領にあるルイズの館は、まさに魔物の棲み家と呼べる代物だった。原因は恐らく、無造作に放置されたマジックアイテムや、微かに気配を漂わせる人ならざるものたちなのだろう。
 薄暗い廊下をエルザを先導して歩くルイズは、館内の空気にまるで動じていなかった。

「メイジね。わたしはただ、魔法使いなだけよ。それと、足元には注意しなさい。整理が追いついてないから危険な道具も床に転がってるわ。他にも妙な動きをすれば襲われるから。血の気が多い奴も中に居てね、とても困るのよね」

「メイジと魔法使いって一緒でしょう? それに、血の気が多い奴ら……もしかして、わたしと同族も居るの?」

「居ないわ。吸血鬼って意外にレアなのよね……。それに、迫害されるようなヘマをする奴なんて珍しいんでしょう?」

「…………おねえちゃん、馬鹿にしてるでしょ」

「そう聞こえたならごめんなさい」

 事もなさげに謝罪を口にするルイズに、エルザは頬をぷくっと膨らませながら付いて行った。

「ねぇ、さっきのメイジと魔法使いについて答えてないよ?」

「必要性を感じないわ」

「おねえちゃん酷いの」

「…………」

 ルイズは無言で先を急いでしまうので、慌てて後を追った。
 幼女の姿だが、エルザは30年以上の時を生きている。そのため、人格は確りと形成されている。吸血鬼としては今だ若者どころか子どもであるが、人間としては大人だ。だからどうしてもルイズにズレを感じる。

「ねぇ、おねえちゃんは本当に16歳なの?」

「肉体年齢はね」

 時々血の臭いがする廊下を進み続けるも、ルイズは一向に足を止める気配が無い。一体どこまでいくのかしら、とエルザは疑問に思った。

「じゃあ実際は?」

 ルイズが突然立ち止まった。わたしの質問が気に障ったのかな? と不安になるエルザだったが、すぐにそれが杞憂だと知った。
 大きな両開きの扉があった。どこか厳しい作りで、今までのハルケギニアにはない様式だった。
 振り返ったルイズが悪戯っぽく笑みを零す。

「6000歳かしらね」

 扉に気を取られていたエルザは、からかわれているのだと眉を寄せる。これでも一応年上だ。

「ならブリミルとは友人なの?」

「ライバルね」

「……真面目に答える気はないのね」

「ふふっ、解釈は好きにするといいわ」

 ルイズは巨大な扉に手を掛けた。重々しい音を上げながら扉が左右に開いていく。徐々に明らかになる内部にエルザは目を見張った。

「わぁすごいっ、こんなに大きな部屋、初めて見たよ」

「付いてきなさい」

 興奮するエルザをルイズは冷めた目で一瞥し、すぐに先へ行ってしまう。
 広い、とても広い部屋。屋敷の離れであるこの部屋――建物は、まさに才人の世界でいう「格納庫」であった。

 部屋の中心には銀色に輝く翼を持った竜が静かに眠っている。
 エルザはその竜を見上げ、硬直した。幼女の体には大き過ぎる。初めて間近で見る竜にエルザは怯えを隠せないでいた。

 ルイズは竜の前に立つと、大きく手を仰いだ。
 そして、エルザを振り返りニヤリと笑う。

「これがあなたの新しい翼よっ!」

 | HOME |  Next »