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人生迷子

 オリジナル小説を書いたり、二次創作を書いたり、PBWのマスターとして活動したり、小説の感想を書いたり、日記を書いたり――要するに文芸するブログです。

指定期間 の記事一覧

久々の日記というか現状報告的な何か

2014.05.16 (Fri)
 面倒臭がっていた『中二病ルイズ』のコピペ作業を終わらせたので、記念に記事タイトル通りの内容を書いてみる。本来であれば毎日更新とまではいかなくても、ネット小説と同じく週一ぐらいで更新するべきなのは分かっていますが、小説以外だと何を書いていいのやらです。
 自慢ではないですが、日記は書き始めた一日目で終わるタイプです。
 小説もプロットを書くようになってからは、プロットで満足してしまう悪癖であばばばばばです。そろそろ5年は経とうというのに、長編作品を一作も完結させていない現状は、本当に不味いと思っています。
 まぁ私の性格というかやり方というか、プロジェクトとかだと「頭脳労働だもんね、働いているもんね」と言い訳して、主に発想段階を担当して、考えをまとめたりアドバイスをしたりで、実作業は丸投げしちゃう系です。後は文章を書くのはそこそこにできるので書類作成に回って、作業すべてやってもいないの把握して、「ふへへ、私は働いてるんだぜ」という気分に浸っています。
 ……いえ、まあ、ここまで酷くないですけど。
 ただ頭脳労働だからって楽だと思われるのは心外ですけどね。
 ただしプログラマー経験のない(現場を知らない)システムエンジニア、てめぇはだめだ。
 機械屋や電子系の人も分かるとは思いますけど、実際に製作をやったことのない奴が書いた設計図なんてファンタジーワールドのマップです。どうしてだか、情報分野だと経験の浅い人間も設計の仕事が回るんですよねー。

 ……創作系のブログなのにエンジニアの話になってしまった。
 話を戻します。
 そんな訳で、各地で放置している作品についてとかを書いてみる。


●中二病ルイズ
 以前に存在していた二次創作投稿サイト『にじファン』に投稿していた作品で、どこかに投稿するにもエタるのでどうしようかと思い、このブログに投稿していました。今までに公開していたものはすべて投稿完了です。
 すべて誤字脱字などは当時のままです。手直しするぐらいなら書き直したいですし、何よりも当時の自分の文章というのを残すのも乙かなと思いました。
 一応は書き直す計画はあります。
 まずはルイズファミリー(ソフィア、セフィラ、フィーアとか)を削ろうかなと。彼らは中二病ルイズの中核になっていたので、リメイク版は別物になるのは確定的です。
 ルイズの中二病度をもっとあげて更に弱体化。爆発魔法に前向きで、アホ成分プラスのゴーイングマイウェイな少女にしようかと思っています。そんな些細なズレが原作の流れに大きな変化を与えていく、というコンセプトです。うん、だから根本的な設定すらも変わりますね。
 あくまで原作にない設定は使わない……という風にするつもりです。もちろん原作の設定を逸脱しないオリキャラとかは出すかもですけど。
 そんな感じで頑張っていますけど、いつになったら書けるかなー。
 期待しないで待っていてください。


●魔法学院の百合の花
 『ハーメルン』に投稿している百合小説。エタっているけどね。
 そもそもプロットを作らずに勢いだけでさっさと完結させようとしていたのですが、書きながら設定ができていって、その結果いつもの悪い癖で、適当に書くのが勿体なくなり、真剣にプロットを作り始めた結果、最後までの道筋が立って書く気を失った作品です。
 ええ、はい、ラストまでのプロットどころか本編完結後の番外編まで用意できていて……期待しないで待っていてください。ただまあ中二病ルイズよりは再開の可能性は高いです。


●PBW関連
 エリュシオンとバロックナイトイクリプスは引退。基本的に不規則な生活なので、明日の予定も分からず限られた執筆時間で書き続けるのは難しいなぁと思い断念です。
 宵闇幻影奇譚に関しては、途端に何もネタが浮かばなくって悶えています。何やら運営の頑張りで復活の兆しを見せているので、その流れに乗りたいんですけどね……と思っていたら、唐突にネタが浮かんだので、オープニングを書いてきます。


 現状はこんな感じです。
 長編も書いているのですが、これは書き終わったらまとめて投稿しようかなと思います。本来は五月末までに書き終わらせる予定が、余計なことに手を出したりしてしまい……うん、ええと、はい、六月末までには書き終わるといいなぁ。
 あとこの長編を執筆活動の区切りにするつもりでいます。
 真面目に小説大賞を目指すのもいいですし、PBWに専念してもっとシナリオ出すのもいいですし、ネット小説で気ままに連載するのもいいですし……と、そろそろ自分の中で小説の在り方を模索して、明確にしていこうかなとか考えています。

 とぐだぐだと書きましたが、小説の更新を待っている方には土下座を、PBW関連にお世話になっている方には感謝を捧げて、失礼をば致しまする。
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第4話 ルイズの婚約者(4)

2014.05.15 (Thu)
<本編>
 ギトーの登場にそれぞれグループを作って談笑を楽しんでいた生徒たちは、素早く席に着いた。
 教卓に着いたギトーは静まり返った教室を見渡して満足そうに頷いた。

「では授業を始める。知ってのとおり、私の二つ名は『疾風』。疾風のギトーだ」

 大仰に名乗りを上げた教師に、才人は首を傾げた。

「あの先生ってそんなに有名というか凄い奴なのか?」

 隣で授業と全く関係のない本を読んでいるルイズに尋ねると、どうでもよさげながらも答えてくれた。

「微生物と同じぐらいには価値があるわ」

「……そうか」

 少なくとも今死ね、すぐ死ね、骨まで砕けろというまでの存在ではないことがわかった。しかしそれでも微生物。アイテムを使えばさようならだ。

「なんだミス・ヴァリエール。私の授業に文句でもあるのかね?」

 どうやら私語が聞こえていたらしく、ギトーが鋭い視線を向けてきていた。才人は思わず身を竦める。学生であれば見た目が恐い先生に睨まれると過剰に反応してしまうものだ。元の世界の体育教師の横暴さを思い出した才人は、やはりファンタジー世界でも教師は教師なんだろうなと思った。
 ルイズは本から顔を上げて嘲笑を浮かべた。

「何を今更」

 ただ一言返しただけでまた読書に戻った。相変わらずのルイズである。室温がぐっと下がったような気がしたが原因の主は気にしない。
 才人はそれに倣ってハルケギニアの文字の勉強を始めた。ルイズがきちんと教材を用意してくれたことには驚いたが、「はぁ? 文字も書けない下僕を連れて歩けって言うの? 今すぐ文字を覚えるか、今すぐ死ぬか選びなさい。そのぐらいの自由は与えてあげるわ」とのお達しでルイズはルイズだぜと涙を呑みながら紙とペンを受け取ったのだ。

 流石にギトーにもプライドと教師としての面子がある。関わり合いたくなくとも堂々と授業をサボられては、教師の立場から注意をしなくてはならない。そこでルイズに質問を投げ掛けた。

「最強の系統を知っているかね? ミス・ヴァリエール」

「わたしが最強よ」

「私は系統を訊いているのだ」

「そう、ならわたしの系統が何か教えてくださらないかしら」

「ぐぅ……」

 ギトーは返答に詰まった。
 当初は火の系統かと思われたが、どんなスペルを唱えても爆発になる魔法を果たして『火』に該当させていいのか今だ教師の間で議論が続いている。便宜上は『火』として扱うが、今のルイズの返しは「厳密にはどうなの? 高名なギトー先生ならおわかりなんでしょう?」という嫌味たっぷりなニュアンスであるため答えなければ逃げを意味する。そしてギトーはルイズを認めようとは思っていない。

 別にルイズが最強ではない、と言ってしまえばかわせるというのに既にルイズのペースに巻き込まれていたため、その言葉が出てこなかった。
 すっかりやり込められているギトーを見下すような視線が生徒から送られてきていた。あの『ゼロ』に言いように言われているのに何も言い返せないのか。いつもの尊大な態度はどうした。元々生徒から好かれていないため表に出た負の感情は大きく、ギトーを追い詰める。

「な、ならばその最強を見せてもらおうか」ギトーは焦ったように腰に差した杖を抜く。「遠慮せず私に放ってみたまえ」

 ルイズの気だるげな眼に感情が宿り爛々と輝いた。

「ほう、ミスタ・ギトー。愚かにもこの全知全能なるルイズ様に挑むのね。その無謀、死して後悔がするがいいわっ!」

 立ち上がったルイズと引くに引けなくなった憐れな教師を交互に見て、才人は制止の声を上げた。

「おいばかやめろ」

 もちろんギトーに向かってである。不気味な雰囲気で本来の年齢より老けて見えるが、まだまだ若いだろう。こんな馬鹿げた争いで大事な命を投げ出すのは不憫過ぎる。
 才人に続いてキュルケも止めに入った。

「先生やめてください」

 キュルケの横に座っていたタバサは無言のまま机の下に隠れた。
 しかしギトーはそれでも挑発を重ねた。

「さあどうしたミス・ヴァリエール。たかが『ゼロ』のきみだ、恥を晒すのを恐れて挑めもしないか」

「挑戦者が図に乗らないでほしいわ。きちんと自分の立場を理解しなさい」

 ルイズは懐に忍ばせたソフィアをギトーに向けて構えた。

「おいおいルイズ止めろって! あの先生だってちょっとばかしやんちゃがしたかっただけに違いないって! な? ここは大人の対応を――」

『ええい! ゴキブリの分際でマスターに意見するか!』

 才人の説得はセフィラの特攻によって遮られた。毎朝の訓練によって身体能力と危機感知能力が異様に鍛えられた才人は素早く躱し、そのまま教室を出ておっかけっこが始まってしまった。
 既にルイズとギトーの戦いを止められる逸材はキュルケしか残っていない。

「ルイズ、少し落ち着いて。あなたは最強よ。だから、ね? それを大人げも無く頭の固い大人に理解させる必要は無いでしょ?」

 才人然りキュルケ然り、ギトーに対して遠慮の無い物言いだが現状からいえば致し方なかろう。彼らはそれでも教室と一人の教師の命を救おうとしているのだから。
 ルイズとギトー以外にとって教室は既に極寒地帯だ。南極大陸も夢じゃない。

 固唾を呑んで事の推移を見守る生徒たちは、ルイズの爆発魔法を散々味わってトラウマに成り掛けているため、いつPTSDを発症してもおかしくはない。今は張り詰めた緊張感によってパニックになっていないが、ちょっとした切っ掛けさえあれば瞬く間に恐慌状態に陥るだろう。
 二人の体から精神力の奔流が迸り、空気中の魔力が荒れ狂った。

「我が『風』は最強だ。たとえ伝説の『虚無』すら吹き飛ばそう」

「虚無? あんなものわたしの敵では無いわ。ブリミル如きが編み出した魔法に縋る貴様なんぞに負ける要素は欠片も見付からないわね」

『ルイズ様……』

「ソフィア、殺さない程度に加減しなさい。肉片を散らしたら教室を掃除するのが面倒になって困るわ」

『……畏まりました。環境情報把握。威力調整。ルイズ様のご要望から『レクイエム』の使用を提案します』

「流石はソフィアね。仕事が速いわ」

 ルイズとギトー、二人が魔法を放とうと杖を掲げた――その時、教室の扉が開かれコルベールが現れた。
 珍妙ななりをしたコルベールに意識が向き二人のまとっていた魔力が霧散し空気へと溶けていった。
 コルベールは杖を構えるルイズを目にし一瞬鋭い気配をまとったが、すぐにそれを誤魔化すように咳払いをした。

「あやや、ミスタ・ギトー! 失礼しますぞ」

 コルベールの登場に生徒たちは一気に力が抜けた。強張っていた体が弛緩し、体内に溜まっていた重い空気を吐き出していく。
 コルベールは様子がおかしい生徒たちに眉をひそめるが、それも誤魔化して畏まった態度をとって重々しい声音で告げた。

「えーおほん。皆さん、本日恐れ多くも先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が本日ゲルマニア訪問からのお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」

 ルイズはギトーから戦意が喪失するのを感じ取りソフィアを納めた。窓の外を眺めて、ここに向かってきている姫の姿を思い浮かべ苦笑した。

「そうね……直接顔を合わせるのは随分と久し振りね」




 生徒たちが去った教室で、ギトーは苛立ちを教卓に拳を打ちつけることで発散させていた。その姿を見守っていたコルベールが諌めるように言った。

「ミスタ・ギトー、ミス・ヴァリエールを余り刺激しないでいただきたい」

 コルベールの言葉にギトーは眉をひそめた。
 憮然とした様子から返答を先回りしたコルベールは続けて言った。

「彼女は『異端』の二つ名を持つ危険人物です。生徒たちにはそれほど知られてはいませんが、教師である貴方には留意すると共に、できうる限りの配慮をしていただきたい」

 ギトーは溜め息をついた。

「どうしたのかね、ミスタ。入学当初はそこまで意識していなかったはずだが」

 コルベールは瞼を閉じ、かつての『アルハザードの悲劇』と『破壊の杖強奪事件』を思い浮かべる。
 入学当初は『異端』を余り意識していなかった。確かに警戒はしていたが、ただの噂、ただ誇張された情報なのだと考えていた。しかし彼女は、伝説の使い魔を召喚し、広場での戦闘で死者を出すことなく勝利を収め、学院長がフーケを使って企んだ計画にてその恐るべき力の一端を晒した。

 学院長があらゆる手段を用いて強化したゴーレムを単独で破壊してしまったのだ。古のマジックアイテムによって施された対魔法障壁によって並みのメイジでは傷一つ付けられず、物理防御も『硬化』の重ね掛けにより名剣すら歯が立たないほどだった。作製に協力したコルベールはあのゴーレムがどれだけの強度を誇っていたのよく理解していた。

 コルベールはかつての自分を思わせる眼をしたルイズを恐れていた。その恐怖をどう伝えれば正しく理解してもらえるか考えたが、学院長から事件のことを秘匿するように言われているため、言葉を濁すしかなかった。

「とにかくミス・ヴァリエールを挑発するような真似は慎んでいただきたい」

 ギトーは釈然としない様子ではあったが頷いてくれた。

「……こちらとて関わらずに済むのならその方が助かるのでね」

 マントを翻してギトーは教室を出て行った。
 たった一人教室に残ったコルベールは、かつて所属していた『魔法研究所実験小隊』のことを思い返した。
 両手の平を見下ろすと、今でも血塗れて見える。杖を振るい何人も焼いた。仕方なかったと言い訳するのは簡単だ。だが背負うと決めた。

「王立魔法研究所《アカデミー》は再び怪物を生み出してしまったのか……」

 炎蛇と呼ばれるコルベール。
 異端と呼ばれるルイズ。
 その二つ名を得るまでの過程は大いに違うだろう。だからこそ間に合うかもしれない。
 コルベールは教室の窓から生徒が王女を迎えるために整列し始めるのを眺めた。

「…………」

 ――願わくば私のような過ちがあらんことを。




 本塔の玄関から馬車の扉まで続く緋毛氈の絨毯の上に、トリステイン王国王女、アンリエッタが降り立った。
 ルイズへの迸る想いを押し込んで王女として完璧の笑顔を浮かべ、生徒たちの歓声に答えた。
 才人は綺麗な人だなと素直に見惚れたが、どうしてかルイズと似たオーラを感じて危機感も抱いた。主にトリステインという国の未来に。

「あれがトリステインの王女? ふん、あたしの方が美人じゃないの」

 ルイズは隣でつまらそうに呟くのを聞いて、掲げていた杖をキュルケに向けた。

「聞き捨てならないわね。その言葉、撤回させなければ今すぐゲルマニアへ送り返すわよ。もちろん遺骨でね」

 キュルケは恐怖に身を竦ませた。

「な、なんでルイズがそんな過剰反応するのよ」

「理由を話すのが面倒だわ。だったら今すぐ消した方が早いわよね?」

「わ、わかったわよ。ごめんなさい、王女様を侮辱して」

「それでいいわ」

 ルイズは絨毯の上を優雅に手を振りながら歩く王女へ視線を戻す。
 後に控えていた才人は、ルイズの横顔を見て首を傾げた。
 いつもの高飛車というか理不尽というか、とにかく周囲を威圧するようなオーラが弱まっている。それに先ほどのキュルケへと怒った理由もよくわからない。今まで他人に一切気を使わなかったルイズが、たかだか自国の王女への侮辱如きでどうしてあんなにも過剰に反応したのだろうか。

 ルイズの顔を見ていると、目を見開くのがわかった。
 視線の先を追ってみると、行き着いたのは王女ではなく護衛についていた一人の貴族だった。羽帽子をかぶった凛々しい顔立ちの男で、見事なグリフォンに跨っている。

「髭が無い……」

「えっ……?」

 ルイズがポツリと呟いた言葉に才人は耳を澄ませる。しかしその後に言葉が続くことはなかった。
 髭の有無がそこまで重要なのだろうか。
 髭萌え? 流石はファンタジー、中々にマニアックなフェチである。いや、それよりもあんな感じのイケメンがルイズの好みなのか? ギーシュとは比べ物にならないほどのリア充オーラが漂っている……強敵だ。何がどう強敵なのかは不明である。




 ルイズは静かな自室のソファで、以前受け取った手紙類を見直していた。テーブルの上に並べられたすべての手紙に王女の花押が押されている。それらの手紙は幼い頃から続くルイズと王女の仲を保つために役立った文通の結果である。

『随分とありますね。アンリエッタ様はよほどルイズ様のことを好いていらっしゃるのですね』

 棚とテーブルを往復して手紙が入った箱を運ぶソフィアが最後の箱を置いた。

「そうね。意外にあるものね」

 ルイズから送ったものはテーブルに積み重ねられたものの半分もない。つまり王女がほぼ一方的に手紙を送ってきているのだ。
 昼間から夜になるまでランプと月明かりだけの薄暗い部屋で手紙を読み続けていたため、ルイズは目が疲れてしまった。一度手紙をテーブルに置き、ワインを取り出して飲んだ。

「タルブのワインはわたしを嫌っているのかしら……」

 胸に手を当てたルイズが深い溜め息をついた。

『ルイズ様、大丈夫です! ちっぱいはステータスです!』

「ソフィア勘違いしないで、わたしは小さいのを苛立っているんじゃないわ。大きくならないことに対して苛立っているのよ」

 ソフィアはフォローになっていないし、やはりルイズは素直ではなかった。

(そうよ、これは決して貧乳であることを嘆いているんじゃないわ。胸の成長についての研究で、タルブ産のワインが巨乳を生み出したという数々の事例を省みたことから、果たしてそれは万人に当てはまるのか……という趣旨の実験を行っているに過ぎないわ。べ、別にわたしは胸を大きくしたいわけじゃないのよ。そう、そうなのよ)

 暗い笑みを浮かべ、ルイズはワインを呷った。
 ソフィアが飲み過ぎですと止めてもルイズは勢いが止まるどころかぐびぐびと加速した。それを強制的に止めようとする才人と、止めようとして『マスターに汚い手で触れるなっ!』と切れるセフィラは、現在広場にて訓練をしている。

 顔が赤くなり始めたルイズであったが、ノックの音で酒を飲むのを中断した。
 初めに長く二回、それから短く三回。

「へぇ、ちゃんと覚えていたのね」

 ルイズはニヤリと笑うと立ち上がった。ソフィアを懐に納めてからドアを開けた。
 来客は真っ暗な頭巾をすっぽりとかぶった少女であった。しかし、ルイズはノックの仕方で相手が誰なのかわかっていた。

 少女は漆黒のマントの隙間から杖を取り出して、ルーンを唱え軽く振った。
 光の粉が部屋を舞う。ディテクトマジックで安全の確認をしているのだ。
 確認が終わると、少女は頭巾を取って微笑んだ。
 少女――アンリエッタ王女は、ルイズの顔を見てうっとりと表情を崩した。

「ああ、ルイズ! 愛しのルイズ! とても会いたかったわ! この再会の時をわたくしは一日千秋の思いで待ち続けていたのよ!」

 急加速のノンブレーキでハイテンションになった王女は、不敵に微笑むルイズに正面から抱き付いた。

「ええ、久し振りね。相変わらず元気なようで安心したわ」

 たとえ相手が王女でもルイズは変わらない。この態度こそ王女がルイズに惹かれた最大の理由である。
 王女はルイズを抱き締めたまま至近距離で顔を覗き込んだ。

「ああ、ルイズ! ルイズ! あなたは相変わらず凛々しくて素敵だわ!」

 ルイズはやんわりと体を離して、ソファに座り直した。王女はすぐに隣へ座る。触れ合うぐらいに近いがルイズは気にしなかった。

「ルイズの傍に居るだけで心が癒されるわ。欲の皮を突っ張った宮廷貴族の相手はとても疲れるのよ。馬鹿だし、無能だし、いつまでも過去の栄光に縋ろうとする……。常に革新的なルイズとは大違いなのよ。保守という段階を超えて、あれではただの利己主義ですわ。……誰もこの国の未来など考えていないのよ!」

「そうね。トリステインは今のままではいつまで経っても他国の顔色を窺わなくては生き残れない小国のままでしょうね」

「ああ、ルイズだけよ、わたくしのことを理解してくれるのわ! 無能共はわたくしのことを刹那主義などと下して実権を奪っていくのよ!」

 ルイズは二人分のワインを注ぎ、王女にグラスを手渡した。

「美味しいですわ。流石はルイズ、ワイン選びの慧眼も見事ですわね!」

 ワインを飲みながら王女の胸をちらちらと見る。大きい。何故なの? どうしてそんなに成長しているの? ブリミル……貴様がわたしの邪魔をしているの? そ、そうね。きっとそうに違いないわ。せめてもの負け惜しみにわたしの肉体の成長を妨げているのね!

 酒の力と王女の胸のインパクトで思考が空転。
 そんな間にも王女の話は続く。

「――ルイズ! ルイズならわかってくれるわよね! 今こそトリステインは立ち上がる時ですわ! ルイズの力とわたくしの力が合わされば敵なんて皆無よ!」

「ええ、わたしに敵など居ないわ」

「そうですわ。誰もかれもルイズを過小評価して、ああ無能無能無能っ! 役立たずのゴミ虫ばっかり! アミアンの包囲戦にてきっちりとわたくしの指揮能力は理解させたはずなのに、どうして総司令官を任せてくださらないのかしら。それどころか戦略議論を交わしても世迷いごとで片付けてしまうのよ! きっとわたくしがルイズの教えの元で成長したから馬鹿共には高度な戦略が理解できないに違いありませんわ!」

 アミアンの包囲戦とは、ただの宮廷ごっこから始まったルイズと王女の凄まじい戦いの一つである。当初は宮廷ごっこによる姫と貴族のラブロマンスであった筈が、二人の化かし合いとなり、やがて宮廷の派閥争いへと発展し、最終的には王城を用いた大規模な反乱へとなった。もちろんすべては物語であったが、侍従のラ・ポルトや暇人を発見しては巻き込んで、本格的な模擬戦へとなった。

 立てこもるルイズに慎重に攻める王女。幼いながらも軍神とも呼べる二人の的確な指示により、戦いは日が暮れるまで続いた。最終的に鉄壁を誇るルイズの要塞を犠牲無しに陥落させたアンリエッタは、参加者から『奇蹟《ミラクル》のアン』や『|魔術師アン《アン・ザ・マジシャン》』などと持て囃された。

 しかし王女は周りの評判に対して、

『わたくしは古代からの用兵術を応用しただけですわ』

 と侍従のユリアンに漏らしていた。
 それぐらい王女にとっては初歩的な作戦だったのだ。だからこそルイズの盲点を突けたのもある。
 どこかのポワチエさんが戦略議論を交わそうとしていたりしていなかったり――という噂もあったりなかったり。

 アミアンの包囲戦以降はマザリーニに「自重してください」と言われたので、水系統魔法と爆発魔法の直接戦闘などを隠れてやっていた。
 ルイズの謎のカリスマがアンリエッタを戦姫へと成長させてしまったのだ。しかし、誰も王女の能力を認めようとはしない。今だ類稀な戦術眼は世には眠ったままなのである。
 しばらく王女の愚痴は続いたが、頃合を見てルイズは口を挟んだ。

「それで、ここに来た目的はなんなのかしら。あなたがわたしの顔を見に来たというだけで理由は充分だけど、わたしの認識が正しければあなたは無駄な行動はしないわよね?」

 饒舌だった王女の舌がその高速口撃をピタリと止まる。
 王女はテーブルに広げられていたルイズ宛の手紙が目に入り「ルイズはもうわかっているのね」と呟いた。

 ルイズは無言を返答にした。
 王女は一度覚悟を決めるために頷いて、沈痛な面持ちで語り始めた。

「今日ルイズに会いにきた理由は、もちろん下らない愚痴を聞かせるためではありませんわ。……頼みたいことがあるのよ」

「聞くだけ聞くわ」

 王女は一呼吸置いてから言った。

「結婚するのよ。わたくし」




 厳しい訓練を終えてルイズの部屋へ戻ってきた才人であったが、ドアの前でこそこそと怪しい者が居るのを発見した。すぐにセフィラへ目配せすると、才人はデルフを抜き放ち駆け寄った。

「おいっ! お前ら何を……ってギーシュにアルマンじゃないか。ルイズに用でもあるならさっさと入れよ」

「さ、サイト!」

「えーと、ああサイト……ぼくは無実」

 セフィラに扱かれた後だったため若干気性が荒くなっていた才人は、ドアの前の二人を室内に蹴り飛ばした。
 二人が痛みに悶えているのを尻目に才人は部屋に入ると、そこはなんと修羅場でした。

『ふっ、アンリエッタ様のルイズ様への気持ちはその程度だったということですね』

「ああ、ルイズ誤解しないで! 確かにあの方を愛しているけどルイズが……その――」

「もういいいわ。わかっているから」

「流石はルイズですわ! わたくしのことならなんでもわかってくれる! 最愛のお友達!」

『むむっ! 例え王女であるアンリエッタ様が相手であっても私は負けませんからね!』

「ソフィアが一体何を言いたいのかはわからないけど、大丈夫よ。私は別にその程度のことで見捨てたりはしないわ」

 ルイズが柔和に微笑んでいるので、才人は恐怖に身震いした。普通に笑ってるぞ! あのルイズが! いつでも他人を見下す不敵な笑みがデフォなルイズが! もう国宝モノである。
 ルイズを間に挟んで睨み合う王女とソフィア。騒がしくしていたためか、あるいは才人になんて興味がないのか今だ「おかえり」の一言もない。
 才人に蹴飛ばされた二人は、こちらにやっと気付いた王女に跪いた。

「まさか先ほどの話を……」

 王女は口に手を当てて焦ったように言った。
 先ほどの話というのはルイズを巡っての痴話喧嘩のことだろうか? と才人は首を傾げた。確かに一国の王女ともあろう方が百合というのは色々と不味いかもしれない。こちらの価値観が今だ把握し切れない才人には判断が難しかった。

「というかなんでルイズの部屋に王女さまが?」

 うはぁルイズとはまた違った美人さんだよぉ、という内心の興奮を、でもオーラがルイズと一緒だよぉという恐怖で抑えながら言った。
 ルイズは手を顎に当てて考える素振りを見せてから一同を見回した。

「アン、ちょうどいいわ。こいつらにも手伝わせましょう」

 ギーシュは立ち上がると造花の杖を颯爽と構えた。

「お任せください姫殿下! その困難な任務、このギーシュ・ド・グラモンが見事達成して見せます!」

「えっと、その、ぼくも頑張ります」

 俄然乗る気のギーシュと、完全にやる気の無いアルマン。
 才人はなんの話をしているんだと混乱が増すばかりである。
 ルイズは不敵に笑うとソフィアを構えた。

「そうと決まれば二人とも、さっさと失せなさい。任務のための仲間を足手まといに変えたくないわ」

 暗に「すぐに部屋を出て行け、そうすれば無断で立ち聞きしていたことも許可無く入出したことも許してやろう。でなければ爆発させる」とルイズの瞳が言っている。
 ちなみに才人に対しては「お仕置き確定ね!」という意味しかない。ちなみに拒否権は無い。

 二人は見事な敬礼をルイズに送ると、すぐに退室していった。才人もまぎれて逃げようとしたが、セフィラがドアの前で輝いていたのですぐに踵を返した。
 静かになった部屋でルイズはどっしりとソファに腰掛ける。話に区切りのついた王女は才人の元へやってきた。

「あなたがルイズの使い魔さんですね。お話は聞いておりますわ。どうかルイズの力になってあげてください」

「え? あ、まあ……そりゃあなりますけど」

 だってならないと仲間に『すまんなゴキブリ。誤射した』と言って後ろから撃たれるし。
 王女は満足そうに頷いた。

「ルイズ、すべてあなたに任せましたわ。ルイズ一人でもきっと可能なことだと思いますが、念のためにルイズの婚約者であるワルド子爵と、ピポグリフ隊のローレンス隊長を護衛に付いてもらうようにお願いすることにしますわ」

 ルイズは眉をひそめた。

「婚約者なんて過去の話よ」

 王女はふふっと悪戯に微笑むと、頭巾を被り直して部屋から出ていった。
 才人は最後まで置いてかれっぱなしであったが、王女の言ったルイズの婚約者という言葉だけは衝撃の事実として記憶していた。

「なあ、本当にルイズには婚約者が居るのか?」

 ルイズは才人に目を向けずに窓から月を見上げていた。完全に才人を無視している。

「ハルケギニアの統一……ね。ふっ、それはわたしの目的よ! 何を勝手に横取りしようとしているのかしら。全く困った連中ね。わたしがこの世界の支配者であるのをわからせてあげないといけないわ!」

『ルイズ様、素敵です!』

『マスターの覇道、どこまでもお供いたします』

「ふふっ、それにアルビオンの秘宝を手に入れるいい機会かもしれないわ。アンには感謝しなくてはね」

 完全に悪役面でルイズは高笑いを上げる。その手には王女から託された手紙と『水のルビー』が握られていた。
 才人は無視されたり、ルイズが悪の高笑いを上げているのを心配したが、いつものことだなと思い返して気にしないことにした。

 才人は疲れきった体をソファに沈ませた。ふとテーブルに広がった手紙が気になって一枚手に取ってみる。そこにはルイズの綺麗な字が書かれていた。まだところどころ怪しいところもあるが、才人はほとんどハルケギニアの文字が読めるようになっていたので、その内容を把握することできた。しかしその内容を心が拒絶する。

「ルイズが他人を気遣うような内容の手紙を書くなんて……」

 多忙な王女を心配するような旨を書かれた手紙を見て、才人は驚愕に打ち震えた。
 王女とのやり取りでは、ルイズが余りにもわかりやすく感情を露にしているのに驚いたが、まさかルイズにちゃんと心を許せる人間が居るとはびっくりである。というよりルイズが心を許すほどの長期間付き合いを続けられる相手の忍耐力に脱帽だ。

 流石は王女。マジパネェっす王女。でもオーラがルイズと一緒だよ王女。
 才人はきっと洗脳したに違いないと結論を出した。あながち間違いではないのが恐いところである。

「でも、そっか……」

 ルイズに信頼できる人間が居ることに、なんとなく安心した。




 次の日の朝、才人は早朝の訓練を行わずに馬に鞍をつけていた。

「なあギーシュ、今日は一体どんな訓練をやるんだ? まさか騎乗しての戦闘とかなのか?」

 ギーシュは呆れ顔で答えた。

「きみは一体何を言っているんだい? 今日は姫殿下から直々に言い渡された名誉ある任務を遂行するためにアルビオンへ向かうんじゃないか」

「は? そんな話一切聞いてないぞ? アルマンは知ってたのか?」

「…………」

 隣で馬を撫でていたアルマンは立ったまま寝ていた。肩の上でアーサーも眠っている。

「立ったまま寝るとか……電車内以外で初めて見たぞ。ってそんなことはどうでもいいんだ。とりあえず任務ってなんだ?」

「本当に何もルイズから聞いていないんだね。任務の内容は、アルビオンのウェールズ皇太子から手紙を取り戻すことだよ」

「手紙? そんなもの送ってもらえばいいのに」

「わざわざ僕たちを送るぐらいなんだ、信頼できる者以外の手に渡っては欲しくないのさ」

「ん~まあなんとなく把握した」

 才人がようやく今回の旅の目的(というより外出するのすら知らなかった)を理解したところで、セフィラとフィーアを引き連れたルイズが現れた。

「準備はできたかしら?」

「もう準備万端だ。行くならさっさと出発しようぜ」

「まだ二人追加で来るわ」

 ルイズの言葉にギーシュは目を輝かせた。

「そういえばグリフォン隊の隊長にピポグリフ隊の隊長が護衛に付いてくださる予定だったね」

 魔法衛士隊は全貴族の憧れの対象だ。その中でも隊長となればまさしく現代に生きる英雄と呼べるぐらいに人気がある。そんな二人が護衛に付くのだ。喜ばないのは異世界出身の才人と、「守らせてあげてるのよ」という上から目線なルイズぐらいである。

 ルイズが「わたしを待たせるなんて良い度胸ね」と怒りを募らせていると、突然足元がぼこっと隆起した。もこもこと地面が崩れていく。
 ルイズはすぐに飛び退いた。
 次の瞬間、ぼこっと地面が盛り上がり巨大なモグラが顔を出した。

「セフィラ、やりなさい」

『了解です』

 短いやり取りでモグラの運命は決まった。
 ギーシュはセフィラがチャージを開始するのを見て、すぐに間に割って入った。

「や、止めたまえ! ヴェルダンデは出る位置を少し間違えしまっただけなんだ!」

「……どこかで見たことがあると思ったらギーシュの使い魔ね」

「そうさ! 可愛いだろう? ああ、ヴェルダンデ、どばどばとミミズを食べてきたかい?」

 ギーシュと巨大なモグラの戯れを才人は冷めた目で見ていた。

「なんというか不憫な奴だな」

 ヴェルダンデが何故かじっとルイズを見詰めていた。

「どうしたんだいヴェルダンデ? ルイズがどうかしたのかい?」

「主に似て女好きなのか?」

 ヴェルダンデは何を思ったのか、ルイズへ突撃を開始した。

「待てヴェルダンデ!」

「おいおいルイズは止めとけって。後悔するぞ」

 ギーシュの制止と才人の警告を無視して突っ込んでいくヴェルダンデ。

「薄汚いわね。モグラ風情がこの世界一の美貌を持つわたしに触れようとするなんて、拝顔の栄誉ですら身に余る幸運だというのに、身の程を知りなさい!」

 ルイズは懐に忍ばせていたソフィアを引き抜き、即座に爆発魔法を唱えた。
 そして、ヴェルダンデを側に居た才人ごとお空の彼方に吹っ飛ばした。

「メメタァァァァ!」

「ヴェルダンデ――――ッ!」

 キラリンとお星様になった才人にフィーアは言った。

「ルイズ様を侮辱したのは不味かったですね。ご愁傷さまです」

 ソフィア以上の良心を持つフィーアであっても、流石に遠回しながらもルイズへの侮辱を口にしてしまった才人を庇うのは無理だった。
 爆発音を聞きつけたのか、朝もやの中から二人の男が杖を構えたまま現れた。

「きみたち大丈夫かね!?」

 羽帽子を被った男――ワルドが集まった全員を見回す。才人が黒焦げになっていたり、近くでモグラが伸びていただけで特に問題はなかった。いや、充分に問題であるが学院内ではよくある光景なので生徒からしたら特に問題はなかった。

「敵の襲撃か?」

 ワルドの後ろで長大な剣を構える壮年の男――アドルフが警戒心を滲ませて周囲を見回した。

「大丈夫よ。使い魔共の粗相に対して罰を与えただけだから」

 ルイズは挑むような視線を二人の衛士に送った。
 ワルドは何かを思い出すように笑うとすぐに杖を納めた。アドルフはワルドの様子を訝しみながらも剣を背負っていた鞘に納めた。

「変わらないな、きみは」

 ルイズはワルドの言葉に「まさか胸のことを馬鹿にしてるのでは」という被害妄想がよぎったがすぐにいつものペースを取り戻して、

「ふんっ。たかが魔法衛士隊の隊長になったぐらいで、わたしをものにしようと思っているのだったら片腹痛いわ」

「もちろん僕はそんなこと考えていない。この旅で僕はきみに気に入ってもらえるよう努力させてもらうさ」

「楽しみにしているわ」

 周りはルイズとワルドのただならぬ空気に付いて行けず、遠巻きに様子を見守っていた。
 ルイズはワルドに背を向けて、出発のための準備に入った。馬に乗ろうとするルイズを見てワルドが歩み寄ってきた。

 ルイズはワルドにグリフォンに乗るよう勧められたが「だが断る」の一言で辞退した。それでも成長したワルドはヘタレを卒業したのか、更に言い募ろうとした。
 しかし現実は冷たかった。

『蛆虫、新しい世界を見たいか?』とセフィラに脅されたり、
『お久し振りですヘタレゴミクズ野郎様。あっ、間違えてしまいました。ワルド様でしたね。うふふふっ』とソフィアに地味に嫌がらせを受けたり、
「ロリコンは死ねばいいと思いませんか?」とフィーアに汚物を見るような目で見られたので諦めた。

 フィーアは後でルイズに「わたしはロリ要員じゃないわ!」とお仕置きを受けたが、痛みを快感に変える力の前ではすべてご褒美に変わってしまった。フィーアにとっては飴も鞭も甘いのだ。



 フィーアに罰を与えている横で、アルマンとアドルフが冷たい再会を迎えていたが、誰も気付いていなかった。

「父さん……」

「まさかお前が姫殿下よりこのような重大な任務を賜るとはな」

「ぼくはただ――」

「覚悟も持たぬお前が居てもただ迷惑を掛けるだけだろう」

「友達だけ危険な場所に行かせたくない。ぼくは少しでも皆の危険を少なくさせてあげたい」

「障害を払うとは言わんのだな」

「…………」

 アルマンはアドルフに睨まれて身を竦ませた。
 結局、アルマンはアドルフを納得させるだけの答えを返すことはできなかった。



 様々な問題を抱えつつも、一同はアルビオンへ向けて出発した。
 黒焦げになったヴェルダンデが、もぐもぐ~! と寂しげに鳴いて見送ってくれていた。ギーシュだけが思いっきり手を振って答えていた。

 ヴェルダンデは傷付き過ぎたために結局お留守番をすることになったのだ。その歴史の変化が恐ろしい事態を巻き起こすことに誰も気付いていなかった。いや、気付くことは不可能であった。しかし不幸もあれば幸もある。歴史の変化は何も一つだけではない。

 ――もう既にこれは「ゼロ」の物語ではなく、「異端」の物語なのだから。








●NGシーンあるいは王女さまの溢れる愛の物語

 王女はアルビオンへと出発した一行を学院長室の窓から見詰めていた。

「ああルイズ! どうか怪我などしませんように! 愛しのルイズ、あなたが傷付いたらわたくし生きていけませんわ」

 と言いつつも、本当に心配したいのは愛しのウェールズである。ルイズは最強だから死ぬなんて考えられないが、ちょっとどこか儚さというか弱さを感じさせるウェールズは心配でならない。

 ラグドリアンの湖畔で逢瀬をを交わした時、ルイズのように輝いていないのに一瞬で恋に落ちてしまった。今でもそれが何故なのかはわからないが、恋とはそういうものなのよ、とルイズに言われて最近は余り深くは考えないことにしている。

「姫、どうかご安心くだされ。あの者達なら必ずや無事に戻ってきますぞ」

「もちろんルイズが失敗するなんてありえませんわ! ただわたくしは――」

 果たしてあの方が説得に応じてくれるかどうか。彼は優し過ぎるから。たとえ現実に攻め込む口実になろうがならなかろうが、そこにトリステイン――アンリエッタへ被害が及ぶようなことがあればきっと断ってしまうのだ。

 今の王女なら、ラスボス疑惑のあるマスコットキャラに「魔法少女になろうよ!」と誘われて願いを叶えてもらってしまうぐらいに恋に酔っている。できることなら自らアルビオンへ赴いて、3話のポロリもあるよ! 的に死んで「まりもちゃ~~~~ん!」と叫ばれる状況になる可能性があっても赴きたい。ちなみに先輩はまりもという名前ではない。

 あるいは初号機のように暴走して、水の精霊とのシンクロ率400%も夢じゃないという感じに、一人でヘクサゴン・スペルを唱えてアルビオンで大暴れだ。
 恋する乙女の精神力が有頂天になった! 止まる所を知らない。レコン・キスタの相手など「9分でいい」と断言できるぐらいに最強になれる。それは確定的に明らか。恋如きでそんな強くなるわけねぇじゃん! と突っ込めば、王女はこう答えるだろう。

「あなたとは違うんです!」

 流石はどこかの国の元首相の台詞なだけあって、王女によく似合っている。どこかはどこかだ。日本だなんて言ってないんだからねっ!
 とにかく王女は暴走特急トミーのように今にも駆け出したいのだ。

 それかすぐさまアルビオンの貴族派に戦争を仕掛け、総指揮官を務めるどこかのポワチエさんを秘密裏に処理して、「わたくしはアンリエッタ王女だ、スキルニルにより通信回路が破壊された、緊急事態につきわたくしが臨時に指揮をとる」と指揮権を剥奪するのだ。そしてアルビオンから地上をルイズに爆発魔法で爆撃してもらい、「これから王国の復活を祝って、諸君にアルビオンの力を見せてやろう思ってね。見せてあげよう、アルビオンの雷を!」とやりたい。

 王女の妄想はどんどん膨らんでいき、現実に実行可能なぐらいに綿密に計画を立てていく。

「ふふふっ! もしもの時は覚悟するのですね、貴族派の愚か者共!」

 ふはは、ふははははははっ! とルイズと同じぐらいに魔王的笑声を上げた。

「オールド・オスマン、わたくしの素晴らしい計画を聞かせてあげますわ」

 \どや/という感じに言われた学院長は本能的な恐怖を感じて、断りの言葉を言いつつ席を立った。しかし、既に入口の前には王女が立っていた。

「知りませんでしたの? 王女からは逃げられない」

 まさに学院長からしたら「狂気に満ちた計画とかマジ勘弁ww」である。

「姫……そんな状態で大丈夫ですかな?」
「大丈夫よ、問題ないわ」
「ではもう少し落ち着きましょう」
「高揚感を抑えろと言うのですね、わかります」

 一応は静まってくれた王女であったが、すぐに何を思ったのか満面の笑顔を振り撒いた。

「わたしはずっと何か持っていると言われてきましたわ。そして今日、それが何かわかりましたわ! そう、それは仲間です。オールド・オスマンもわたくしの計画に協力してくださいますよね?」

 学院長は「どうしてこうなった」と頭を抱えた。
 何故か脳内でルイズの姿が浮かび上がり「わたしが育てた」と無い胸張って誇らしげに語っていた。教育? いいえ、洗脳です。
 王女は嬉々とした様子で、次々と革新的(というかある意味前衛的)過ぎる計画を語った。
 余りの恐怖に学院長は、寒気を感じた。

「――それでですね、まずはアルビオンとの貿易を完全にストップするわけですよ」
「ああ、そうですか。それはまた大胆な作戦を取りますな」

 体が震えるのを押さえ込み、鳥肌が服で擦れてくすぐったくて、それを掻いて誤魔化した。

「――そこからアルビオンの貴族共の一部に挑発を重ね、一部の穏健派には亡命の誘いを掛けて――」
「しかし……そんな……うまく、いくとは……思え、ませんな」

 その内本当に痒みに変わった。

「問題ありませんわ。わたくしの卓越した交渉能力を持ってすれば裏切りの一つや二つ、簡単に仕組めますわ」
「……かゆ、うま」

 もう学院長は限界のようだ。
 溢れる愛を策謀に変えた王女の話は、コルベールがフーケの失踪を告げにやってくるまで続くのであった。

第3話 ルイズの婚約者(3)

2014.05.15 (Thu)
 才人は最後のゴーレムをデルフで袈裟切りにした。

「これでわかっただろう。ギーシュ、お前の負けだ」

 かちりと格好良くデルフを鞘に納める。最初の頃は見ながらではないとうまく納めることができなかったので、この微妙な成長が才人には嬉しいものだった。

「ぐぬぬ……。まだだ、僕はまだ負けていない!」

 ギーシュは造花の杖を掲げ、広場のそこら中で粉々になって沈黙するゴーレムを修復し生命を与える。以前の決闘の時に比べギーシュの精神力は鍛えられていた。といってもたかが数週間の鍛練でランクが上がるわけもなく未だにドットではある。ゴーレムの操作という面だけであれば成長は著しい。

「流石にしんどいぞ……」

 何体ものゴーレムを屠った才人の体力は限界に近かった。

「つまり、負けを認めるんだな」

「んだとっ! いいぜ、やってやるよ! どっちかが打っ倒れるまで勝負だ!」

 才人の体力が切れるか、それともギーシュの精神力が尽きるか、ただ我慢比べのような戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。馬鹿げた争いを止める役の鬼軍曹は現在、食堂へと向かうルイズに同行中のため不在である。

 再びデルフを抜刀した才人が一番身近のゴーレムに切りかかろうと大きく踏み込んだ。
 ちょうどその時、広場に入ってきた一組の男女がギーシュに声を掛けた。

「ギーシュ、朝っぱらから何をやっているのさ。もう朝食の時間だよ?」と男の方が言った。

「ほう、鍛練か。感心だな。あのギーシュが随分と立派になった」と女の方が言った。

 マントの色から二人ともギーシュとは同学年のようだ。
 才人とギーシュはお互いに剣と杖を納めた。才人が二人を見て首を傾げていると、ギーシュが二人の元へ駆けて行った。

「相棒、嬢ちゃんの頼み事を断ったのはあの娘ッ子だ」

 デルフが鍔を弾いて音を立てて二人組みの女の方を示した。
 視線を向けると、ギーシュとは仲が良いのか三人は固まって談笑を始めていた。時々、才人の方を見てはギーシュがしどろもどろになって何かを説明をしている。
 才人はルイズに逆らえる逸材はどんな奴なのかと女を観察した。

「なんというか、日本人っぽい人パート2って感じだな」

 シエスタと同じように顔立ちなどは西洋風なのだが、髪色と瞳の色が黒で異国の雰囲気が薄い。長い後ろ髪を黄色い造花が取り付けられた子どもっぽいデザインの髪留めでポニーテールに結い、腰には鞘を下げており、まさにサムライガールという出で立ちである。宝塚で通用しそうな顔立ちとキュルケほどある長身により、お姉さまとか呼ばれて女子にももてそうだ。

「あれ? でもあの鞘って……まさかっ!」

 どう見ても西洋風の鞘ではない。青色を基調にした鞘は和風の雰囲気を漂わせている。まさかまさかの本物のサムライガール?
 才人が驚愕に震えていると二人組みがギーシュと共に歩み寄ってきた。

「ぼくはアルマン・ド・ローレンス。よろしくね、使い魔くん」

 ニコニコしながら男の方が手を差し出してきた。

「あ、ああ、こちらこそよろしく」

 サムライガールとの邂逅の混乱から抜け切らないところで声を掛けられ、才人はよくわからないまま握手を交わした。
 近くで見るとアルマンと名乗った男は、雰囲気が女の方より女っぽかった。なんというか小柄で線が細くて貧弱そうで、銀髪に橙色の瞳はキラキラと輝いていて、サムライを護衛に付けるお嬢様っぽい。しかし、そんなお嬢様には不釣り合いな生物が肩に乗っている。前足を肩に引っ掛けて小さな赤い竜が眠っていた。

「えーと、そのちっこいのは使い魔?」

 才人の視線に気付いてアルマンが竜の下顎を撫でた。気持ちよさそうに表情を緩めたような気がするが、竜も犬や猫みたく撫でられるのは好きなのだろうか。

「この子はアーサー。名前の通りオスだよ。まあ今はそれよりも剣について語り合おうよ。ギーシュとの決闘騒ぎを見た時からずっと気になってたんだけど、どうにも声を掛けるタイミング見付からなくて。きみは剣を使うだろう? なんでもフーケさえもその剣術で圧倒したとか。決闘の時はお粗末な動きをしてたけど、やっぱりフーケを倒したとなると、あの時は手加減してたのかなぁと思って、是非とも一度手合わせ――」

「ストップだアルマン。やれやれ、きみは剣のこととなると本当に饒舌になるね」

 アルマンの暴走をギーシュが割り込んで止めた。アルマンは苦笑を浮かべ頬をかいた。

「えっと、ごめん。自己紹介がまだ途中だったね。きみの名前はヒラガサイトというらしいけど、どう呼べばいいのかな? 東方の文化は生憎疎くて……」

 まだ若干興奮気味に尋ねてきた。
 才人は一歩引いた位置でそっぽを向いているサムライガールをチラリと見る。広場に入ってきた時辺りから、ずっと刀の柄に手を添えているので地味に恐い。
 気を取り直してアルマンの方を向いた。

「才人って呼んでくれればいいよ。その代わり、俺もアルマンって呼んでいいかな?」

「うん、もちろん構わない。それで、早速だけど剣で語り合いをしないかい? どうも最近はリアしか相手が居なくて、もっと多彩な剣術の相手をしたくなっていたんだ」

 また剣の話に戻ろうとしていた。才人としてはサムライガールの素性を知りたいので対応に困る。

「それは構わないけど、そっちの女――うおっ!」

 才人の言葉がアルマンに手を引かれたため途切れた。ぐいぐいと広場の中心部へと引っ張られる。俺の周りにまたバトルジャンキーがと内心では悲しみを感じつつ、ドナドナで連れて行かれる。

「よーし早速やろう!」

 口振りと背負っている大きな剣からしてアルマンは剣を使えるようだが、こんな小さな体のどこにそんな力があるのだろうか? それとも噂のガリマッチョというやつか。あるいは恐るべき魔法パワーによる補助で扱うとか。ガンダールヴにお世話になっている才人は、自分のことは棚に上げて魔法なんてずりーぞと思った。

「待つんだアルマン。きみはもう少し落ち着きたまえ。まだリア嬢との自己紹介が済んでいなかっただろう」

 ギーシュの言葉にアルマンは慌ててサムライガールの元へと駆けて行った。ずっと一歩引いたところでやり取りを見ていたサムライガールは、ギーシュを睨んで「余計なことを」と誰にも聞こえないように呟いた。
 才人はアルマンが謝罪する後ろ姿を見ながらゆっくりと三人の元へ戻った。
 サムライガールが才人を見て溜め息をついた。切れ長の目が気だるげな視線を向けてくる。

「はぁ……覚悟を決めるか」

 意味のわからないことを言い渋々といった様子で手を差し出してきた。

「リア・ド・トレルイエだ」

 才人は威圧感に縮こまって見上げるような形で握手を交わした。

「よ、よろしく……」

 弾くように手を離されたため才人は泣きたくなった。どうして見ず知らずの人に嫌われているのだろう。初期設定から好感度がマイナスに行っているなんて鬼畜過ぎる。
 アルマンは才人のマイナスオーラを無視……というより、ハイテンションの余りに気付かず、

「よーし、これで問題ない。早速戦おうか、サイト」

 また引っ張っていこうとする。
 しかし再びギーシュに止められた。

「もう少し普通に親交を深めるべきだと思うんだよ、僕は」

 ギーシュがまともなことを言ったり、ブレーキ役になったりしているので、才人は奇異な目で見た。

「な、なんだね、その目は!」

「いや、気にするな。ギーシュも案外まともな人間なのだと知っただけだから」

 才人とギーシュが言い争いをしている間にリアがそそくさと立ち去ろうとする。ちょうどその時、しょ
げていたアルマンがアーサーに頬を舐めて慰められ復活しリアの袖を掴んだ。

「剣の語り合いが無しなら……後はリアに任せるよ」

「私に丸投げとはやってくれるな。後で覚えておけ」

 リアが憮然として溜め息をついた。才人とギーシュの争いに収拾が着くのを待ってから口を開いた。

「平賀才人、私達は魔法学院に通っているとおりメイジであるが、それなのに剣を使う酔狂なアホというわけだ。まあそれには魔法の才が乏しいという理由もあるが、それ以上に杖より剣が好きなのも確かである。学院での孤立すらも剣のために受け入れる、要するに変態なのだ」

「ぼくはともかくリアは魔法も得意でしょ。それに変態って……」

「何を言うか。私は火系統メイジでありながら1年の時、発火しか使えなかったぞ」

「今じゃ有名なメイジでしょ」

「不本意だがな。それに私はメイジではなくただの『炎姫の騎士』だ」

「あーまあそうだね。相変わらずのシスコンなことで……」

「別に構わんだろう。妹のために生きるのも」

「否定する気はないよ。気高い生き方だと思う」

「ふふっ、そうだろうそうだろう」

「うんうん。……そこだけ直せば変人のレッテルが剥がれると思うんだけど」

「何を言うか。貴様こそ実践魔法の授業で自慢の剣を使いアホ共を薙ぎ払えば、『弱虫』アルマンの汚名を返上できるぞ」

 二人で盛り上がってしまい才人達が置いてけぼりなのに気付いてリアは一気にまとめた。

「そんなわけで、私とアルマンはただの変人仲間さ」

 才人の第一感想は「バカップルじゃね?」である。しかしリアの何かにもやもやというか、違和感を感じてその感想は口にしなかった。
 二人の会話から気になったことを質問しようとすると、学院の方からルイズの呼び掛けが聞こえてきた。

「才人、もう朝食よ」

 ルイズの声に才人は自分の感じた違和感の正体に気付いた。すぐにでもそれについてリアへと尋ねたいが、周りに人が居るタイミングで訊くのは憚れる。

『サイト様にギーシュ様……あちらは、リア様にアルマン様までいらっしゃいますね』

「へぇ、随分と賑やかだと思ったらあなた達まで居たのね。それにしてもリアはどういう風の吹き回しかしら」

 ソフィアを腕に抱き締めたルイズとすぐ側に浮遊するセフィラが会話の輪に入った。

「……私は半分騙されてね」

 リアは憮然として答えた。

「ふーん、ならいい機会だし才人の剣の相手になってくれない?」

「私ではなくアルマンに頼めばいいだろう」

「アルマンはあなたが才人を拒絶する限り稽古相手は引き受ける気は無いって言うのよ」

「自分で相手をすればいい」

「はぁ……。わたしは残念ながら教えるのは嫌いなの」

 正確には教えるのが苦手である。しかし、ルイズは自分の欠点を認めたりはしない。

「なら素直に諦めるんだな」

「強情ね」

「嫌なことを嫌と言っているだけだ」

 ルイズは取り付く島も無いリアを半目で睨んだ。そうしていてもリアクションすらしないので肩を竦める。

「はぁ……まあいいわ。才人、食堂に行くわよ」

 説得を諦めたルイズは、才人の返事を待たずに学院方へ歩いていく。
 それに続こうとするリアを才人は慌てて呼び止めた。

「ちょっと待ってくれ!」

 ギーシュは才人の様子から何かを感じ取ったのか、アルマンを連れてルイズに続いた。広場には才人とリアの二人だけになった。ついでにデルフも居るが鞘に納められれば居ないも同然である。
 リアは足を止めたるには止めたが、才人を振り返らなかった。

「なんだ?」

「えっと、リアだっけか? さっき俺の名前を呼んだ時、全然訛りが無かったよな。それって、そのつまりは、あーもしかして――」

 才人は喜びの余りに興奮気味に捲し立てた。だが言い終える前にリアの冷たい声に遮られてしまった。

「何を勘違いしているのかはわからないが」リアは柄に手をそえて重心を低くする。「それ以上踏み込もうものなら私は貴様を斬る。たとえ貴様がルイズの使い魔であっても、容赦無く……斬る」

 何も警戒していなかったため才人はもろに殺気を感じ取ってしまった。肌が本物の殺気に突き刺すような痛みを感じた。喉を潰されたかのように何も言えなくなってしまい、足は震えて動かず、平衡感覚が狂ってしまい立っているのもやっとだ。
 じっとりとした汗が首筋を伝っていき、その不快感によってようやく混濁する意識を繋ぎ止めることができた。

「なんで……あんな……」

 リアの背中が遠ざかっていく。才人にはそれを追う気力は無かった。




 食堂に遅れて着いた才人はルイズの隣に座ると、すぐに広場であったことを話した。
 ルイズは子羊のスープを食す手を止めて苦笑を漏らした。

「才人、死にたくなかったらリアに関わらないようにしなさい」

「なんでだよ? まあ斬ると言われちゃそりゃあ余り仲良くはできそうにないけど、ルイズは元々あいつに俺の剣術の稽古をつけさせようとしてたんだろう?」

「そこまで過剰に反応すると思わなかったのよね。折り合いをつけたと思ったんだけど……そうね、やっぱり才人が召喚されたからいけないのね」

「俺のせいっ!?」

「そうよ」

 才人は理不尽な言葉に慣れたくないけど慣れてしまっているため突っ込みをそこそこに食事を始めた。

「……ってちょっと待て! あいつに俺が異世界人ってばれ……んぐっ!」

 ルイズは異世界人発言を叫ぶような音量で言おうとした才人の口へとパンを突っ込んだ。

「声がでかいわ。次はこれを投げるわよ?」

 ルイズは左手に持っていたナイフを示した。
 最初にナイフが飛んでこなかっただけ運が良かったのだと才人は思った。きっとナイフを使わなかったのは「食事中にスプラッタを見る趣味はないわよ?」という程度の理由に違いない。

『サイト様、もう少し発言にご注意ください』

 ソフィアにまで嗜まれてため才人は反省した。

「ルイズはいいのか? リアをそのままにしておいて」

 ルイズはソフィアを撫でながら答えた。

「いいのよ。彼女は特別だから。なんせわたしの杖を使い熟しているぐらいだもの。……特別じゃなかったら今頃消し飛ばしているわ」

「…………」

 物騒なご主人様に才人は何も言えなかった。




 才人はリアについて話を聞こうと、ルイズに許可を取ってギーシュとアルマンが授業へ向かうのに付いていっていた。三人が歩く廊下には他にも生徒の姿があり、なんとなく才人は声を潜めて言った。

「なあギーシュ、リアって一体どんな奴なんだ?」

「どうして僕に聞くんだい? きみは女性にアプローチできないヘタレなのかな」

「別にそんなんじゃねえよ。ちょっと本人に訊けないからお前に訊いてんだろ」

「本人に訊けないようなこと? まさかきみはスリーサイズでも知りたいのかい? それならば止めときたまえ。彼女は体について触れられるのを極端に嫌っているのだ」

「そんな情報は必要ない!」

「真面目に回答すると、アルマンに訊いた方が早いと思うよ」

 横を無言で歩いていたアルマンが名前を呼ばれたかと思ったのか顔を上げた。

「呼んだかな?」

 広場での明るさはどこにへいったのかアルマンの声から抑揚が欠けていた。

「リアについて訊きたいんだけどさ」

 才人の言葉にアルマンは思い出したように言った。

「リア? あれ、そういえばまだ戻ってきてないね」

「ん? リア嬢はどこへ行っているんだい?」

「妹に用があるみたい」

「ああ、リア嬢溺愛の麗しの姫君か。あの子も美しい」

 アルマンは廊下を見渡してみたがどこにもリアの姿は無かった。そろそろ授業が始まるので、あるいは先に教室で待っているのかもしれない。
 才人がアルマンにリアについて訊こうとするも、ギーシュが上機嫌に語り出したので遮られてしまった。

「そう、トレルイエの姉妹は戦の姫! 惨たらしい戦場であってもその美しさを損なわれない不変の美貌! リア嬢が空へと描く煌びやかな火の芸術、それをリリー嬢の力強い『烈火』が彩る! まさに戦と舞の融合!」

 身振り手振りを加えた説明をするギーシュのポケットからぽろりと小瓶が転げ落ちた。

「やれやれ相変わらずだね。きみにはミス・モンモランシが居るでしょ」

 眠たげに説明を聞くアルマンは気付かなかったが、聞き流していた才人は俯いていたので、瓶の存在に気付きひょいと拾い上げた。

「ア、アルマン……それは」

 何故か慌てた様子でアルマンの口を塞ぐギーシュの顔の前に、紫色の液体が入った瓶を突き出した。

「これお前のだろう? さっきポケットから落ちたぞ。なんか匂いがするな……香水かなんかか?」

 ギーシュは小瓶を受け取らず足を止めて震え出した。
 才人はギーシュの様子がおかしいことに気付き、視線の先を追ってみると、そこにはリアとリアによく似た1年の少女、それと栗色の髪の少女が並んで立っていた。栗色の髪の少女はギーシュを見詰めて目を濡らしていた。

「ギーシュさま、酷いですわ! 信じていたのにっ!」

 栗色の髪の少女は涙を流しながら背を向けて、走り去ってしまう。

「待ってくれケティ!」

 リアによく似た少女はギーシュを一瞥するとすぐに栗色の髪の少女――ケティの後を追った。ギーシュも慌てて追おうとするが後ろから誰かに襟首を掴まれ咳き込んだ。

「まさか二股を掛けていたなんて……愛を囁くのは私だけって言ったのは嘘なのね」

 ギーシュは恐る恐る振り返った。
 そこには般若顔のモンモランシーが巻き髪をメドューサのように自在に動かして、ギーシュを威嚇していた。その目はまさに石化の呪文を宿した最強の魔眼である。

「モ、モンモランシー、その、誤解しないでくれたまえ」

「何が誤解よっ!」

 バチンといっそ清々しい張り手の音が響き、ギーシュの左頬に見事な紅葉ができあがった。
 走り去るモンモランシーの背中を呆然と見送るギーシュの左肩を、才人ががっしりと掴んだ。ギーシュは更なる恐怖の予感に冷や汗を流しながら顔だけを背後に向けた。
 そこには拳に息を吹きかける才人が居た。顔はフォースの暗黒面に落ちてしまったかのように凶悪なものへと変貌していた。

「ギーシュ……お祈りは済んだか? 覚悟はできているか?」

「な、何を言っているんだい?」

「ふっ、リア充なんぞ爆発してしまえぇぇぇぇっ!」

 才人の拳が左頬の紅葉を歪めギーシュの体を吹っ飛ばした。殴って人が飛ぶ。日頃の訓練の成果とガンダールヴパワー、そして何よりももてない男の僻みから生み出される無限大のパワーが才人を一瞬だけファンタジーの住人へと進化させていた。

 才人はすべてを成し遂げたような達成感と、気に食わない奴を殴り飛ばした爽快感、ついでに日頃のストレスをぶつけたお陰で随分とすっきりした表情を浮かべた。

「正義は勝つ!」

 締めの言葉はなんとも微妙であった。




 一回目の授業を終えた後の三十分の休み時間、ギーシュは本塔の人が滅多に寄り付かない廊下で恐怖に震えていた。
 床に尻餅をついたギーシュを見下ろすのはリアと妹のリリーであった。
 リリーはリアに比べて身長が少しだけ低く、髪型は肩に掛かるほどの長さに切り揃えそのまま流しており、胸の成長がちょっとばかし残念なだけで後は姉にそっくりである。ちなみに学院内で「貧乳」と言ってはいけない人ランキング第二位の座を入学以来不動のものとしている。第一位はもちろんルイズだ。

「ミス・モンモランシーに、更にはよくもまあ妹の友人を弄んでくれたなぁ。貴様の根性、一から叩き直してやる」

 リアの手には抜刀された刀が握られていた。もちろん斬る気はないので、ギーシュに対し峰を向けている。

「ミスタ・グラモン、よくもわたしの友人を泣かしてくださいましたね。わたしはあなたの根性を一から焼き直して差し上げます」

 リリーの手には30サントほどの青色の杖が握られていた。所有者の魔力に呼応して先端から火花を散らしている。
 ただ怯え続けるギーシュであったが、内心では意外にも余裕があった。そう、セフィラ軍曹の折檻に比べれば二人の恫喝などたいしたことは――

「ふふっ、わたしの『烈火』を『燠火』の分だけプレゼントしましょう。簡単に死なないでくださいね?」

 ――無いと思っていた時代がありました。はい。
 ギーシュは急上昇する周囲の温度を遠くに感じつつ思った。
 今度からはもっとうまく立ち回ろうと。
 それでも皆の薔薇であり続けようとするギーシュは、ある意味立派なような気がした。




 ギーシュが燃やされている頃、学院に続く街道を進む一行の姿があった。馬車の一つには王家の紋章がかたどられたものがあり、アンリエッタ王女が乗車していた。馬車を引くのは優美な一本角を生やしたユニコーンである。

 街道に並んだ平民達から投げ掛けられる歓呼の声に答えるため、アンリエッタが馬車のカーテンをそっと開いて、優雅な微笑を投げ掛けた。
 サービスもそこそこにアンリエッタはカーテンを下ろし、顔を隠すと深い溜め息をついた。そこには先ほどまで観衆に見せていた薔薇のような笑顔はない。あるのは歳相応の苦悩と、苛立ちの色だった。
 アンリエッタはカーテンの隙間から外をちらりと覗いては溜め息をついた。

「これで本日百十三回目ですぞ。殿下」

 隣に座るマザリーニ枢機卿が、諌めるように言った。

「何がですの?」

「溜め息です。流石に度が過ぎると存じます。殿下が溜め息をつけば到着が早くなるというものではありませぬ」

 今の王女に何を言っても無駄なのは枢機卿も理解していた。しかし、ゲルマニアから出て魔法学院に進路を変えた時からずっと溜め息をつき続けているのだ、誰だって無駄とわかっても指摘してしまう。それにしても百回以上もしているというのにきちんと数えている辺り、枢機卿の非凡な才能が窺える……わけもなく、ただ馬車の中で暇なだけなのかもしれない。
 アンリエッタは細い指で水晶の杖を握り締めると軽く地団駄を踏んだ。

「ああ、まだ着きませんの。ユニコーンはのろまね。乙女しか乗せないものだからきっと柔な足をしているんだわ!」

「ユニコーンに罪はありませぬぞ。これ以上の速度を出せば、隊形が崩れ警護の面で不備が出てしまうのです」

「全く……ゲルマニアの成り上がり共の相手に疲れているというのに、なんたる仕打ち。わたくしは癒しが欲しいのです。ああ、ルイズ! 愛しのルイズ! わたくしの大切なお友達!」

 今度は枢機卿が溜め息をついた。
 ルイズは幼い頃のアンリエッタの遊び相手だったため、枢機卿もよく知っている。なんというか異質な子であった。賢く有能ではあったが子どもらしくなかった。そんなところを王女は甚く気に入ってしまったらしく成長してもこの調子である。皮肉にもルイズのお蔭で、王女は政治面で敏腕な腕を振るえる風格を持ってしまったが故に、感謝していいのか恨めばいいのか複雑である。

 だが、今は完全に警戒すべき存在であるのは確かだった。アカデミーでの表に出ていない数々の素晴らしい研究の成果は認められるが、決してその『異端』だけは許容できない。彼女の力は大きく、御し切れれば切り札となるのは間違いないだろう。しかしそれは、可能ならばの話である。

「殿下、もう少しの辛抱ですぞ。旧知との再会を短時間で済ましたくはないでしょう。先に政治の話をしますぞ」

「そんな下らない話は不要ですわ。わたくしはゲルマニアに嫁ぐ、乗っ取る、トリステインとの連合でアルビオンを支配する、ガリアにアルビオンを投下、ロマリアを聖地に突っ込ませて戦力を削った後フルボッコ、ハルケギニア統一。完璧ですわ」

 アホの子の発言にしか聞こえないアンリエッタの言葉に、枢機卿は溜め息をついた。

「五十六回目ですわ」

「何がですかな?」

「溜め息です。枢機卿、わたくしはあなたにトリステインの未来は任せましたが、わたくしの未来は委ねてはいませんわ」

「王族は国のためにあるべきですぞ」

「なら変わってくださいな。杖も王冠もすべてあなたに差し上げますわ」

 ほれ、地べたに這って拾うがいい、とも言いたげに水晶の杖を床に転がした。アンリエッタは枢機卿が杖を拾るのを見て、アルブレヒト3世×マザリーニという妄想が生まれたが、一体誰得なの? と吐き気を抑えながら手を振って妄想を霧散させた。
 アンリエッタは仕方なく杖を受け取ると再び溜め息をついた。

「ああ、ルイズ……愛しのルイズ、あなたならきっと、わたくしの憂う心を救ってくれるに違いありませんわ」

 物憂げに呟くアンリエッタの様子を見て、枢機卿はどうにかご機嫌を取ろうと腹心の部下を呼んだ。




 王女へ花を献上し隊列に戻ったワルドは、段々と近付く魔法学院の本塔を見て目を光らせた。そう、あそこで彼女との数年振りの再会が待っているのだ。
 今回のゲルマニアへの巡幸にてグリフォン隊が護衛を務めているが、フーケの騒動によって怪盗まがいの模倣犯が大量発生し治安が悪くなっているため、念には念を入れてピポグリフ隊が半数ほど追加で部隊に組み込まれている。
 ピポグリフ隊の隊長であるアドルフがワルドの様子を疑問に思い声を掛けた。

「ワルド殿、何かありましたかな」

「……いえ、特に何もありませぬ」ワルドは誤魔化すように言葉を続けた。「そういえば学院には、確かローレンス殿のご子息が通ってられましたな」

「ふんっ、あの出来損ないの愚息は力を恐れその本質すら見極められぬヒヨッコだ。しかしワルド殿、いかがいたした?」

「何がですかな?」

 平静を装えていると思っていたワルドは、歴戦の勇士の目を誤魔化せていないことを気付いた。
 アドルフはワルドとは違い魔法の才能や底知れぬ野心を持って素早い出世をしたわけではない。長い奉公と幾たびの戦を乗り越えて隊長の座を射止めたのだ。40を迎えて間もないというのに、銀髪はほとんど白髪に変わり、額や頬に幾重もしわが刻まれ、橙色の瞳には濁りがあった。

「先程からそわそわとしているが、学院に知己でも居るのかね? それとも恋人が」

「まさか……。ただの片想いですよ」

 驚くぐらいすんなりとワルドは答えていた。
 アドルフは目を見開いた。

「ほう、グリフォン隊の隊長殿になびかぬとは、よほどの方なのだろう」

「ええ……どこまでも気高く勇ましい少女です」

「少女? まさか生徒ですか。グリフォンに跨った王子さまのお迎えとあっては、どんな女性も一ころでしょうな」

「そうなればよいですが」

 ワルドは彼女はこの程度ではなびかないだろうと思った。
 位が上がることで得られる情報が増え、『アブドゥルの暴走』の真実の一端に触れ、ワルドはより彼女を欲するようになった。ワルドが求めて止まない聖地に繋がる情報を彼女は間違いなく持っているのだ。

 幼い彼女に何かをあるのを感じていた。そして、時が経つにつれそれは彼女自身の手によって明らかになっていった。数々のマジックアイテムを生み出し、『アルハザードの悲劇』によって『異端』と呼ばれた彼女は平民の英雄となり名を馳せた。

 ワルドは力と地位を得た。
 彼女もまた力と名声を得た。

 あの日、アブドゥルの暴走が起きる前の彼女からは想像できないであろう道を互いに歩んでいる。小船で母に怯える少女も、少女に温かい優しさを与える青年も――とっくの昔に忘れ去られた幻想だ。
 ワルドは冷め切った心の奥底で眠るあの日の誓いと母の遺志を携えて、彼女との再会を果たそうとしていた。









●NGシーンあるいは禁断のもてない男《マリコルヌ》ルート

「ふっ、リア充なんぞ爆発してしまえぇぇぇぇっ!」

 才人の拳が左頬の紅葉を歪めギーシュの体を吹っ飛ばした。殴って人が飛ぶ。日頃の訓練の成果とガンダールヴパワー、そして何よりももてない男の僻みから生み出される無限大のパワーが才人をファンタジーの住人へと進化させたのだ。

 ギーシュに嫉妬していた男子生徒達は、たとえゼロの使い魔で更には平民であっても、才人と通じるものがあると一瞬で感じ取り、勇気ある行動を拍手で称えた。一人、また一人と拍手に加わり男達は歓声を上げた。

「平民の癖にと思っていたけど、ぼくはきみのことを誤解していたようだ」

 広場での決闘では才人達をはめたマリコルヌが才人に言った。

「平民とか貴族とか関係ないんだよ」

「ああ、まさにきみの言うとおりだ。ぼくは誤解していたよ。世界には貴族と平民の二種類の人間が居るんじゃない。もてる人間かそうでないかだったんだ」

「ああ、まさにその通りだ。そして、もてる男を葬り去っていけば、俺たちもてない組みにチャンスが増えていく」

「あなたは神か……」

「ふっ、俺に続け! この学院のリア充共を一掃するぞ!」

 おおっ! と不憫な奴らの雄叫びが上がった。

「もてる者よ我を恐れよ。もてぬ者よ我を求めよ! 付き合っていいのは、もてない苦しみを知っている奴だけだ!」

 そして、才人達の長い戦いが始まった。
 彼らは戦い続けるだろう。誰かと結ばれるまで。
 ――こんな活動をしているからもてないのだと気付くのは、まだまだまだまだ先の話である

 勝利の余韻に浸る彼らはまだ気付いていなかった。
 この学院に、もてることの不毛さともてない苦しみの両方を知る最強の男が現れることを。
 その名は、ワルド子爵。天性のマザコンにしてロリコン。更には危険な女の母性までをも刺激する裏主人公。風のスクエアにして、どんな幻獣でも乗り熟すヴィンダールヴも真っ青な能力を持ち、それなりに頭の回転も速いという死角無き超人である。

 果たして、もてぬ苦しみしか知らない男達は勝てるのか――
 それを知るのは、ただ運命のみである。

 中二病ルイズ
 外伝 もてる男の条件
 ……決して書く気は無い。

第2話 ルイズの婚約者(2)

2014.05.15 (Thu)
 早朝、才人は不穏の気配を感じて飛び起きた。先ほどまで才人が寝ていたソファにセフィラが突撃していた。

『ちっ……。流石ですね、サイト様。こんな短期間で気配を察知できるようになるなんて……私は嬉しくて殺意が芽生えそうです』

「完全に舌打ちしただろっ! しかもどうして殺意が芽生える!?」

 セフィラはフライを使って浮かび上がった。宝石が力強く点滅した。

『戦いこそが我が宿命』

 才人は溜め息をつく。弱ければぼこって、強くなったら殺し合いをしたくなる……どっちにしろセフィラとは戦い続ける運命ではないか。いや、そうでなくともルイズのことで争う運命だったか。

「要するに強い奴を見るとオラ、わくわくすっぞ……ってことだな」

『その通りです』

 才人はバトルジャンキーな杖に呆れてしまう。

『それよりもすぐにヴェストリの広場へ移動しますよ。部屋内で騒いでいてはマスターの睡眠の妨げになりますから』

「はいはい」

 ルイズへの安眠妨害は地獄への片道切符を購入するのと同義である。才人はハルケギニア……というより自分の周りには死が溢れ過ぎているな、と最近すっかり荒んでしまった心に涙という潤いを与えた。
 壁に立て掛けてあるデルフを背負い、できるだけ音を立てないようにドアを開けて廊下へ出た。セフィラが出たのを確認しドアを静かに閉める。

「さて、ギーシュのところへ行くか」

『私は広場で待っていますね』

 才人は男子寮へ向かい、セフィラはきちんと階段を使って外へ向かった。
 ギーシュの部屋に辿り着くと、早速ノック無しに入出し、惰眠を貪るギーシュを叩き起こす。

「な、なんだなんだ、敵襲かっ!?」

 跳ね起きたギーシュは、才人の顔を見ると頬を引き攣らせた。

「ま……まさか、また僕をアレに巻き込む気かい?」

「寝起きなのに頭の回転が速いな。流石は軍人一家。さて、行くぞ~」

「うおっ! 服を引っ張るんじゃない! せめて着替えをさせてくれ!」

「わかったよ。逃げるなよ? 絶対に逃げるなよ? これは振りじゃないからな」

 才人は念を押してから部屋を出た。廊下でギーシュが身支度を終えるのを待つ。
 学院の制服に着替えたギーシュが部屋から出てきた。早速逃亡しようとするので、デルフの柄を握ってすぐさま追い掛け、襟首を掴んだ。ガンダールヴは伊達じゃない。

「くぅっ! サイト、放してくれたまえ! 僕には死ねない理由がある!」

「大丈夫だ。きっと死にはしない…………と思うから」

 いやだー、と叫ぶギーシュの声が男子寮の廊下へ響き渡る。既に早朝の日課になりつつあるギーシュの悲鳴に対し、誰も助けに来ることはなかった。

「なんでぇ相棒、まだ出番じゃねぇのか」

 ただ肉体強化のために使われたデルフが不満げにぼやいた。

「まあすぐに出番は来るから」

 駄々を捏ねるギーシュをガンダールヴパワーで引き摺って、セフィラもとい悪魔の軍曹さんが待っているヴェストリの広場へ向かった。





 まだ日も昇っていないので、ヴェストリの広場は薄暗かった。
 広場に着き、セフィラの監視下に置かれてしまったため、ギーシュは完全に逃げる気を失った。脱走兵には死を。それが訓練初日に語られた、セフィラ軍曹のありがたいお言葉である。

「きみはよくルイズたちとの生活に耐えていられるね。僕だったら四の五の言わずに旅に出るよ。きっと過酷な一人旅の方が生存率は高いに違いない」

「こちとら東方の出身なもんでね、こっちの常識も地図も知らんのですよ。何よりも金が無いしな」

 才人とギーシュはそれぞれ訓練前の準備体操をしながら話をしていた。ちなみに才人は、異世界人であると言うわけにはいかないので、ルイズと相談した結果、表向きは東方出身と言うことになった。

「ああ、そういえばそうだったね。それでも、きみの剣の腕があれば充分傭兵でやっていけると思うけどね」

「……そうかもしれないけど、まあ……ああいう扱いというかコミュニケーションというか、慣れているからな」

 ギーシュがストレッチのために屈めていた身を起こして、怪訝な顔をした。しかし、才人の哀愁漂う横顔を見て、すぐに憐れむような視線に変わった。

「きみは東方でもあんな扱いだったのかい?」

 才人は寂しげに微笑むとギーシュに背を向けて、ストレッチを始めた。

「別にそうじゃない。ただ、慣れているんだ……」

 言葉を濁す才人に、ギーシュは語りたくない事情があるのだと察して話題の転換をした。

「サイト、この広場で僕と決闘をしたのを覚えているかい?」

 才人は背を向けたまま頷いた。

「もちろん。臨死体験まで経験させてくれたからな、よーく覚えているぞ」

 声色に非難の色を帯びさせて才人は言った。

「あの時のことは済まないと思っている。正直に言ってしまえば、きみときみの主を気に入らなかったのは事実だ。しかし、後半のあの妨害は僕の手引きではない。それは信じてくれ。僕はただ、正面から戦って……きみに、きみの主に勝ちたかったのさ」

「ルイズに? どうして?」

 ギーシュは間を置いてから語り始めた。

「確かに僕は彼女を嫌っていた。でも、なんだろうね、うまく説明できないけど……憧れだろうか、そんな気持ちも抱いていた。彼女は火系統の魔法、しかもただ一つの魔法しか使えなかったけど、それでも強かった。そして彼女自身も気高く優雅で美しかった」

「もしかして惚れてるのか?」

 ギーシュは慌てて首を横に振った。

「そうじゃない、勘違いしないでくれたまえ。……それでね、僕は確かにルイズに憧れていたが、決して認めてはいけない気がしたんだ。それはきっと、認めてしまうことで永遠の敗北を認めてしまうようなものだったからね」

 才人はギーシュの説明を理解できず首を傾げる。

「最初に言っただろう? 僕自身にもうまく説明できないんだ」

「なんだそりゃ。でもそれじゃあ、さっきの言葉は結局は負けを認めているんじゃないか?」

「……今のところはね」

「詭弁だろ、それ」

「なんとでも言いたまえ」ギーシュは造花の杖を掲げた。「……いずれはこの雪辱を晴らしてみせる!」

 訓練はさぼろうとするくせに目標だけはご立派だな、と才人は呆れた。そもそもこの訓練には最初、自主的に参加してきたのだ。今では連れ出さないといけない始末である。まあ才人も立場が変われば逃げ出したい気持ちに正直になっていただろう。

 使い魔ということで絶対に離れることができず、ルイズの元で生き残るためには強くならなくてはならない。才人にとっては、行くも地獄、行かぬも地獄なのである。
 才人はストレッチが終わり立ち上がった。
 すると、ギーシュが掲げていた造花の杖を向けてきた。

「……そういえば、きみとの勝負、決着がついていなかったな」

「あれだけゴーレムやられて、まだ負けを認めてないのか!?」

「僕は一度も負けを認める発言はしていないぞっ!」

「よーし、それなら今日の実戦訓練で白黒つけようぜ。レベルの差を見せてやる」

「望むところだ。たかが剣術如きでメイジを倒すのが不可能なのだと、その身に教育してあげよう」

 睨み合って、バチバチと火花を散らす二人だったが、二人に本当の火花が降り注いだ。

『そういう台詞はせいぜい私に勝ってから口にするんだな、この負け犬どもっ!』

 高純度を誇る魔力によって放たれた一筋の光線が、二人の間を通り抜け、遥か先にある学院の外壁を撃ち抜いた。

「は、はひぃっ!」

 才人とギーシュは情けない声を上げてその場で腰を抜かした。
 空中に浮かぶセフィラの宝石が、二人に狙いを定めていた。

『なに座っているんだ、負け犬どもっ! さっさと走らんか!』

「イエス、マム!」

 二人は即座に立ち上がり、すぐに広場を囲いに沿って走り始めた。

『オラオラオラ! 気合見せろ! 敵は待たんぞ、いや、その前に腑抜けた兵士なんぞ必要ない。私が直々に自慢の光線をプレゼントしてあげよう!』

 二人は悲鳴に近い声を上げて、ペースを上げた。





 広場を5周ほど走ると、ギーシュが段々と遅れ出す。元々の資質もあるのかもしれないが、才人はハルケギニアに召喚されてから過酷な毎日を送り、またセフィラの扱きに耐えてきたため、かなりの体力がついていた。まさに死ぬ思いで身に着けた力である。

「なあデルフ、俺が強くなる意味はあるのか?」

 才人は背負っている鞘から、デルフを少しだけ抜いた。

「もちろんさね。嬢ちゃんと同じ道を歩むってのは、並の人間なら命が幾つあっても足りないぐらい危険だ」

「ドロップアウトは可能か?」

「イコール死になるがね」

「そりゃないよ……」

 ギーシュを1周抜かしできてしまうペースだというのに、才人は陽気な会話をすることができた。体力ではなく監視的な意味でなら危険の筈だが、今はちょうどセフィラがルイズの起床時間のため、朝の挨拶に行ってしまっている。

 才人はへばりながらも懸命に走るギーシュを横目に見た。ファンタジー世界だから男と言ったら冒険だろ、というイメージを持っていた才人なので、メイジでも体力は結構あるんだろうなと予想していた。しかし現実はあれである。やっぱりメイジというより貴族だからかな。

「あれ? そういえばどうしてルイズはお前を持ってたんだ?」

「相棒、それはどういう意味で言ってんだ」

「悪い意味とかじゃなくて、メイジって言ったら杖だろう?」

「ああ、そういうことか。相棒も知っての通り嬢ちゃんは魔法がほとんど使えないだろう? だからその分を剣で補ってたのさ」

「なるほど。もしかしてルイズと付き合いは長いのか?」

 デルフは鍔をカチカチと鳴らして記憶を探った。

「かれこれ10年ぐらいの付き合いになるのかね」

「へぇ、そうなのか。セフィラとかソフィアとの家族設定があるぐらいだから、長いとは思ってたけど、そんなに小さい頃から一緒だったんだな」

「剣の娘ッ子と盾の娘ッ子が生まれたのが、7年前ぐらいだっけかな」

「だから妹なのか。案外、俺ってルイズのことというか、知らないことが多過ぎるんだな」

 才人はデルフを鞘から抜くと、剣身を撫でた。

「それにしても、よくもまあこんな錆まみれで、今まで見捨てられなかったな」

「嬢ちゃんにも事情があったし、触り心地を気に入ってんのさ」

 デルフは膨大な記憶の中から、ルイズと出逢って間もない頃のものを思い出した。
 すべての人間を拒絶し、荒んでいたルイズの姿は、悲壮感に彩られ殊更に美しく見えた。傷付いた少女の心を隠し、気高い王者の風格を周囲に見せ付ける。「人間なんて嫌いよ」と嗚咽に混じって呟いた言葉と、剣身に落ちた一滴の涙は決して忘れぬことのないであろう記憶だ。

 才人はもちろん、人間の心が読めるわけも無く、ましてや剣の心も読めない。だからルイズの事情については知る由もなかった。

「そうか。確かにいつも暇があれば錆の部分を撫でてるもんな」

「それに俺が錆ついたままなのは、嬢ちゃんとの約束があるからだ」

「どんな約束?」

「こればっかりは相棒にも言えないね」

 才人は唇を尖らせて不貞腐れた。

「ケチだな。全くルイズ一家は秘密主義ばかりだよ」

「相棒、仲間外れにされたからってそう拗ねるなよ」

「拗ねてねーよ。……話を戻すけどさ、約束がどうにかなれば、つまりは錆がなくなるってことなんだろう?」

「多分な」

「多分かよ。折角、後二回変身を残しているとかを期待してたのに」

「……相棒、俺はただの剣だぜ」

 セフィラの帰還と共にランニングは終了となった。





 次の基礎メニューは、皆大好き筋トレだ。学校でクラスに何故か一人は居る画伯によって描かれる、ネタ的なムキムキマッチョを目指すべく、朝日に向かってひたすらに腕立て! 腹筋! 背筋! スクワット! 

『どうしたゴキブリ、その程度か? たかが200回の腕立てもできんのか?』

 オプションでセフィラ軍曹の応援ボイスも付く。
 才人は山の陰から昇る朝日を眺めながら、無心になって筋トレに励んだ。

 ビフォー。利便性に富んだ都市で生き、すっかり人間本来が持ち得る力を、失いつつある腑抜けた現代人のボディは、日々の不摂生な生活により内部から壊され、運動不足により折角の原石も磨かれぬままである。

 アフター。なんということでしょう。匠(鬼軍曹)の技(たんなる扱き)によって、まるで枯れ木の枝のように貧弱だった二の腕は、握り拳を付けたような大きな力こぶができあがっています。お腹には、ビシッと腹筋ブロックができあがり、配管工が思わずコインを求めて頭突きをかましてしまいそうなほど見事に鍛え抜かれています。足にもしっかりと筋肉がつき、飽きっぽい現代人には失われつつある、持久力が備わりました。

 そんな感じに劇的に変わっていく才人の最近の悩みは、

「それでもどうして俺はセフィラに勝てないんだ」

 というものである。

 隣で共に筋トレに励んでいたギーシュは、既に100回に届く前にギブアップし、『ブレイクハート』を撃ちまくるセフィラに追い掛け回されている。理不尽だが、あれは精神も肉体も鍛えられるし、何よりも甘えを捨てられる素敵なメニューだ。自主的には決してやりたくないけど。

 筋トレを終えると、一度休憩を挟む。鬼軍曹の目にも涙はあるのだ。
 才人は水汲み場の水を頭からかぶった。

「この瞬間はやっぱいいよなぁ。朝の運動って。本当にセフィラの訓練はしんどいぜ」

 近くの壁に立て掛けておいたデルフが言った。

「相棒は基礎がそこそこできてきたが、やっぱり剣の技術だな。誰かいい稽古相手が居ればすぐにでも上達すると思うんだがね」

「メイジで剣を使う奴なんて早々居ないだろう」

 とりあえずルイズは置いておく。

「居るには居るんだが。嬢ちゃんも頼んだみたいなんだが、断られたらしい」

「マジで?」

 ルイズの頼みごとを断れる逸材が学院に居たとは! 絶対に大物である。そうでなければ既にこの世から消えているだろう。才人は知らない事実だが、ルイズは今のところ学院の関係者は殺していない。せいぜいハゲにする程度だ。
 広場の方で、上空に向かって光の柱が上った。休憩終了の合図だ。

「さて、戻るか」

 才人はデルフを背負い直して広場に向かう。途中でグロッキーになっていたギーシュを引き摺っていく。

「なあデルフ、突然なんだけどさ。ルイズが特別なのは充分に理解しているけど、それなら俺はなんなんだ?」

「さぁね。もしかしたら相棒と嬢ちゃんの間には、何か奇妙な縁があるのかもしれんね」

「縁か……」

 才人はぼんやりと呟いて、明るくなり始めた空を仰いだ。

「元気に……やってるかな」

「ん? 誰の話だ?」

「いや、気にするな。まあデルフの言う通りだよな。俺自身は、これっぽっちも特別な要素は無いしね」

「いんや、相棒は剣の才能ならぴか一だぞ。後はじっくり磨いていけばいいさ。今の段階じゃ素人に毛が生えた程度だからね」

「ひでぇな。これでも頑張ってるんだから」

 カチカチカチとデルフが鍔を弾いて笑うような音を立てた。
 広場に到着する手前でデルフが言った。

「案外、相棒が嬢ちゃんの手綱を握る役目を担っているのかもな」

「それは無いな。断言できる。そもそもこっちからお断りだ。顔はいいのは認めるけど、性格が破滅的だから絶対に無理だ」

「相棒よ、嬢ちゃんを味方につければ命の危機は無くなるぞ」

「その代わり確実に尻に敷かれるな。そもそも、あんなわがままで乱暴な奴に貰い手なんて居ないだろう。特別な趣味の奴だってキツいぞ、あのレベルは」

 自信満々に自分の考えに頷く才人だったが、デルフに衝撃の事実を告げられた。

「残念ながら居る」

 才人は固まった。

「そんな馬鹿な……。あれか、有能な人材だから、どうにか繋ぎ止めるためというか、逃げさせない口実のためにというか、とにかく自分のところに縛り付けるために……」

「いんや、親同士が決めた婚約者で、嬢ちゃんもまんざらじゃなかった。相手の方も嫌がることは無かったな。寧ろ本気で嬢ちゃんを求めていたような気もする」

 あくまで前のルイズで幼い頃の話であるが、今のルイズの気持ちは推し量れないので、あえて誤解を招くような言い方になった。

「嘘だろう。どこのMだ。どこの変態だ。親が決めたってことはまともな男なんだよな。……やはり、よく鍛えられた変態は紳士と見分けがつかないという説は正しかったのか」

 才人は愕然とした。ハルケギニアの変態は化け物か!

「なんてことだよ。あのルイズを好きになるやつが……まあフィーアみたいな百合は除外するにしても、居たなんて。見てくれで騙されたか? ロリロリルイズに騙されたのか? 新手の結婚詐欺か? いやいや、ルイズが認めるぐらいの相手って一体なんだ? 本当に人間か?」

『ゴキブリ、さっきからぶつぶつ言っているが、マスターへの侮辱と解釈していいのか?』

 才人は俯いたままで歩いていたので、広場に着いているのに気付いていなかった。
 そして、セフィラの前でのルイズの侮辱は、拷問折檻もれなくハゲ誕生コース直行を意味する。
 才人は間抜けな顔を上げた。膨大な魔力を感じたギーシュは本能的に危機を察知し、復活してどこかへ逃亡していた。

「ちょ、ちょっと、待ってくれ!」

 セフィラの宝石の輝きが毎秒ごとに増していく。

『遺言ぐらいなら聞いてやるが?』

 遠回しな死刑宣告だった。
 才人はデルフを握ると、セフィラに背を向けて走った。

「あ、相棒……このままじゃ俺も巻き添えを……」

「一蓮托生、一致団結、一心同体、為せば成る!」

 デルフはかなり遠回しな才人からの死刑宣告に鍔をカチカチと寂しげに鳴らした。

『逃げるな、ゴキブリ! 今日こそ、その存在を抹消してくれるわっ!』

 放たれる高出力のレーザー光線。
 才人は必死に逃げ続けた。





 そんなはしゃぎっぷりを窓から眺めていたルイズは、

「朝から元気ね」

『姉さまなりの愛ですよね、きっと。ええ、私は姉さまが加減していることを信じています』

「あのぉ、ルイズ様。流石に止めた方がいいのでは……」

「気にしなくて大丈夫よ、フィーア。才人を死なせる気は無いから」

 死ぬ死なないの前にあそこまでの扱きが問題なのでは、と思うフィーアだが、主の気分を害するような発言を一流のメイドはしないのだ!

『そうですよ、フィーア様はルイズ様のお考えをまだ察せられないようでは、専属の使用人は失格ですね』

「むむむっ、ソフィーこそ、さっき信じているって言って微妙に疑っていたでしょう」

『むむむっ』

「むむむむむっ!」

『むむむむむっ!』

 今日もルイズ一家は平和(?)なようです。

第1話 ルイズの婚約者(1)

2014.05.15 (Thu)
 ルイズは夢を見ていた。
 幼い姿をしたルイズは、ヴァリエールの領地にある屋敷の中庭を虚ろな眼で歩いていた。生気が抜け切った後のような空っぽの人間。ルイズの容姿も相まって人形という表現の方がしっくりくる。

 ルイズの手には分厚い本が抱えられている。父の書斎から持ち出した魔法に関する書物だ。
 ふとルイズは空を見上げた。
 赤い月が満ちる夜だった。不気味なほどに月はその存在を誇示し、地上を睥睨していた。
 今日は晩餐会があるらしいがルイズに参加する気はない。そんなことに無駄な時間を使うぐらいなら自分の体質について調べた方がよっぽど有意義だ。

「馬鹿ばっかりだわ……」

 寄って集ってわたしの体を調べておきながら何もわからないなんて、アカデミーの研究者達は本当に腑抜けね。まああの姉が勤めているぐらいだものたかが知れているんだわ。
 すっかりひねた子に育っていたルイズは、既に内心で姉を侮辱することが多々あった。

 今日行われる晩餐会での主役は長女のエレオノールだ。研究者肌のエレオノールは幼い時からアカデミーに通い、そして今日、正規の研究者になった。
 あの日。家族に連れられてアカデミーで検査を受けた時、ルイズは運命に出会った。それは今や体の一部と化している。

「感謝するとしたら、これを得たことかしらね」

 ルイズは自分の頭をとんとんと突いた。その意は、脳に刻まれたアブドゥルの知識。

「もう少し。もう少しでわたしは、わたしの魔法に至れる」

 興奮したまま歩き続けていると、読書する時などによく来る『秘密の場所』に辿り着いていた。ここでなら家族に邪魔されず好きなだけ読書を楽しめる。
 ルイズは中庭の池に浮く小船に乗り込んで、用意してあった毛布を膝掛けにし、ランプに火を灯した。足の上に本を広げ読み進める。
 一人穏やかで有意義な時間を過ごしていると、霧の中から羽帽子をかぶりマントを羽織った貴族が現れた。

「こんなところで何をしているんだい? ルイズ」

 子爵だ。一人で魔法の勉強をしたいのにべたべたと付き纏うペドフィリア。最近、近所の領地を相続したらしい。微妙にイケメンなのがイラつかせる。見た目もダメ、魔法もダメ、家柄もダメダメ、それならぞんざいに扱ったのだが、父が彼を気に入ってしまっているし、何よりも優秀なのだ。どうにも対応に困る。

「なんの用かしら?」

 子どもらしからぬ冷たい声でルイズは答えた。
 子爵は気にした風もなく、微笑んだ。

「こんなところに居ては風邪を引いてしまうよ。さぁ、一緒に戻ろう」

 手を差し伸べるが、もちろんルイズは見向きもしない。活字へと意識を注いでいる。最初に返事をしたのは、まあ仕方ないという感じに妥協した最低ラインだ。そのため一言目だけにはきちんと答える。
 流石にここまで無視されては子爵もむなしくなる。見た目は完全に幼女なルイズに生意気言われるのはそれほど怒りは感じない。ただわがままな子に見えるだけだ。しかしルイズの精神年齢はアブドゥルとの同化で跳ね上がっている。そのため、非常に頭が良く、そして大人に近い。子どもをあやすようにはいかないのだ。

 ルイズは子爵を意識の外に追いやろうとするも、ずっと視線を向けてくるのでうっとうしくて集中できない。
 仕方なくルイズは顔を上げて子爵と目を合わせた。
 子爵は意外そうに目を細めた。しかしルイズが相変わらずの無表情だというのに気付いてか、困った風に頬を掻いた。

「ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」

 ルイズは肩を落とす。何この面倒臭い奴。

「いいえ」

「じゃあ――」

 期待に瞳を輝かせる子爵に、ルイズはきっぱりと言った。

「どうでもいいと思っているわ」

「そうか……」

 子爵はすっかり肩を落としてしまい、気が向いたら晩餐会に来るんだよ、とだけ言い残し去っていった。

「やれやれ」

 ルイズは健気にも自分に何度も話し掛けてくる奇特な子爵の背を、溜め息と共に見送った。少しだけ罪悪感が芽生えたが、すぐに消えていく。
 そこで一度夢は途切れた。




 次の場面は数年前の武者修行時代のものだった。自分の開発した魔法がどれだけ世界で通用するのかを確かめるのと、生き残る術を得るため、何よりもアブドゥルの知識を経験へと変えるための旅だった。
 様々なところを巡り、色々な出会いがあった。

 そして夢の相手はまたしても子爵だった。どうしてあれだけの月日を旅していたというのに、わざわざ子爵との記憶を夢に見るのか、ルイズは人間の脳の神秘に怒りを覚えた。
 夢の中のルイズは、東方のお茶が味わえると好評の『カッフェ』なる店のテラス席で、優雅にティーカップを掲げ香りを楽しんでいた。対面の席には子爵の姿がある。ちょうど所属する部隊が近くで駐屯しているらしく、ルイズの姿を見てこうして声を掛けてきた。

「折角のお茶が不味くなるわね」

『その通りです。そんな髭でダンディズムを演出しても、ルイズ様はなびきませんからね!』

『マスター、目障りですし三枚に下ろしますか?』

「……剣の娘ッ子は往来でも関係なく物騒だな」

 子爵はルイズを囲むマジックアイテム達を一つずつ目を通した。

「随分と賑やかだな。でも……きみはまだ独りぼっちなのかい?」

「一人じゃないわ。この通り家族が居るわ」

 ルイズはソフィア達を示した。
 殺気すらこめられた言葉と射抜くような視線に子爵は頬を引き攣らせながら、

「そ、そうか……。それはよかった」

 と喘ぐように答えた。

「話が済んだなら消えてくれないかしら。わたしは暇じゃないの」

「いや、本題はこれからなんだが」

「ならさっさと話しなさい」

 子爵は一度呼吸を整えると意を決して口を開いた。

「きみのお父上との約束はまだ有効だろうか?」

 ルイズは眉をひそめた。

「なんのことかしら?」

「婚約の話さ」

『えっ!? る、ルイズ様はわ、渡しませんっ!』

 ルイズは子爵の言葉に一瞬動揺してしまった。ソフィアの方が動揺していたのは瑣末なことである。

「ソフィアが何を言いたいのかわからないけど、とりあえず思い上がるのはいい加減にしなさい。わたしと結婚? 身の程を知りなさい! なれてもせいぜい奴隷よ! そんな頭に蛆が湧いたような軍人は国の害にしかならないわ。わたしが直々に葬り去ってあげる」

 ルイズは動揺を隠すために一気に捲し立ると、立ち上がってソフィアを子爵に向かって構えた。

「散りなさい。『レクイエム』!」

 照れ隠しのレベルを超える攻撃だった。
 子爵はを風のメイジに相応しい俊敏な動きで、ルイズの理不尽な攻撃を回避した。

「危ないじゃないか。ルイズ、僕の話をちゃんと聞いてくれ」

「蛆虫野郎の話を聞く耳は持っていないわ! さっさと消え去りなさい!」

 爆発魔法が子爵が立っていた場所を何度も襲う。辛うじて躱した。継続的な回避行動は不可能と判断してか、子爵は杖を構えて素早く呪文を唱えた。

「ユビキタス・デル・ウィンデ……」

 呪文の完成と共に場に4人の子爵が現れた。本体も含めて合計5人も居る。

「遍在とはね。ただのペド子爵ではなかったのね。でも、甘いわ!」

 ソフィアのサポートにより座標指定されていた爆発魔法が発動する。遍在の子爵が次々と掻き消され、子爵は慌てて距離を開けた。

「それも読めていたわ」

 ちょうど下がった地点に爆発が発生する。座標指定の攻撃は遍在を消すだけではなく本体の行動を誘導する意味もあった。つまりあの地点に逃げるのはルイズにとっては分かり切ったことだった。

「ぐぅっ!」

 反射的に対象を自分にしたウインド・ブレイクを唱え、ぎりぎりのところでルイズの攻撃から逃れた。子爵は服に付いた砂と土を払いながら立ち上がった。

「突然、あんなことを言ったのは僕も悪いと思っている。確かにずっとほったらかしにしてあんなことを言うのは間違っているかもしれない」

「自覚があって言うのはもっと性質が悪いわね」

「でも正直な気持ちだ。立派になってきみを迎えに行く……その約束を果たすために今も頑張っている。それにきみはいつも独りでどっかに行ってしまう……」

 約束したのはルイズにとっては前のルイズだ。『黒の魔道書』を得る前のただのか弱い少女への約束だ。子爵は何度もヴァリエール領を訪れていた。しかしルイズは大抵旅に出ていたりするため、所在は掴めず顔を合わせる機会は無かった。
 だから、こんなタイミングでしか言えなかったのかも知れない。

「独りじゃないわ。わたしには家族が居る。勝手にわたしを孤独と決め付けないでくれるかしら。不愉快だわ」

 ルイズは子爵を睨み付けた。

「それは本当かい……?」

 子爵の何かを訴える瞳からルイズは目を背けた。
 目を背けたままルイズは言った。

「わたしが欲しければ力づくで来なさい。それに、そんな浮浪者みたいな見た目の時点でアウトよ。わたしも随分と安く見られたものね。せめて髭ぐらい剃りなさい」

 子爵の髭は決して無精髭ではないのだが、ルイズにとってはただうっとうしいだけのようである。
 ルイズはテラス席に放置していたセフィラとデルフリンガーを回収すると足早にその場を立ち去った。





 港町ラ・ロシェールの裏通りの奥深く、狭い路地裏の一角にはね扉のついた居酒屋があった。
 酒樽の形をした看板には『金の酒樽亭』と書かれている。今にも物理的に潰れそうな廃屋に見え、扉の側には壊れた椅子がたくさん積み上げられている。看板と客たちの活気が無ければ誰も居酒屋などとは思えないだろう。

 客層は一目でわかる通り、傭兵やならず者といった者ばかりで、血生臭い話を始めに下らない諍いが耐えない。客の暴走は店長の絶妙な妥協案である『殴るなら、椅子を使おう、ホトトギス』という張り紙によって大分改善されてはいた。最後のホトトギスはどうでもいいが、なんとなくそこから店長の心労を察した客たちはそれ以来、決して椅子以外での争いは行わなかった。
 そんな『金の酒樽亭』の今日この頃は、アルビオンの内戦から戻ってきた傭兵たちで賑わっている。

「全くアルビオンはケチだよな、あんなに働いてやったのに雀の涙の給料しか寄越さねーでよ。こちとら命を懸けて戦ってんのによ!」

 テーブルの上に立ち上がって演説のように叫ぶ傭兵を、周りがそーだそーだと囃し立てる。
 合いの手のようにある傭兵が言った。

「しかしそんな俺らは」

「命惜しくて逃げましたー!」

 何がおかしいのかげらげらと笑い合った。戦帰りで、更には酒が入って最高にハイッてやつだ、という状態なのである。

 騒がしく杯を交わす傭兵たちの中で、一人黙々と食事を取る男の姿があった。男はカーキ色の軍服に身を包み、頭からすっぽりと同色のマントを羽織っている。顔は完全に隠れており、懐には不自然なふくらみがあった。
 男は手を上げてマスターを呼んだ。

「マスター、子羊の香草蒸し焼きを追加だ」

 渋くどこか威厳を感じさせる声だった。
 マスターも負けず劣らず低い声で「あいよ」と答えると調理を始めた。

 店内の騒ぎに一段落着いた時、はね扉ががたんと開き、仮面の男が酒場に入ってきた。仮面の男は真っ直ぐにマントで顔を隠した男のところへと歩いていった。傭兵たちは仮面の男を眼で追って事を見守っていた。

「……『鷹の目』だな」

 鷹の目、と呼ばれた男は食事を取る手を止めて顔を上げた。マントの中に隠れていた顔は、皺が刻まれた歴戦の傭兵の顔だった。青色の瞳が仮面の男をギロリと睨んだ。

「そう呼ばれているが」

「依頼を頼みたい」

「私は傭兵だが、誰にでも付くわけではない。仮面で顔を隠し、名乗る前から依頼されてもきなぐさいだけだ」

 仮面の男は腰に下げた長柄の杖にすっと手を伸ばす。

「止めておけ、イヴ」

 仮面の男の手が止まる。いつの間にか、仮面の男の背に杖の先端が押し当てられていた。

「お父様に危害を加えようとしていたのです、許せる訳がありません」

 イヴと呼ばれた仮面の男に杖を突きつけている女は、黒いローブで身を包み男と同じく顔を隠していた。足元には全身を鎧のように岩で覆った小さな竜が居た。
 鷹の目は首を振りながら右手で懐のふくらみを取り出した。黒光りする中型自動拳銃――ベレッタM84を仮面の男の額のど真ん中に構えて即座に引き金を引いた。
 乾いた銃声に遅れて、居酒屋の天井に弾丸が減り込む音がした。仮面の男の姿は掻き消えていた。

「依頼ならせめて本体で来てもらおうか」

 店の奥の物陰から再び仮面の男が姿を表した。

「これは失礼した。『鷹の目』殿に『火薬庫』嬢」

 イヴはむむむと唸った。

「レディに火薬庫だなんて失礼な殿方ですね。全くどこのどなたがそんな不名誉な二つ名を呼び出したのか……見つけたらブレットをお見舞いします。ねぇ、ランド」

 ランドと呼ばれた鎧竜は、イヴのマントにじゃれつきながら「ぐもぐも」と鳴いた。

「これまた失礼した。して、依頼は受けてもらえるのだろうか」

 鷹の目はベレッタのトリガーに指を掛けたまま肩を竦めた。

「一度撃ち抜かれてもその態度とは、いいだろう。依頼を引き受けよう。ただし、私にも流儀がある。それに反する依頼は受けない。私の通り名を知っているぐらいだ、そのぐらいは把握できているだろう?」

「もちろんだ」

「ならば契約は成立だ。これからよろしく頼む、依頼主殿」

 仮面の男は握手を交わすと、二人のやり取りを見守っていた傭兵たちの方を見回した。

「私に付くのなら言い値を払おう。貴様らはどうだ?」

 マスターは凍る空気を気にせず鷹の目のテーブルに注文の品を置いた。
 早速食いつこうとする鷹の目だったが、その前にイヴに料理を取り上げられてしまう。

「お父様、食べ過ぎですよ」

 足元ではランドが「ぐもー」と料理を強請っていた。





 日が落ち、月が二つ空に浮かぶ夜。森は静寂と暗闇に支配されていた。
 土くれのフーケこと学院の隠れアイドル、我らがマチルダさんは学院長から依頼を終えて、学院長によって手配された隠れ家で羽を伸ばしていた。本来であれば身柄は国に引き渡され、チェルノボーグの牢獄に捕らえられて、裁判の判決を待つはずであったが、学院長が何かしら働き掛けたのだろう。

「あはは、こんだけ金があればもう盗みを働く必要はないね」

 金の山に高笑いを上げていた。
 マチルダは人の気配を感じ、すぐに杖を構えた。

「こんな辺鄙なところにお客さんとは、もしかして学院長に謀られたかしら」

 どんどん近付く足音にいよいよマチルダは臨戦態勢を取る。周囲にはゴーレムの材料になる土が大量だ。土くれの二つ名を存分に思い知らすことができる。
 ドアの向こう側に誰かが居る、と感知した瞬間、ドアがマチルダに向かって吹き飛んできた。

「くっ……」

 先手を取られマチルダは歯噛みしたが、フーケ時代に何度も死線を潜り抜け、何度も戦闘を経験しているため、思考は止まらずまた動きも止めない。
 ドアを盾にして、すぐさま小型のゴーレムを幾つも作り、ドア付近に居るであろう襲撃者を攻撃する。

「なっ!?」

 攻撃するよりも早くゴーレムは爆散し、辺りに土を飛び散らした。
 戦場には相応しくない優雅な足取りで襲撃者は姿を現した。

「久し振りね、フーケ。ご機嫌いかが?」

 土煙が晴れると不敵な笑みを浮かべるルイズの姿があった。ルイズはソフィアをマチルダへと向けている。更にはすぐ側をセフィラが浮いていた。セフィラの宝石は光り輝いており、『ブレイクハート』を即座に放てる状態になっている。

 学院の宝物庫を襲撃した時に、その威力を知ったマチルダの顔は、青いを通り越して二つ名にぴったりな土気色だ。まさに生を手放しているような悲惨な顔である。

「そんなに怯えなくていいわ」

「それはありがたい言葉だね。でも、そういう台詞は杖を下ろしてから言うものだよ」

「なら、三枚に下ろしてから話をしようかしら?」

 ひぃっ、と小さく悲鳴を漏らした。
 学院のメイジには到底できない、腹の底に響くような残虐な声音にマチルダは震えが止まらなくなる。破壊の杖の一件でマチルダはルイズをただの子どもだとは思っていない。

「ふふっ、だから、そんなに怯えないで。ただ手を組みましょうって話をしにきたんだから。もちろん断ったりしないわよね?」

 完全に脅しであった。

『ルイズ様……自重してください』

 珍しくソフィアに咎められてので、ルイズはすぐに殺気を撒き散らすのを止めた。

「そうね。苛めが過ぎたわね」

 ふわりと柔らかい笑みがマチルダには逆に恐い。
 ルイズは杖を下ろし、セフィラを懐に収めた。

「これでいいでしょう?」

 マチルダは長く重い息を吐き出すと気を引き締め直した。いつもの調子をなんとか取り戻す。

「はいはい。もうわかったわ。協力するかどうかの前に聞きたいんだけど、どうやって私の居場所を調べたの?」

「少し調べただけよ。それで協力してくれるのかしら?」

 あからさまなはぐらかしにマチルダは肩を竦めた。

「あんたの目的はなんなのさ」

 ルイズは付いてくるようにジェスチャーして外へと出た。夜空に浮かぶ二つの月と、無数の星たちを手に収めるように両腕を大きく広げた。

「平等な世界を創るのよ。すべての国を統一し、国境が無く、メイジだろうが平民だろうがエルフだろうが魔物だろうが――すべてが平等で、すべてがわたしに平伏す世界をねっ!」

 ルイズは意図して言った訳ではないだろうけど、その言葉の一部にマチルダを刺激するものがあった。
 最後の一言は物凄く余計だが、すべてが平等に……そして、争いも無く生きられる世界はまさしく理想だろう。

「わたしは決して止まらない。そして誰にも邪魔はさせない」

 ルイズはマチルダを振り返って、くすりと笑った。まるで子どもが面白い悪戯を考え付いて、それを自慢げに話すような顔だった。

「――すべてはこの腐った世界を正すために」

プロローグ 新たなる翼

2014.05.15 (Thu)
 ここから第二章で、原作二巻に相当します。




 エルザは館内の異様な空気に息を呑んだ。優美な外観からは想像できないほどおぞましい空気が漂っている。異界の門を開けてしまったような気もするが、まさしくこの館は異界なのかもしれない。新築の筈なのに年季を感じさせる風格があった。

「おねえちゃん。本当に『異端』なのね。メイジとは思えないよ」

 魔力が溢れていると言えばいいのだろうか? ヴァリエール領にあるルイズの館は、まさに魔物の棲み家と呼べる代物だった。原因は恐らく、無造作に放置されたマジックアイテムや、微かに気配を漂わせる人ならざるものたちなのだろう。
 薄暗い廊下をエルザを先導して歩くルイズは、館内の空気にまるで動じていなかった。

「メイジね。わたしはただ、魔法使いなだけよ。それと、足元には注意しなさい。整理が追いついてないから危険な道具も床に転がってるわ。他にも妙な動きをすれば襲われるから。血の気が多い奴も中に居てね、とても困るのよね」

「メイジと魔法使いって一緒でしょう? それに、血の気が多い奴ら……もしかして、わたしと同族も居るの?」

「居ないわ。吸血鬼って意外にレアなのよね……。それに、迫害されるようなヘマをする奴なんて珍しいんでしょう?」

「…………おねえちゃん、馬鹿にしてるでしょ」

「そう聞こえたならごめんなさい」

 事もなさげに謝罪を口にするルイズに、エルザは頬をぷくっと膨らませながら付いて行った。

「ねぇ、さっきのメイジと魔法使いについて答えてないよ?」

「必要性を感じないわ」

「おねえちゃん酷いの」

「…………」

 ルイズは無言で先を急いでしまうので、慌てて後を追った。
 幼女の姿だが、エルザは30年以上の時を生きている。そのため、人格は確りと形成されている。吸血鬼としては今だ若者どころか子どもであるが、人間としては大人だ。だからどうしてもルイズにズレを感じる。

「ねぇ、おねえちゃんは本当に16歳なの?」

「肉体年齢はね」

 時々血の臭いがする廊下を進み続けるも、ルイズは一向に足を止める気配が無い。一体どこまでいくのかしら、とエルザは疑問に思った。

「じゃあ実際は?」

 ルイズが突然立ち止まった。わたしの質問が気に障ったのかな? と不安になるエルザだったが、すぐにそれが杞憂だと知った。
 大きな両開きの扉があった。どこか厳しい作りで、今までのハルケギニアにはない様式だった。
 振り返ったルイズが悪戯っぽく笑みを零す。

「6000歳かしらね」

 扉に気を取られていたエルザは、からかわれているのだと眉を寄せる。これでも一応年上だ。

「ならブリミルとは友人なの?」

「ライバルね」

「……真面目に答える気はないのね」

「ふふっ、解釈は好きにするといいわ」

 ルイズは巨大な扉に手を掛けた。重々しい音を上げながら扉が左右に開いていく。徐々に明らかになる内部にエルザは目を見張った。

「わぁすごいっ、こんなに大きな部屋、初めて見たよ」

「付いてきなさい」

 興奮するエルザをルイズは冷めた目で一瞥し、すぐに先へ行ってしまう。
 広い、とても広い部屋。屋敷の離れであるこの部屋――建物は、まさに才人の世界でいう「格納庫」であった。

 部屋の中心には銀色に輝く翼を持った竜が静かに眠っている。
 エルザはその竜を見上げ、硬直した。幼女の体には大き過ぎる。初めて間近で見る竜にエルザは怯えを隠せないでいた。

 ルイズは竜の前に立つと、大きく手を仰いだ。
 そして、エルザを振り返りニヤリと笑う。

「これがあなたの新しい翼よっ!」

番外編 タルブのワインは世界一(5)

2014.05.15 (Thu)
 岩竜が穴を抜け出した。寺院から響くエンジン音を聞きつけ、真っ直ぐ接近してくる。足場がもろく踏ん張りがきかないようになっているため、思うようにスピードを出せてはいないが、それでも先ほどルイズが受けた突進より強力なものを放てるだろう。

 ルイズは段々と大きく見えてくる岩竜を真っ直ぐに見据え、ソフィアを正面に構えた。その背を支えるのはシエスタの両親とシエスタ自身だ。
 フィーアは操縦席の中でルイズの合図を待っている。
 猛々しい足音に誰しも冷や汗を流していた。

「防御体勢っ!」

 岩竜が目前に迫ったところでルイズが叫んだ。
 寺院に残った者達はそれぞれやるべきことに集中する。

 ルイズはソフィアを両手で握り締め、足を自然体に開き、腰を据えてその場に根を張ったように足場を固定した。一歩も引かないその覚悟を体現させる。

 シエスタの家族はルイズの背を支えるために背後で、各々が最も踏ん張りがきく構えを取って待機していた。

 フィーアはスロットルレバーに付いた20mm機関砲の発射レバーに手を掛ける。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

 岩竜が咆哮を上げながら突進を仕掛けてくる。
 ソフィアは予め計算をしていた間合いに入ったところで、

『魔法保護、物理フィールド全開。絶対防御《アイアス》展開!』

 魔法刻印から流れ出た魔力が、円形状に広がり、虹色に輝く巨大な盾を形作った。透明なため迫り来る岩竜がよく見える。
 そして、岩竜の突進とソフィアのシールドは衝突した。

「ぐぅぅっ!」

 ルイズを衝撃が襲う。思わず後退しそうになるが、シエスタ達の支えによってなんとかその場で踏ん張った。

「行かせはしないわ、貴様の進行はここで完全に止めるっ!」

 七色の輝きを帯びる盾がオーロラのように揺らめいた。衝撃を包み込むように輝きが増していく。
 しかし、それでも岩竜は抵抗してくる。少しずつルイズの体が後退していた。
 盾の向こう側で岩竜の目がルイズを睨みつける。

「ふんっ、このシールドは破けないわ。貴様程度ではなっ!」

 ルイズの声に呼応し、虹の閃光が更に大きく展開した。
 すると、じりじりと下げられていたルイズの足がその場で踏み止まった。岩竜の進行も完全に停止する。

「ソフィア!」

『……シールドを解除します』

 ソフィアは輝きを失い、ただの盾となった。岩竜がチャンスだとも言うように咆哮を上げる。邪魔するものが無くなり、悠然と一歩目を刻んだ。

「さようなら」

 ルイズはソフィアを右手に、空いた左手を振った。
 瞬間、ルイズの背後から轟音が唸った。閃光が真っ直ぐに岩竜目掛けて飛んでいく。
 それはフィーアが放った機関銃だった。

 激しい機関銃の音にシエスタ達は耳を塞いでその場に伏せる。
 硬い表皮を容易く突き通し、内部までダメージを与える。岩竜が身悶えし、思わず後退した。だが、それでも岩竜にもプライドがあるのか、毅然と踏み止まり、再び進行を開始した。
 岩竜は怒りに瞳をぎらぎらとさせる。
 ずしんずしん、と血を流しながらも岩竜は接近を続ける。

「ふははっ、いいわよ! かつての敵に二度も背を向ける気はない、素晴らしいわっ! 竜に相応しい風格ねっ!」

 ルイズが危機的状況にも関わらず高笑いを上げた。
 ソフィアが杖に戻る。既に精神力も限界に近かった。
 それでもルイズは笑っている。

「故に、殺しがいがあるというものよ!」

 ルイズの髪の根元が黒く染まった。ニタァ、と三日月のような笑みを浮かべる。

『これはっ……!』

 ソフィアが身震いするように宝石を点滅させた。

「散りなさい……」

 少しずつ近づく岩竜へとソフィアを向ける。狙うは、咆哮を上げ続ける口。いや、その内部。
 ルイズの内側から溢れる精神力は、既に本来ルイズが持ち得る力を超えていた。

「『トワイライト』」

 呻き声を上げ、岩竜の動きが止まった。
 ルイズ自身にしか確認できないことだが、岩竜の内部では今、微細な爆発が起き、癌細胞のように次々と内臓を蝕んでいる。岩竜の体は今まで内部で押しとどめていた弾丸の勢いを殺せず、次々と貫通していく。

 まるで溶けるように岩竜の体が崩れていく。機関銃にずたずたにされ、そして内部破壊で陥没していく。それは空気が抜けていく風船のようだった。あれだけの強度を誇っていた岩竜が呆気なく、死に近づいていた。

 既に咆哮を上げる力もない。
 弾切れになったのか、機関銃が回転を止めた。
 静寂が訪れた。すると、じわじわ何かが溶けるような音が聞こえた。それは岩竜の内部から聞こえてくる。

 『トワイライト』による微細な爆発が起こる音だった。
 おぞましく、その場に居た誰もが背筋に冷たいものを感じた。その中で、ただ一人、ルイズだけが狂ったように笑っていた。



 岩竜の存在が幻覚だったのでは、と錯覚を覚えるほど、跡形も無く巨体は消え去っていた。地面をよく調べれば肉片ぐらいなら見付かるがもしれないが、それを行おうとは誰も思わない。

「ふんっ……もう少し抵抗すると思っていたけど、どうやら高く評価し過ぎたみたいね」

 ルイズは先ほどまで岩竜が横たわっていた場所を見て、鼻で笑った。
 ソフィアを腰に差すと、ふっと術者を失ったゴーレムのようにその場に倒れた。

『ルイズ様っ! どうなさったのですか!?』

 うつ伏せで倒れたために、ルイズの下敷きになってしまったソフィアが、くぐもった声を上げた。
 呆然としていたフィーアやシエスタが駆け寄る。シエスタの両親は岩竜の溶け行く様を見て卒倒している。この場での年長者だというのに情けないものである。

 ルイズの半分ほどまで黒く染まっていた髪が、元の鮮やかなピンク色に戻っていく。
 ルイズの体を仰向けにすると、息苦しそうに荒い呼吸を繰り返していた。肌は汗ばんでおりじっとりとしている。

『……やはり、アブドゥルへの強制アクセスの代償ですか。姉さまが居ない状態では確かに、これぐらいのリスクは考えられますね』

 フィーアによってルイズの腰から引き抜かれたソフィアが沈痛な輝きを湛えた。

「アブドゥル?」フィーアが首を傾げる。

 ソフィアは悩む素振りを光の点滅を示す。それが止むと沈黙を挟んでから説明を始めた。

『アルハザードの悲劇は緘口令が敷かれているとは言っても、有名な話です。しかし、アカデミーは他にも大きな事件が起きています。それも研究所内で秘匿されたものがたくさんあります。その内の一つに、アブドゥルの暴走と呼ばれる事件があるのです』

「それはルイズ様と一体どんな関係が?」

『ルイズ様は、アカデミーの愚かな研究者の実験に巻き込まれたのです。それもまだ5歳という年齢で』

「……ミス・ヴァリエールの身に一体何が起こったんですか?」

『詳しくは存じ上げません。アブドゥルの暴走は私が生まれるより前に起きた事件ですから。ですが、その事件がルイズ様を大きく変えたのは間違いないのです』

 フィーアたちは相槌をうって続きを促す。

『少し昔話をしましょう。ルイズ様は家庭内にて、魔法が使えないということで、とても寂しい思いをしていたようです。5歳の少女に杖との契約は早いものかもしれませんが、見事に成功しました。姉たちと同じく優秀なメイジになると期待されていたようです。ですが、現実はコモンマジックすらも使用できない……いえ、爆発魔法に変えてしまうという残酷なものでした。一体どうしてそんなことが起きるのか、それは今でもわかりません。しかし、何もしてこなかった訳ではありません。様々な書物を手にご家族の方が調べたようです。ルイズ様自身も何度も魔法に挑戦し続け、何が間違っているのか徹底的に研究をなさいました』

 ソフィアは目を細めるように宝石に宿す光を集束させた。

『息詰まったヴァリエール家は、ルイズ様を長女であるエレオノール様の勤めるアカデミーにて詳しい検査を行うことにしました。……そして、そこでアブドゥルの暴走が起きたのです。運が無かった、と言うしかありません。何かしらが起き、ルイズ様は『黒の魔道書』を自分の中に宿すことになったのです。『黒の魔道書』というものが一体なんなのか、ルイズ様は語ってくれません。ですが、想像するに……それがルイズ様が『異端』と呼ばれる理由なのです』

「ルイズ様は、望まぬ形で今の力を得たという解釈でいいの?」

『私はそうだと考えています』

 フィーア達は考え込んだ。
 ルイズの小さな体に宿る未知の力。アルハザードの悲劇で平民にとっての英雄となった小さな少女。一体何を考え、何も思い行動しているのだろう?

『私が語ったのは秘密にしてください。これは私があなた方を信用したからこそお話しいたしました。私の信用がルイズ様からの信頼に直結するわけではありませんし、何よりもへたにこのことを口に出せば、闇に葬り去られある可能性があります。それだけ……この国の深部は黒いのです』

 ソフィアは一度区切ってから、最後に言った。

『……フィーア様、シエスタ様、どうかルイズ様を支えてあげてください。ルイズ様は強い、ですがそれは巨樹のようなしなやかな強さではなく、ダイヤモンドのようにただ固く簡単に磨耗してしまう強さですから』



 ルイズが目覚めたのは二日後であった。全力での戦い、そしてアブドゥルへの強制アクセス及び行使は、甚大なダメージをルイズに残したのだ。起きてからも精神力の消耗によってまともに魔法は使用できなかった。

 学院に帰るのも億劫だし、ここで療養しようかしら、とルイズ考えていたが、それを読んだかのように、学院からのフクロウの使いがやってきた。
 手紙には、授業さぼってないでさっさと戻ってこいや、という感じの内容があった。恐らくはどこかの狸爺が陰謀でも企んでんのか? というニュアンスを込めている。それしてもよく居場所がわかったものだ。やはり監視されているのだろう。ルイズはもちろん破り捨てて、次のフクロウが来るまで無視した。それがルイズクオリティだ。

「ワイン……」

 そして現在、ルイズは無残な姿となったワイン蔵を見て、立ち尽くしていた。
 ああ、ワイン。大切な豊胸……げふんげふん、研究材料が。
 しかしそんなルイズに朗報がやってきた。

「ミス・ヴァリエールからの注文は、既に学院へ向けて送ってありますぞ。ご安心くだされ」

 ルイズには村長が輝いて見えた。決して頭が禿げているからではないと思う。
 弱った体ではまともな訓練もできず、ルイズはシエスタやフィーアと混じってのんびり過ごした。
 数日後、フクロウが再びやってきたため、ルイズは学院へ戻ることにした。

「ふっ……平穏ね。シエスタ、タルブに来てよかったわ。やはり、わたしは止まらない。必ずすべてを正しい形に戻す」

 ルイズの後半の言葉の意味は理解できなかったが、前半に関しては飛び上がりたいほど嬉しい言葉だ。バランスの悪い馬車内でなければシエスタは実際に飛び跳ねていた。

「気に入ってくださり、ありがとうございます」

 ルイズは馬車の操作をしながら、岩竜であった巨大な岩が鎮座していた場所を見た。
 アブドゥルから力を借りて葬り去ったが、果たしてあの岩竜はなんだったのだろうか? 数百年を生きていたのは間違いないだろう。しかし、どうしてこんな人里の近くに潜んでいたのだ? 誰かが召喚した? だとしたらその術者は土系統のメイジとして伝説になっているだろう。それだけの力を持った竜だった。

「考えても無駄か……」

 帰り道の途中で、竜の羽衣はフィーアと共に実家の屋敷に送った。あそこなら大抵のことはできる。ガソリンの製造と竜の羽衣の修理、フィーアへの訓練……そこまで時間は掛からないだろう。
 ルイズの野望には力がいる。それもハルケギニアを支配できるような圧倒的な力が必要なのだ。
 ルイズは力を着々と蓄えていた。

 まだ時間は掛かる。
 だが、確実に実現可能な領域へと近付いていた。



 岩竜との戦闘中のデルフリンガーというと。

「なんでぇ、この物音は! 悲鳴!? 一体何が起きてんだ! というか、またお留守番か!」

 頑張れデルフリンガー、きみの相棒はもうすぐやってくる!



 勘繰るオスマンは、

「タルブ村……あそこには竜の伝説があったのう。『異端』は何を企んでおるのか」

 答えは、豊胸の手段(ワイン)を求めて行っただけである。

「数日は様子見をするしかあるまい。もしもの時は、授業をさぼっているのだ、連れ戻すのになんら教師としておかしな点はない。そういう事態ではないことを祈るがのう」



 ちなみに、ルイズがいつも飲んでいるワインはもちろんタルブ産である。
 残念な事に胸の成長は相変わらずである

番外編 タルブのワインは世界一(4)

2014.05.15 (Thu)
 ワイン蔵のある方に土煙が上がるのが見えた。地面がずしんずしんと縦揺れする。何かが居る。歩くだけで地面を震動させるような巨大生物がこの村に接近しているのだ。

「ソフィア行くわよ。フィーアはすぐに退避しなさい。余裕があれば、村人の誘導を頼むわ」

 ルイズはソフィアを引き抜いて、すぐに土煙の発生源に向かった。
 村人たちが血相を変えて逃げるのとすれ違った。

「あれは……」

 土煙の中にギラリと輝く大きな金色の目が見えた。大きなシルエットはずんぐりとしていて、歪な形をしている。
 空気を振動させる低音の雄叫びを上げ、そいつは一歩を踏み出した。
 進む先はワイン蔵。

「やらせはしないわっ!」

 ルイズが土煙に向かって杖を向けた。

『術式構築、村への被害を出さないために、範囲を限定します』

「仕事が速くて助かるわ。散れっ!」

 土煙の中で小規模な爆発が起きた。衝撃波が土煙を払い、隠れていた謎の生物がその姿を露にした。
 黒光りする鋭い爪を三本備えた強靭な四本の足。獅子のような形だが、背には飛翔する機能を失った翼が一対はためいていた。その巨体は間違いなく村の目印に使われていた巨大な岩だ。黒曜石のような箇所は、間接部分だったようだ。顔は一枚岩を削ったようなもので、楕円形の目が取り付けられ、すり潰すのを目的としたごつごつの歯が剥き出しになっている。

「ぐぉぉぉぉぉぉっ!」

 天に向かって咆哮した。
 それはまさしく竜だった。岩石でできた竜。竜の羽衣一戦交えたのはこいつなのだろう。そして、エンジン音を聞きつけて姿を現したのだ。

「余り見えていないみたいね……」

 濁った目が、きょろきょろと忙しなく自分を傷付けた者を探している。

「ソフィア、さっさと止めを刺すわよ」

『はい。……術式展開可能です』

「葬り去る。『レクイエム』!」

 竜の顔面に小規模な爆発が連続して発生する。竜がくぐもった声を漏らした。しかし堪えた様子はない。

「集中攻撃の『レクイエム』でダメージ無しか。硬いわね」

 岩竜がルイズ目掛けて特攻を仕掛けた。どうやら詠唱などで居場所がばれたようだ。
 巨体は強靭な足で地面を蹴って加速する。翼の退化具合からして、既に地上で生きる種類のようだ。重たそうな体から想像できないスピードで迫ってくる。

 ルイズは斜めに後退した。ぎりぎりのところを岩竜の足が通過していく。弾む地面にバランスを崩され、ルイズは立っているだけでやっとだ。
 岩竜がこちらを振り返った。ルイズはできるだけ距離を開けようと後退するが、そんな小さな足音すら関知できるらしく、金色の目がルイズを追っていた。

「厄介ね」

 岩竜は前足を地面に突っ込むと、地面を崩し土弾としてルイズ目掛けて飛ばしてきた。
 ルイズはソフィアのリミッターを解除し、盾を展開した。土弾は防げたが、続く岩竜の突進は回避するしかない。
 なんとか横に飛ぶことで回避に成功した。
 ルイズの背後で。岩竜は勢いを殺せずワイン蔵に突っ込んだ。

「なっ!? ワインをよくもっ! 竜よ、貴様の狼藉は万死に値する! 今すぐわたしが葬り去ってやろう。ふっふっふっ、セフィラがないのは歯痒いが、わたしに敗走はない。必ず勝利という結果を出す。既にそれは決定事項。覆せない運命なのよ!」

 ルイズは『エトランジェ』により足場を崩し、間接部分に『レクイエム』を叩き込んだ。連続攻撃により、岩竜が身悶えした。
 動きが止まったところで、村人たちがそれぞれ武器(剣の者も居るが、ほとんどは農具)を持ってやってきた。

「ミス・ヴァリエール! ご無事ですか!」

 その中にはシエスタの姿もあった。

「悪いことは言わないわ。さっさと引っ込みなさい。無駄死にするだけよ」

 正直に言えば、的が増えることで岩竜の攻撃パターンが把握し辛くなるため、戦闘に参加してもらいたくないのだ。
 岩竜が怒りの咆哮で、近くに居た者の耳を劈いた。それだけで恐れ慄き、逃げ帰ってしまう。その様子を見てルイズはやれやれと肩をすくめた。村人達への威嚇行動を始めたため、ルイズは攻撃対象から外される。

「シエスタ。協力する勇気がある奴に呼び掛けて、寺院の前の道をスコップか何かを使ってできるだけ柔らかくしておいてくれないかしら? それとフィーアにソフィアを届けてちょうだい」

 ルイズはソフィアをシエスタに手渡した。

『ルイズ様!? 一体どうなさるおつもりですか! 私が居なければ、爆発魔法は使用できないんですよっ!』

「作戦があるのよ。ソフィアはフィーアに戦闘機の操縦方法……は無理だろうから、機銃の撃ち方ぐらいはレクチャーしておいて。それと、わたしが大声でシエスタを呼んだら、ソフィアをわたしのところに連れに来てくれるかしら。危険だけど引き受けてくれる?」

「任せてください」

 シエスタは間を置かず答えた。
 ルイズは満足そうに頷いて、村人が投げ捨てていった剣を指差した。

「そこに投げ捨てられている剣を二本こっちに渡して」

 剣を受け取ったルイズは二本の剣を体の正面でクロスさせるように構えた。

「シエスタ、そちらは任せたわ。ソフィアをよろしくね」

『ルイズ様、ご武運を』

 シエスタが走り去るのを見届けると、ちょうど岩竜も村人達を退いたところで、目が合った。お互いに相手を認め、絡み合う視線に殺意が混じる。

「勝てるかどうか……まあ考えても無駄ね。決断を下せば、あとは全力で挑むのみ」



 先に動いたのは岩竜だった。地面を抉って土弾を飛ばしてくる。
 ルイズは土弾を回避しながら前進する。爆発魔法使用時の戦い方は、座標指定などを同時に行うので、自分の肉体操作に意識を集中できないが、剣のみになった今、ただ己の肉体のイメージだけに専念できる。それにより動作一つ一つの質を向上できる。

 足踏みすることで岩竜は足元に潜り込んだルイズを攻撃してきた。ルイズは回避行動をしつつ、足の関節に剣を突き立てる。何度も何度も同じ箇所に攻撃を続け、やっとのことで傷らしい傷をつけることができた。

 所詮は村人が使うような安物の剣だ、もとより切れ味には期待していない。
 ルイズは足へ執拗に攻撃を繰り返し、寺院まで後退を続けた。
 すでに服は泥だらけで、剣はぼろぼろ、足も覚束なくなってきた。火竜のようにブレス攻撃がなかったのと、目が悪いことでここまで凌いできたが、流石に限界が近い。

 一体何分戦い続けただろう。
 時間稼ぎは十分だろうか。

「ふぅ……わたしは運がないわね。どうしてワインを求め旅に出て、竜と戦っているのかしら? まさかわたしの偉大さに気付いた敵対する神が世界から排除しようとする抑止力を発動したのかしらね」

 ルイズは完全に足音が捕捉されているため、小細工は止めた。ヒット&ウェイの繰り返しで、ここまでやってきたが、果たしてダメージを与えられているのだろうか。動きを見る分には全く堪えていないように思える。
 寺院が近付いてきたため、ルイズは大声で叫んだ。

「シエスタっ!」

 張り上げた声はまるで竜の咆哮のように空気を振動させた。
 ルイズは両手でそれぞれ剣を握り締め、最後の時間稼ぎに挑んだ。
 迫り来る巨躯に対し、ルイズは余りにも小さい。それでもここで踏み止めさせなくてはならない。

「さて、剣舞のラストマッチといきましょう」



 岩竜は前足を横薙ぎにする。ルイズは前方へ跳躍し、かわすのと同時に今までの死闘で把握した比較的柔らかい箇所――足の付け根に切り込んだ。その攻撃で遂に剣が一本根元から折れた。不要になった剣の柄を投げ付けて、そのまま下に潜り込み、前足の付け根に残った剣の切っ先を突き立てる。くぐもった悲鳴に脳を揺さぶられる。それでも構わず深く、もっと深く貫いていく。何度も切り込んだのが実を結び、遂に岩の鱗を突破し、柔らかい肉を切り裂いた。

 岩竜が伏せることで押し潰そうとするのに気付き、ルイズは剣をそのままにして懐から抜け出した。
 岩竜が重い肉体を地面に叩きつけることで、砂埃が辺りを覆った。音を頼りにする岩竜には有利なフィールドが完成してしまった。

「ミス・ヴァリエール!」

 次の手を思案するルイズの耳に、シエスタの声が届いた。

『お待たせしました! 寺院の方は準備完了です!』

 シエスタが砂埃の中に危険を顧みず駆け込んできて、ルイズにソフィアを手渡した。

「さて、第二ラウンド……いいえ、ファイナルラウンドと行きましょうか」

 ルイズは盾となったソフィアを右腕に装備し、砂埃の中に潜む岩竜を警戒する。既にシエスタは寺院へと戻り始めている。
 戦場に静寂が舞い降りた。360度砂埃が覆う空間は、ルイズにとっては隔絶されたような場所だ。しかし岩竜は主に音を頼りにしている。こちらの息遣いは聞こえているはず。

「妙ね……」

 絶好のチャンスだというのに、どうして攻撃をしてこない?

「……まさかっ!」

 ルイズはすぐにシエスタの後を追った。砂埃の中に巨体が影が動くのが見えた。確実にシエスタをターゲットとして追っている。全速力で砂埃の中から駆け抜け、ルイズは岩竜の進路に立ち塞がった。
 シエスタの背中を一瞥し、砂埃に向けて盾を構えた。

 泥だらけの顔に汗が伝い、顎から雫になって落ちたその瞬間、砂埃を突き破るように岩竜が姿を現した。お得意の突進攻撃だ。タイミングは計れているので回避するのは容易だが、ここを通すわけにはいかない。

『シールド展開!』

 網目状に張っていた魔法刻印にルイズの精神力を用いた魔力が循環し、防御力を高める。ただ堅くなるだけではなく、衝撃を和らげたり、魔法攻撃を軽減する効果もある。
 作戦のためとはいえ誰かを守るために自分を犠牲にするとは、ルイズは奇妙な感慨を抱いた。それもすぐに霧散する。

「ぐぅっ!」

 岩竜の突進を真正面から受けたためルイズは途轍もない衝撃に襲われた。ルイズの小柄な体は宙に浮き、後方へ吹っ飛ばされる。ソフィアによって衝撃吸収をされてもなお、この威力だ。生身で受けたらただでは済まされないだろう。

「うぐっ!」

 背中から地面に落ち、息が詰まった。ルイズの横を岩竜が通り抜けようとする。

「行かせはしないっ!」

 ソフィアが先読みし用意していた『エトランジェ』を発動し、岩竜の足場を崩した。後ろ足を穴に落とされたため、勢いをそがれ、再びターゲットをルイズに切り替えた。

「それでいい。貴様の敵はわたしよ」

 ルイズは岩竜が穴から抜け出す前に、『エトランジェ』を追加する。前足の足場も崩れ、どんどん穴が深くなっていく。更に周囲の地面も小規模な爆発魔法によって崩れやすいようにしておいた。

「ソフィア、寺院に行くまでシールドを強化をしなさい」

『わかりました』

 寺院までの道はルイズの指示によって、歩き難いものになっていた。これなら岩竜も思うようにスピードを出せないはずだ。
 寺院では、エンジンを掛けたままの竜の羽衣が入り口に向かって機関銃を黒光りさせ、今か今かと獲物の到着を待ち侘びていた。操縦席にはフィーアが座っており、いつでも撃てるように構えている。
 大人が数人残っており、竜の羽衣と遠くで穴から抜け出そうとしている岩竜を交互に見ては、額から流す汗の量を増やした。顔色も青い。

「ミス・ヴァリエール! 私達は何をすればよろしいのでしょうか?」

 ルイズを心から信用しているシエスタだけは焦った様子を見せていない。

「そうね、ここに止まる勇気と覚悟があるのならば、わたしの背中を支えてもらえないかしら」

 シエスタは大人達に説得を試みる。
 結局大人で残ったのは、シエスタの両親だけだった。

番外編 タルブのワインは世界一(3)

2014.05.15 (Thu)
 清らかな瀬音が耳をくすぐる。穏やかな川の流れの中では、淡水魚が悠々とひれを伸ばして泳ぎ回る。時折、水面から飛び上がっては変化のとぼしい瀬音にバリエーションを加える。
 ルイズは川のほとりに立って、自然に身をゆだねていた。

 俗世から隔絶された空間。ルイズの心はせせらぎの中で癒される。
 永遠に続くと思われた時間だったが、二人の闖入者によって終わりを迎えた。草を分け入り、朝露に湿った地面を踏みしめる音が瀬音に混じった。耳聡いルイズは、持ち前の警戒心もあって腰に差したソフィアへと手を掛けた。

「ここで水浴びすると、とても気持ちいいのよ」

「えっと、でも……朝からこんなところで裸になるのは……」

「大丈夫、余りここに人が来ることはないから」

「そうだといいんだけどぉ……あっ、ルイズ様」

 闖入者達が草むらから姿を現し、川のほとりに立つルイズに気付いた。ルイズはそっとソフィアから手を引いた。

「ふぅ……まあいいわ、水浴びするなら見張りぐらいやってあげるわよ?」

 ルイズは機嫌悪そうに言った。現に機嫌は悪い。静かな時間を邪魔されるのは、相手によっては爆発魔法をお見舞いするほど耐え難いことだ。例を挙げるなら、間違いなく才人は拷問、折檻コースへ直行である。

 今は、昨夜のフィーアとのやり取りや、タルブのワインで比較的元の機嫌がよかったので、二人はそれを免れた。
 しかし不機嫌なことに変わりない。二人のメイドは慌ててルイズの元へ駆け寄った。ぺこぺこと二人揃って頭を下げる。

「別に謝る必要は無いわ。この世界は確かにわたしのものだけれど、使わせないなんて言う気はないから」

 ルイズは川から3メートルほど離れたところにあった大きめな石に腰掛けた。

「どうしたの? 突っ立っていたんじゃ水浴びできないわよ」

 訝しむルイズの視線に観念したのか、フィーアが服を脱ぎ出す。白のシャツを脱ぎ捨て、木の靴を脱ぎ、最後に茶色のロングスカートを下ろした。服は丁寧にたたんでひとまとめにしておく。屋外で裸になって服をたたむ姿は、シュールというか、新しい境地というか……なんだかエロかった。

「はぅぅぅぅっ!」

 走り去るフィーアは奇声を引きながら、川に突っ込んでいった。激しく波打つ音が聞こえ、またはぅはぅ言っているが、ルイズはスルーした。
 残りの獲物は、とルイズは側に佇むシエスタにねっとりした視線を浴びせ続ける。ルイズは既にフィーアの見事な一品を承知していたが、あの猛ダッシュで激しく踊る胸を見て、改めて何かの感情が目覚めた。本人は決してそれを嫉妬だと認めない。

「ミス・ヴァリエール……そんなじっと見られては、服を脱ぐのに……」

「わたしは気にしないわ。だから気にせず脱ぎなさい。じゃんじゃん脱ぎなさい」

 鼻息を荒くしているのを見ると、興奮した変態オヤジに見えなくもない。実際のところは、ルイズは怒っているのだ。シエスタにではなく、神に対してだ。

(胸は女性的魅力をアピールする上で貴重なものだと長年の研究(最近は視姦に近い)によって理解した。それならばカリスマを持つわたしにこそ、あれは備わっているべきなのだ。なのにどうして神はわたしに肉感的ボディを授けなかった。これは何を意味するのだ? わたしが実は完璧じゃない……? いや、そう考えるより、神がミスをしたと考える方が妥当だろう。胸は小さいかもしれないがスタイルは抜群だ。あるいはこの体形が神の好みなのかもしれない。何にしろ、いずれ天界に辿り着いたならば、我が名において天誅を下してやろう)

 シエスタは後ずさった。おそらくルイズの凄惨な笑みが原因だ。
 青ざめた顔でシエスタは草色のシャツに手を掛けた。一刻も早くここに離れなければ、ルイズに一体何をされるか想像もつかない。衣服を脱ぎ終わると、フィーアよろしく猛ダッシュで川まで駆けていく。脱げばすごいんですボディは、衣服の締め付けから解放され、思う存分跳ね回っていた。
 ぎりりと奥歯を噛み締める。ぐぐぐと拳を握り締める。

『ルイズ様、私はツルペタもいけます!』

 ずっと黙っていたソフィアのフォローは全くもってだめだめだった。



 ルイズは膝を抱えて遠い目をしていた。 
 川の流れが波の音に聞こえ、朝日が沈み行く夕日に見えた。センチメンタルだ。とても切ない。胸に刃が突き刺さったような……ああ、そうか、心臓への攻撃を胸があればある程度守りの役目を果たせる……でも、胸ないから。あはは。

 浅瀬ではしゃぐ二人の裸身がとても眩しかった。生まれた姿になってはしゃぎまわる光景は実に微笑ましい。男にとっては眼福通り過ぎて天国だ。赤く染まっている可能性もあるが。
 ルイズにとっては地獄だった。

「…………」

 ルイズはシルクの生地越しに胸へ手を当てた。
 なんと表現すればいいのだろう。

 すとーん。ペタ。ぺちゃ。平坦。なだらか。ひんぬー。微乳。まな板。洗濯板。幼児体形。ぺたんこ。ないちち。平ら。平面。AA。ちっぱい。

 溢れるボキャブラリーに絶望した。

「胸なんて飾りなのよ! 偉い人にはそれがわからないんだわ!」

 近くにあった石を思いっ切り投げた。見事水切り十回を達成する。
 浅瀬ではしゃぐ二人が水掛を始めていた。きゃっきゃと色めく二人……いや、二人の胸をルイズは凝視した。歩けば震え、跳ねれば弾む、たわわなに実った二対の胸が、ぷるんぷるんと擬音が聞こえてきそうなぐらいリズミカルに踊っていた。

「シエスタ、冷たいよぉ、もうっ」

「最初に水をかけたのはフィーアじゃない。ほらっ」

「きゃっ、顔は卑怯だよぉ」

 フィーアが怯んだところで、シエスタが後ろに回って羽交い絞めにした。

「ふぁっ! な、なになにっ!」

 慌てふためくフィーアに対し、シエスタが妖艶な笑みを浮かべる。
 シエスタの手が節足動物の足のようにわきわきと動いた。完全に変態である。蠢く指たちが、フィーアの乳房に絡みついた。押しては張りのある乳房に押し返される。この張りのよさが、フィーアの巨乳を重力によって垂れ下がるのを防いでいた。揉んでるシエスタ自身も脱げばすごいし、形もそれなりに悪くない。

「ん~、本当にフィーアは急成長したよね。いつの間にかに私より大きくなってるし」

「んんっ! シエスタ!? ちょっと目がルイズ様みたくなってるよ!?」

 ルイズはカチンときた。あんな卑猥な目はした覚えはない。
 爆発魔法をくらわしてやろうかと立ち上がる。

「んぁ、はぅぅ……だめぇ……シエ、スタっ!」

 百合百合し始めたシエスタ達に向かって歩を刻んだ。
 ソフィアを引き抜く。ルーンを口ずさむ。

「そ、そんな触っちゃ、だめだってぇ……んぁ!」

 いや、とルイズは歩みを止めた。このまま特攻すればまぎれて、あの胸の秘密を手にできるのでは? 触ってみればより自分との違いはわかるはずだ。

「ふっふっふっふ……」

 シエスタの手がフィーアの胸を包み込み、こねくり回し出した。

「いや、んんっ、んぁ、はぅ、はぅぅ……」

 そこへルイズが乱入する。
 百合帝国に栄光あれっ!
 以下自重。



 一行は平常心を取り戻し、タルブ村観光ツアーへと興じていた。案内役はシエスタが勤めている。
 ルイズの希望により最初はワイン蔵へと向かった。
 アブドゥルの知識を生かした発明で金は有り余っていたので、とりあえずビンテージものはすべて買い占めた。

 次に向かったのは村の側に広がる草原だった。陽光に照らされて、草原が黄金色に輝いて見えた。若草の力強さに、点在する花が儚げな魅力をそえている。シエスタが自慢するだけはあって、綺麗な景色だった。

 続いて村長の家に立ち寄った。仕方ないので挨拶をしておいた。
 最後は村から少し離れたところに建てられた寺院だった。
 そこに『竜の羽衣』が安置されていた。

「これが……竜の羽衣?」

 アブドゥルの『記憶』が触発され、『知識』が脳内に流れ出す。ああ、わたしは見たことないけど、アブドゥルはこれを知っている。

「ミス・ヴァリエール?」

 呆然と立ち尽くすルイズにシエスタが声を掛けた。
 それでも上の空で、反応が返ってこない。
 一歩引いたところで控えていたフィーアも不安げにルイズの横顔を伺った。

「シエスタ……少し、これを調べていいかしら」

 唐突にルイズが言った。
 ルイズはシエスタの返答を待たず、竜の羽衣に歩み寄る。
 近くで見ると『記憶』とのずれを感じた。似ているけど違う。確かに飛行機……戦闘機という知識を持っており、『記憶』として戦闘機は目にしているが、これとは違う。色々と種類があるのだろう。そこは大して重要ではない。重要なのは、これを自分が扱えるのか、ということだ。

「手探りになるわね。アブドゥルの持ち主もメイジなのだから、兵器には余り頼っていないみたいだし」

 シエスタやフィーアに呼び掛けられたような気がするが、もうルイズには聞こえない。アカデミー時代の自分が蘇ったみたいに、周りが目に入らなくなる。

『ルイズ様、これは一度アカデミーに運び込んで安全を期した方が……聞こえていらっしゃいませんね』

 アブドゥルの『知識』を最大限に引き出し、今まで場違いな工芸品に触れてきた経験を総動員させ、竜の羽衣に挑んだ。
 一通りを調べ終わると、ルイズは難しい顔をした。

「特に故障箇所は見当たらない。でも……ガソリンがぎりぎりか」

 一回ぐらい飛ばせるかな、と結論を出した。

「シエスタ! この竜の羽衣を譲ってもらえるか交渉は可能かしら?」

 操縦席から顔を出したルイズは、機体の側に立つシエスタに言った。

「一応は村の物というよりは、私の曽祖父の物なんです。なんでもそれに乗って、この村にやってきた、ということらしいので」

「なら、シエスタ、そちらの言い値で買うわ。早速両親と交渉をさせて」

「えっ、あの、すみません。曽祖父がなんでも、墓石の銘が読める者に渡せ、と言い残したらしいので」

「ほう、なら墓石のところに案内してくれるかしら」

 きっとシエスタの曽祖父はもう一つの世界の住人だろう。どんな方法でこちらに来たのかはわからないが、アブドゥルの言語知識は何十カ国のものをマスターしている。たとえどこから来たとしても問題ないはずだ。
 ルイズの読みどおり、墓石の文字の解読は難なく済んだ。

「これで竜の羽衣はわたしのものね」

 ルイズはフィーアを連れて寺院へと戻った。シエスタには家に行き、両親の許可を取りにいってもらった。
 墓地から寺院に戻る間に、シエスタから貸してもらった曽祖父の遺品に目を通す。

「……ゴーグルに日記ね」

 日記にはこの村に降り立ってからのことが書かれていた。
 降り立った当初、巨大な岩の化け物に襲われた。それを戦闘機で一戦交え、撃退に成功した。そのお礼にと村人は歓迎してくれたとある。行く場所も無くこの地に留まり、そして息を引き取った。

 さほどこちらの世界に大きな干渉をした記録はない。
 こちらの世界に来た方法については書かれていなかった。文章の雰囲気を見る分には、事故でこちらに来たように見受けられる。

 寺院に戻ったルイズは早速エンジンを起動させた。長い眠りから覚めた竜の羽衣は、局地的な暴風を巻き起こして、プロペラを回転させた。けたたましいエンジン音が静かな村に響き渡る。
 フィーアが風に飛ばされて、ころころと転がっていく。

「はぅあぅあぅ~!」

「…………」

 ルイズはスルーした。スルースキルは着実に上昇しているようだ。
 久し振りに異世界の大物に触れて、ルイズは歓喜していた。

「ふふふふっ! これで我が陣営は更なる成長を遂げた。ゆくゆくはハルケギニア支配も夢ではないわっ!」

『……ルイズ様、何か変です』

「変? 何がかしら」

 ソフィアがぴこぴこと不安そうに点滅した。

『空気の流れといいますか……。森がざわついているような気がします』

「ソフィアの魔力感知能力は高いから、洒落ですみそうにないわね」

 操縦席から跳び下りて、寺院の外に出ると、村がざわついていた。やっと起き上がったフィーアも空気の変化に気付いてか、周囲を見回して状況を確認する。

「ルイズ様、一体何が――」

 フィーアの問い掛けは、轟音によって遮られた。
 ルイズは背中に嫌な汗が流れるの感じた。

番外編 タルブのワインは世界一(2)

2014.05.15 (Thu)
 シエスタからの誘いもあったため、ルイズは早速タルブに出発した。もちろん授業はさぼっている。今更学院レベルの魔法で学ぶことはないのだ。そもそも習ったものが使用できないルイズにとって、授業はただの苦痛でしかない。
 途中でセフィラをアカデミーに送ったため、予定より時間が掛かり、到着は4日目の夕暮れになった。

「あっ、あの大きな岩が目印なんです。もうすぐそこがタルブ村ですよ」

 馬車の荷台から顔を出したシエスタが、森の入り口にある巨大な岩を指差した。
 ルイズが操作する馬車は岩のすぐ横を通った。近くで見ると見上げるのに限界まで顔を上げなくては頂点が見えないほどのサイズだ。

 確かに目印にはうってつけだ。よく目立つ。ごつごつした岩肌をしている部分と、つるつるとしていて黒曜石のような部分もある。全体的に火山岩で構成されているようだ。近くに活火山はない気がするが、これほどのサイズなのだ、遥か昔からここに鎮座しているのだろう。貫禄すら感じられる。

 シエスタの誘導に従い一つ坂をあがると、小さな村が見え始めた。事前にシエスタから聞いた話通り、辺鄙な土地にあるものだ。ここらの交易の本拠地とも言える街に行くだけで、馬でも丸一日掛かってしまうだろう。
 村は自然に囲まれているというよりは、自然と同化し、一つの共存の形を現しているようだった。

「シエスタの故郷に初めて来たけど、いいところだね」

 フィーアが感嘆の声を上げた。

『うぅぅ、姉さま……わたしは元気にやっております。姉さまはいかがお過ごしですか』

 ルイズの腰に差されたソフィアは姉と離れたため、情緒不安定になっていた。

「まだ二日ぐらいしか経ってないのに、ソフィアは本当に心配性ね」

『ですが、ルイズ様。姉さまがたった一人でアカデミーで大人しくしているとは考えられません。きっとたくさんの人に迷惑を掛けてしまっています……』

「それは否定できないけど、別にいいのよ。アカデミーの連中は大抵腐っているから、その程度ならお灸をすえるようなものだわ。念のために精神力を回復させてあるから、大丈夫よ」

「確かに、剣の娘ッ子に不埒なまねをする度胸のある奴なんぞ、あそこにはいねぇな」

 村の中心部に到着しスピードを落とした。貴族の訪れに自然と村民達が集まってきたが、ルイズは面倒だと思いシエスタに家まで案内させた。
 シエスタの生家へと辿り着き、早速家族に紹介してもらった。それを終えるとルイズはここに来た目的を口にした。

「ワインよ。ワインを出しなさい」

 シエスタが学院に持ち込んだ(送られたきた)ワインは切れてしまったため、ルイズは直々に入手し、そして継続的に送ってもらう手配をするのが、今回の旅の目的である。
 他にも『竜の羽衣』なるものが気になったが、そんなものはおまけだ。

 ルイズの迫力に負けたのか、すぐさまタルブ村のビンテージもののワインでもてなされた。村長まで出てきたが、ルイズは適当にあしらった。今はとにかくワイン最優先なのだ。
 食卓を占拠したルイズはワインと対峙し、喉を鳴らした。

(これが豊胸を促すタルブのワイン。べ、別にわたしは自分の胸を大きくしたいから飲むんじゃないわ。大きくなるのが本当なのか確かめるためよ。他意なんてないわ)

 シエスタの家族が固唾を呑んで見守る中、ルイズはワインを口にした。
 芳醇な香りが口内に広がる。濃厚な味わいながら喉越しは爽やかで、味は学院で飲んだものとは格別だ。後は効果はどうなのか。一口飲んで、すぐにはい大きくなりました、とはいかないだろう。だから継続的に飲む必要があるのだ。学院に定期的に送ってもらうのはそのためだ。何度も言うが、別に巨乳なんてものに興味はない。あんなのただの脂肪だ。

 満足のいったルイズは、村の観光を明日に回し、まだ早いが寝床につくことにした。泊まるのはシエスタの家だ。実質寝床を必要とするのは、ルイズとフィーアの二人だけだったため、余り問題はなかった。



 寝る前の日課として、家族の語らいをする。今日はフィーアも参加していた。シエスタは久し振りの帰宅のため、家族との団欒を楽しんでいる。

「のどかでいいわね。老後はやっぱり田舎暮らしがいいわ」

「ルイズ様、それなら次はわたしの実家にもいらしゃってください。タルブよりは発展していますけど、独特な工芸品があって、それがとても人気があるんですよ。あっ、わたしがしている首飾りもそうです」

 二つ敷かれた布団の内、窓側の方で就寝の準備をしていたフィーアが、白いシャツの首元から手をいれ、チェーンで繋がれた銀色の首飾りを取り出した。凧形のピンクダイヤモンドが埋め込まれており、薄暗い部屋内でほのかに輝いている。

「…………」

 ルイズはセフィラとソフィアに使われている宝玉について考えた。あれは、正確には既に唯一無二の代物になってしまっている。アブドゥルの知識により魔力付与が成され、刻印が刻まれ、一つの生を宿している。だから、セフィラとソフィアは生きているのだ。デルフリンガーとは別の魔法体系によって生み出されているため、正確にはインテリジェンス系のアイテムと判別されない。

 フィーアの持つ宝石からはソフィア達と同じ気配を感じた。ずっと服の中に隠れていたので気付けなかった。露天風呂の時は昼間であったのと、胸に気をとられていたので気付くことができなかった。それほどに弱い反応だが、確かに生命の息吹を感じる。
 フィーアはルイズの沈黙を、先を促しているのかと思い続きを語った。

「村民はそれぞれ生まれた時に宝石を授けられるんです。村にはネム婆様という方がいらっしゃって、その方が生まれた赤ちゃんに最も適した宝石を選んでくださるんです。そして、村民はどこにいっても肌身離さず宝石を身に着けるんです。わたしみたいに首飾りにする人も居れば、チョーカーにしたり、腕輪にしたり、指輪にする人もいますよ」

「その宝石はどんな方法で加工されるの?」

「すみません、わたしは詳しい事は……。工房には入ったこともないので。それに、村の極一部の人しか立ち入ってはいけないともされていたので」

「そう」

 ルイズはそれ以上情報が得られそうにないので、膝の上に乗せていたデルフリンガーの錆び付いた刀身を撫でる作業に集中する。ソフィアは布団の上で、『姉さま、だめです! そんなことをしたら世界がっ!』とよくわからない夢にうなされている。

「嬢ちゃん、もう勘弁してくれ、なまくらになっちまう」

「根性なしね。この程度で音を上げていたら、敵に捕まった時の拷問を耐え抜けないわよ」

「こんな拷問はないと思うぜ」

「すべての状況に対応できてこそ、わたしの家族なのよ」

「随分と厳しい家庭だ……」

『うわぁぁ、姉さま……姉さまっ! 目を開けてください!』

「……ソフィアは本当にどんな夢を見ているのかしら」

「剣の娘ッ子が危機に瀕した夢じゃねぇのか?」

『そんな……どうしてっ! あの時、1エキューを手放していなければマモラミタの封印は解かれていなかったのに!』

「…………俺にはさっぱりだぜ」

 今日もルイズ一家は平和なようです。




「ルイズ様、起きていらっしゃいますか?」

 月明かりだけが、心許無く照らす寝室。夏虫の大合唱に耳を済ませていたルイズだったが、フィーアがこちらを向いているのに気付いて目を開けた。目が慣れていないため、フィーアの顔はおぼろげに輪郭だけ確認できるだけだ。

「何か用?」

 ルイズの平坦な声に怯えたのか、フィーアはしどろもどろに言った。

「今更なのですがお礼がしたくて」

「お礼? モット伯でのことなら、わたしはただソフィアが助けたかっただけよ。専属の使用人にしたのも、わたしなりの考えがあってのことだから、お礼を言われる筋合いはないわ」

「えっと、その二つでもお礼を申し上げたかったのですが……一番は、アルハザードの悲劇でのことなんです」

 ルイズは眉を寄せた。その言葉の意味を理解しているのか、とフィーアに無言で問い掛ける。
 逸らしそうになる目をフィーアは懸命にルイズの目と合わせる。逸らせばルイズを傷つけてしまうのだと理解できたから。

「わ、わたしの両親は、アカデミーで研究の手伝いをしていたんです。平民で魔法は使えませんけど、平民という立場からの魔法の理解と考察はとても参考になるらしく……それも、両親は貴族に気後れせず付き合える度量と度胸を備えていて、だから」

「つまり、要点はあの事件の現場にあなたの両親が居て、わたしは命の恩人であると言いたいのね」

 素早くまとめたルイズに感服しながら、フィーアは頷いた。

「そ、そうです。あの事件以外でもルイズ様は平民の味方に立ってくれたりして……わたしが心から尊敬できる貴族なんです。もしもあの時、ルイズ様が適切な判断で行動しなければ、きっと両親とは二度と会えなくなっていたと思うので……」

 ルイズは自嘲的な笑みを浮かべた。

「言葉の意味を理解できていないようね」

「えっ……?」

「あの事件は人為的であり、そしてそんな馬鹿なことをしたのは甘ちゃんの貴族よ。でもねあのラボには優秀で人格の優れた者も居たわ。フィーア、あなたは『適切な判断で行動』と言ったけど、つまりわたしがあのラボの全員を見捨てたことが正しい、と判断しているのね?」

「そ、そんなことは」

「いえ、そうなのよ。正しいかどうかはわからないけどね、わたしはあの判断を後悔していないわ。犠牲者の総数と他の施設への被害を考えれば最も合理的であったと断言してもいい。でも視点を変えてみなさい。あなたの両親は助かった、その陰で失われた命があるのよ? あなたは命の数を足し算や引き算で考えられる?」

「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」

 フィーアは起き上がって、ルイズに頭を下げた。
 どこかでルイズ以外の貴族の命を軽んじていたのかもしれない。死んで当然と考えていたのかもしれない。でも、ルイズにとっては奪った命なのだ。一体どんな思いがせめいでいるのか、フィーアでは推し量ることは不可能だ。選択を迫られたこともなければ、人の命を奪ったこともないのだから。
 単純な話なのよ、とルイズは言った。

「わたしは間違った行動をしたつもりはない。わたしはそう信じている。だから、他人にどうこう言われる問題ではないわ。所詮、自分自身で折り合いをつけなくてはいけない問題なのだからね。フィーア、あなたはまだ何も理解できていないわ」

「…………」

 ルイズが厳しく細めていた目元を緩める。かすかに微笑んだ。

「でも、お礼としてではなく、単純に生き残れたことを喜んでくれるのは嬉しいわ。助けたとは思わないけど、わたしの行動の結果、生き延びた命に恨まれるのは、余りいい気分がするものではないしね」

「すみません……ルイズ様のお気持ちは考慮せず、こんなことを口にしてしまって」

 しゅんと項垂れるフィーアの頭にルイズは手を乗せた。撫ではしない。本当にただ乗せただけだ。それでもフィーアは体が熱くなり、冷え切った心が温められる。

「お礼が不要ならば、謝罪も不要よ。フィーア、あなたはこれからもわたしの専属使用人としてやっていく気があるかしら? いえ、やっていけるかしら」

 ルイズは威圧を込めた眼光を浴びせた。フィーアが不安そうに俯いた。

「こんなわたしでよければ……続けさせていただきたいです」

「わたしは誰かを必要としているのではなく、何かを必要としているの。だからすべての人間が何かを得ればわたしの使用人になる権利がある。あなたにはそれがまだ無いわ。でも、手を伸ばせば届くところにある」

「それはどうすれば手に入るのですか?」

 涙目のフィーアがルイズを見上げてくる。

「本当にわたしに付いて来る覚悟をあるのなら、そうね……一度、わたしの実家で修行をしましょうか。もちろん本邸ではなく、わたし個人が所有する屋敷でね。あそこならなんでも揃っているし、わたしのことを少しは理解できるはず。使用人としての能力、いざという時の護身術、そしてその首飾りの力を解放できるぐらいになってもらいたいわね。言っておくけど、わたしと共に歩む道は地獄よ? それでもいいのかしら?」

 長過ぎる前髪に隠れ、不安に揺れていた瞳が覚悟の色を帯びていく。立ち直りが早いというか、本当にダイヤモンドを授けられるだけはある。宝石言葉に相応しい『不屈』を持っているようだ。

「任せてください! どんな苦難も打ち破り、必ず立派な使用人になって見せます!」

 充分に脅したつもりだったルイズは、早くも新たな目標に邁進しようと燃えるフィーアに苦笑した。
 物好きなものね、とルイズが静かに呟いたのは誰の耳に届くことなく、空気に溶けていった。

番外編 タルブのワインは世界一(1)

2014.05.15 (Thu)
 トントントン、と釘を打つ音がヴェストリの広場に響いた。
 抜けるような青空の下、ルイズは大工仕事に勤しんでいた。メイジが金槌を持つ姿はなんともシュールだ。

「ふぅ、流石に骨が折れるわね。やっぱりセフィロートを使ってちゃっちゃと済ましたいわ」

『申し訳ありません、マスター。私がはしゃぎ過ぎた余りに……』

 いつもならルイズのサポートを率先として行うセフィラだが、現在はベリンダへの懲罰の消耗で、ブレイクハートはおろかフライすら発動できない。そのため、ソフィアとデルフリンガーと一緒にパラソル付きの丸テーブルの上で、ルイズの作業を見守っている。
 かといってルイズが一人で作業をしているわけではない。

「ルイズ様、大釜をご用意しました」

「ミス・ヴァリエール、厨房から薪をお持ちしましたがどこに置けばよろしいでしょうか?」

 先日、専属の使用人となったフィーアや、ルイズを慕うシエスタが代わりに手伝いをしている。

「大釜はその丸印のマークがあるところに置いて。薪はそのすぐ横に」

 手早く指示を出し、ルイズは別の釘を打った。
 系統魔法を使えるものが一人も居ないため、予想以上に時間は掛かったが、既に完成図に近いものが出来上がっている。昨日から作業を始め、授業そっちのけで続けているため、昼前には完成を見ることができそうだ。

「それにしても、露天風呂ですか……。一体どんなものなのでしょうか」

 シエスタは薪を置くと、離れた位置から建造物を眺めた。
 木の柱を四方に建て、網目状にした木材をその上に乗せてある。天井の代わりに網目状の板の上に野草が敷き詰められている。その天井の下に先ほどフィーアが運んできた大釜が鎮座されている。学院の校舎の方にはレースのカーテンをした木製の仕切りが立てられている。
 その後、教師の妨害も無く、順調に作業が進んだ。

「さて、これで終わりね」

 ルイズは天井の補強を終えて、飛び降りた。

『ルイズ様、お疲れ様です。何もお手伝いできず申し訳ありません。うぅ、不甲斐ないです』

「ソフィー……。大丈夫、あなたの声援はとても励みになったよ」

『ありがとうございます。ですが、フィーア様、ルイズ様は渡しませんからね』

「えっと、いきなりなんの話?」

 ルイズは男らしく額の汗を拭う。ふとそこで気付いた。

「そうね、作業を終えての初風呂。ちょうどいいわ。早速入りましょう」

 露天風呂に興味津々だったシエスタが、渡り舟だと思い、

「あの、ミス・ヴァリエール……よろしければ、私も試してみてもよろしいでしょうか?」

 次いでフィーアも、

「あ、あのあの、是非ともわたしも、ご一緒してもぉ……」

 ルイズは顎に手を当て黙考した。

「そうね、ついでだから平民用に開放するのもいいかしら……。手伝いをした者に礼を欠くのはわたしの流儀に反するしね」

 結論が出たルイズは、期待の眼差しを向けてくるメイドたちに頷いた。

「いいわよ。ただし条件があるわ」

「条件……ですか?」シエスタの表情が曇る。ルイズが他の貴族と違うのはわかっていても、自然と構えてしまう。生来の貴族への畏怖の念はそうそう拭えるものではない。

「そんなに心配しなくてもいいわよ」ルイズは苦笑した。「ただ、入ってみた感想が欲しいの。後は……そうね、二人に好感触だったら厨房や他の使用人に宣伝してくれるかしら。ご自由に使用してくださいってね」

 シエスタの顔に生気が戻った。

「は、はい、わかりました。それぐらいなら」

 ルイズは別の意味で苦笑した。

(不思議なものね。貴族と平民の確執が大きい学院内でこうして、格差はあったとしてもまともなコミュニケーションが取れるなんて。きっと、わたしの存在を勘違いしているだけなのだろうけど)

 シリアスな空気をかもし出すルイズの横でフィーアはというと、

「はぅ、ルイズ様とお風呂……だ、だめですだめです! たとえルイズ様がお優しい貴族でもお触りなんて愚の骨頂! でも、お風呂の調度品チェックで見たときの輝く美肌は是非とも一撫でぐらい……あ、ああ、はぅ~~」

 妄想がただ漏れで実にシリアスブレイクだった。



 露天風呂の準備が完了し、初めに湯船へとつかったのはルイズだった。
 自分で作って難なのだが、とはルイズなので考えはせず、予想以上の心地よさに思う存分自画自賛した。

「アブドゥルの知識というのが癪だけど、おぼろ気なイメージでここまでの一品を作るのは、流石はわたしと言ったところだわ」

 昼間から風呂に入るのも中々に新鮮だ。人が寄り付かない時間帯なので、屋根代わりの野草は取り除かれている。ルイズのアイディアで、野草は大釜のすぐ側に垂れている紐を引くだけで、簡単に展開したり閉じたりできるようにしている。

 ルイズは目をつむっていた。視界が閉じられると、衣擦れの音がいやに耳についた。メイドの二人が脱衣中なのである。二人の裸身を見るにはルイズにとって覚悟を必要とするものだった。
 胸に手を当てる。胸を張るにも張れるほどのものがない。見事な貧乳だ。

「失礼します」

 ルイズが目を開けると、フィーアの使用人とは思えないしなやかな足がちゃぽんと音を立てて湯の中へと入った。

「くっ……」

 大丈夫。予想通り。わかっていたことだわ。だから冷静な自分を保つのよ。
 視界に飛び込んでくるフィーアの双球にルイズは歯を食いしばって堪えた。ここがアカデミーの側ならすぐさま連れ込んで人体実験を行っているところだ。

 フィーアはルイズの正面に座っていた。膝を折って胸元を隠している。首から銀のチェーンが垂れ下がっており、豊満な胸の上でピンクの宝石が輝いていた。
 既に顔が赤いのは何故だろうか。疑問に思ったが深くは考えなかった。そもそも考えたら何かいけない気がした。

「はぅ、あぅ、あ~」

 ルイズがじーっと見詰めていたせいか、フィーアがぼしゅっと煙を上げて一時機能停止した。

「…………」

 ルイズはスルーした。

「あの、失礼します」

 おずおずとシエスタが湯舟に入ってきた。三人となると流石に窮屈で、半分ヘヴン状態のフィーアを押しやりルイズの横に移動させた。
 座ろうとするシエスタ(の胸)に目をやってルイズは硬直した。

「着痩せ……だとっ!」

 まさに、青天の霹靂。恐るべき衝撃だった。
 シエスタはフィーアの方に意識が向いていたので、ルイズの恐るべき形相には気付かなかった。

 咳払いをして、ルイズはとりあえず落ち着きを取り戻そうとする。しかし、思うように思考の切り替えができない。なんたる不覚。あ、あの、ただの脂肪程度でわたしが動揺するなんて、嘘だわ、そうよこれは最近負け越しのブリミルの嫌がらせなんだわ。
 完全に思考が暴走していた。

「露天風呂、いいものですね……」

「そ、そうね」

 ルイズはシエスタの言葉に適当に答える。

(たかが胸よ。そもそも完璧の存在として生まれたわたしにないのは、つまり必要ないからなのよ。小さいのが間違っているんじゃなくて、大きい方のが異常に違いないわ)

「――それでですね、ミス・ヴァリエールならとても気に入ってくださると思うんですよ。なんでも不思議な物を集めるのが趣味だと聞いていますので」

 シエスタが何か話していたが、もちろんルイズは聞いてはいない。

(戦闘では邪魔になるし、大きいと激しく動くだけで痛むらしいし……。なんだ、全くわたしには不要じゃないの。何をわたしを血迷っていたのかしら。人間は無駄を好むものだわ、それの一つなのよ、巨乳というものは!)

「ここから三日ほど掛かりますけど、あの草原の眺めはそれだけの価値があると思うんです。村の皆もミス・ヴァリエールなら大歓迎してくれますし、それに不思議な伝承があって、巨大な竜が――」

(しかし、わたしの知的好奇心がうずくわ。どうして学院のメイドは比較的胸の成長が著しいのか……。これは研究する価値があるかもしれない。食生活の違いが大きいのかもしれないわね)

「――後はワインが名産なんですよ。タルブのワインって聞いたことがありませんか? 私も好きで家から送ってもらっているんです。他の使用人にも分けているんですけど、中々に人気があるんですよ――」

 ルイズがぴくりと反応した。ワイン。そう、ワインだ。確か使用人たちはいつも同じワインを飲んでいたような……昨日の夜、シエスタが休憩の時にワインを持っていたが、それがそうなのだろうか? 確かに美味しかったが……まさか。
 天啓が閃いた。

(そうだ。あのワインは豊胸の効果があるのだ。絶対にそうに違いない。以前に純粋な好奇心からフィーアに、胸の成長について訊ねたが、学院に入ってから急速に進化を遂げたと聞いた。シエスタは故郷でそれを飲み続け、そして現在も飲み続けることで、あの脱げばすごいんですボディを手にしたのだ!)

 ルイズが勢いよく立ち上がった。悲しいかな、その動作で揺れるものを備えていなかった。
 シエスタはきょとんとしたが、もう出てしまうのかと思い、その言葉を早口で言った。それはルイズが叫ぶのと同時だった。

「そうだ、タルブに行きましょう!」「だから是非、タルブにいらっしゃいませんか?」

「え?」「あ、あの……え?」

 しばらく場が混乱したが、フィーアの復活により取り繕われ……る訳もなく、話し合いは混迷を深めた。
 なんとかタルブ村へ行く約束を取り付けることに成功したが、三人とも湯冷めしてしまった。
 一番の原因は、やはりルイズが二人の胸に気を取られ、話し合いが遅々として進まなかったことだろう。乳なだけに。……別に何もうまくない。

番外編 ルイズのメイドの土産(後編)

2014.05.15 (Thu)
 ルイズは考え無しに突っ込んだことを後悔していた。

(まさかモット伯がこれほどとは。最強のメイジと名高いわたしでも、精神力が切れた状態では流石に苦しいものがあるわね。もちろん、魔法などなくともわたしの勝利は揺らがないわ。わたし自身が勝利の女神であるからして、当然よね)

『マスター、メイドの二人に動きがあります』

「それは朗報なのっ!」

 眼前に迫った氷の柱を、セフィアで薙ぎ払うとルイズは額の汗を拭った。もうこの消耗を確実に強いられる単純作業を数分は続けている。好事家のモット伯はどうやらSMも好きなようだ。

「さっきまでの威勢はどうした? 手も足も出ないか?」

 ルイズは意識が朦朧とするのを感じた。やはりセフィラの魔法は代償が大きい。それに。左肩に受けた傷から血が止まらない。

『どうやらソフィーをルイズ様に渡そうと考えているようです』

「そう……それじゃ、うぐぅっ!」

 同時に三方向から攻撃に、ルイズは回避が追いつかず、右足を氷柱に抉られる。体勢が崩れ、片膝だけで体を支えた。完全な隙を作ってしまった。
 追い打ちには絶好のチャンスだというのに、攻撃の手が止まった。

「き、貴様! 何をするか!」

 モット伯へと水を供給していた守衛がシエスタの妨害を受けて、氷の精製が中断されたようだ。
 ルイズはタイミングを計ってから、高速詠唱を開始した。

「――ニイド・エオルー・ユル――」

「ミス・ヴァリエール!」『ルイズ様!』

 二人のソフィアの声。
 シエスタは守衛に払われ、床に転がる。水の供給が再開された。
 氷の柱が展開される。そして、詠唱中のために無防備なルイズへと多数の氷の柱が飛んでいく。モット伯はルイズの死を確信し、笑みを浮かべる。

 しかし、氷の柱よりも早く、ソフィアがルイズの元へと届いた。

「――オセル!」

 それと共に詠唱が完了する。
 眩い光に包まれたソフィアはその身を盾へと変えた。

「くっ、どうなった?」

 光が止み、モット伯が目を開けると、そこには不敵な笑みを浮かべるルイズの姿があった。

「甘いわね、盛り犬」

 セフィラを高く掲げる。

「やはり、魔法のサポートはソフィアの方が優秀ね」

『申し訳ありません、マスター』

『あ、ありがとうございます。でも姉さま、姉さまは戦闘のサポートでは私とは比べ物にもならないほど優秀ですよ』

「二人とも、それぞれに優秀なのよ。まあ、今はともかく……」

『はい、準備完了です』

 姉妹が声を揃えて言った。
 ルイズからモット伯まで、真っ直ぐに魔力のレールが敷かれる。モット伯の攻撃を防ぎながらルイズが行った座標指定が、ソフィアのサポートにより完成したのだ。

「くぅっ、中々しぶといな。ならば……」

 モット伯は盾となったソフィアを見ると、床に広がった水をかき集め出した。大技を使うようである。
 発動は同時だった。

「これが『波濤』のモットと呼ばれる理由だ。すべて、飲み込め!」

「セフィラ、ソフィア……。『ゼロ』の実力をここに示すわよ。『レクイエム』!」

 モット伯が作り出した大波は、ルイズの身長を優に超えていた。ソフィアやシエスタは既に離れて戦闘を傍観していたため、そこまで被害を受けなさそうだ。
 ルイズの発動した爆発魔法がレールに沿って発動していく。その限定された空間のみに被害を与えていた。

 そして、二つの魔法がぶつかり合った。
 ルイズの爆発魔法によって、大波に風穴が開き、モット伯が無防備の状態で晒された。大きな魔法を行使したせいか、息を切らしてその場で立ち尽くしている。

「くぅ、よもや我が『波濤』を破るとは……」

 水飛沫がホール中に飛び散る。
 ルイズとモット伯は、お互いに精神力切れが近く、立っているのがやっとであった。

『マスター……これ以上は危険です。私達の維持だけでもギリギリのはずですよ』

「わたしに不可能なんて……はぁはぁ……ないわっ!」

「ただの無礼者だと思っていたが、大した根性ではないか、ミス・ヴァリエール」

 ルイズはセフィラを支えに、モット伯は杖を支えに近付いていく。守衛達は不憫にも水飛沫の犠牲になってしまったらしく、二人の戦いを邪魔する者は居なかった。ついでにメイド二人も水飛沫で吹っ飛ばされたらしく意識不明である。

「犬に褒められても嬉しくないわ。さっさとこの世から失せなさい。ソフィアを……わたしの大切な人を奪った時点で、あなたの余命は今日尽きると決まっているのよ」

「ほう、貴族が平民に恋をするか。それも女同士で」

「…………何を言っているの? ソフィアは神よ。それに近親相姦なんて、わたしの家族ではありえないわ」

『ありえないんですかっ!』

「そこでどうしてソフィアが驚くのはわからないけど……。モット伯、あなたが何が言いたいのかさっぱりよ」

「おや、きみはメイドのソフィアを取り戻そうとしていたのではないのか?」

「そんなのは知らないわ。わたしはただ、家族を取り戻しに来ただけよ」

 ルイズはソフィアに頬擦りした。

『ルイズ様、こんな人前で! 恥ずかしいです。でも嬉しいです』

「…………その杖の名は?」

「ソフィアよ」

「………………そうか。どうやら勘違いがあったらしい。しかし、その杖もまた、モット家の正式なメイドの所有物だ。ただで渡すわけにはいかない」

 ルイズは俯く振りをして、セフィラをそっと顔に寄せる。

『マスター、三枚に下ろしていいですか』

「構わないわ、と言いたいけど、その精神力がもったいないから、ここは取り引きといきましょうか」

 ルイズは顔を上げ、満身創痍のモット伯と目を合わせた。実際はブレイクハートを起動するだけの余力をルイズは待っていないのだ。セフィラ自身が宿していた精神力も、屋敷へ来るまでに打ち止めしていた。

「モット伯、取り引きしましょう。あなたは以前からツェルプストー家の家宝を求めていらっしゃいましたよね?」

 突然丁寧な口調に変わり、モット伯は戸惑った。

「まさか、それを持っていると?」

「いいえ、全く同じものはもっていませんが、似た物なら幾つかあります。あそこに転がっているメイド二人とそれで手を打ちませんか? もちろん、取り引きは内容を確認してからで構いませんよ」

「むむっ……」

 モット伯が唸る。
 ルイズは確かにツェルプストー家の家宝に似た本を所持している。以前に、キュルケから見せてもらったので間違いないだろう。
 ルイズは無言の威圧を掛けた。ここで断られると、いささか面倒だ。

「よし、それで手を打とう」

「感謝します」

 こうして、戦いは呆気なく締め括られた。




 事件の顛末その一。

「ミス・ヴァリエール! 是非ともわたしを専属の使用人にっ!」

 ルイズがモット伯に怪我の治療をしてもらい(させた)、ようやく帰宅すると、部屋にメイドが突然現れて喚き立てた。

「確か、モット伯のところで見たような……。名前は?」

「ソフィアと申します」

 恭しくお辞儀をするソフィア。その際に、エプロンドレス越しにでもわかる凶悪兵器が二つ備わっているのが見て取れた。ルイズの目が厳しくなる。
 ソフィアは髪は茶という地味な色をしているが、瞳の色は海の底のような深い青色で味わいがある。幼顔で小柄ながらも歩けば揺れるものを完備。前髪が長過ぎるのが気になるが、それさえどうにかしてしまえば中々の容姿であった。
 しかし、ルイズの目がずっと胸元に集中する。

「え、あの、そんなに見詰められると……あわ、あわわ」

 ソフィアが赤面して慌て出す。

(人類の神秘ね……。天は二物を与えず、というのはもしかしてあの二つの物を長所が多過ぎる者に与えない、という意味なの? ということは、この少女の肉体を研究すれば、わたしの肉体が更なる進化を遂げる糸口を掴めるのね。もちろん、今のわたしのままでも世界で一番美しいのは揺るがないのは確かだけど、怠慢は罪なのよ。別にこれは持つ者への僻みなどでは決して無いわ)

「嬢ちゃんよぉ、お留守番で寂しかったぜ」

「少し黙っていなさい、デルフリンガー! 今は最重要の問題について考えているのよ。鉄の塊に戻されたくなかったら、口を閉じなさい」

 それっきりデルフリンガーは口を閉じた。しかし常時震えるようになった。
 それほどの剣幕なのだ、今のルイズは。

『ルイズ様、わかります。私もあれには憧れます』

「ソフィア、勘違いしちゃダメよ。これはそういうのじゃないのよ。別にただ、近くに置いておけばいずれば、その人体のメカニズムの秘密に――」

「ち、近くに置く……。つまり、よろしいんですねっ!」

「何がよ?」

「え? 先ほど、話していたのは……」

「…………そうね、これは面倒ね。これからはソフィー……でも被る……ソフィア、ソフィア……フィア……フィーアと名乗りなさい。ややこしいから」

 そう告げると、ソフィア――フィーアは気色に満ちた顔で、存分に最終兵器を揺らして喜びを示した。

「わ、わかりました! 不束者ですがこのフィーア、一生懸命に仕えさせて頂きます!」

 どたばた足音を立てて、フィーアは去っていった。
 廊下から、「あわわわわーーっ!」とか聞こえてきたがスルーする。

『最後まで勘違いをしていたようですが、よろしいのですか?』

「もう面倒よ。学院では雑用を自分でやるように、と言われていたけどちょうどいいじゃない。それにあの人体の秘密を解き明かすのには……。全くどうしてわたしより小さくて、幼い顔つきだというのに、あれほどの……」

『フィーア様、ルイズ様は決して渡しません!』

「……ソフィア、何を言ってるの?」

『決意表明です』

「わたしはソフィアの教育を間違えたかしら……」

「愛されてるね、嬢ちゃん」

「ばらすわよ、デルフリンガー」

「ひでぇ!」

「まあいいわ。……それより、セフィラはどこへ行ったの?」

『姉さまは、私と記憶の共有を行うと、すぐにどこかへ行ってしまいました』

「そう。まあすぐに戻ってくるでしょう。今日は疲れたわ」

 ソフィアを持ったまま、ベットに潜り込む。デルフリンガーは当然のように床に放置された。
 すぐにルイズが可愛らしい寝息を立て始めた。

『あ、ああ、……ルイズ様の息があたって……くすぐったいです。でも落ち着きます』

「盾の娘ッ子、嬢ちゃんを独り占めか?」

『今日はルイズ様とも姉さまとも兄さまとも離れ離れになって寂しかったんです。このぐらい……わがままになってもいいですよね』

「好きにしていいじゃねえか。それがわかってるから、嬢ちゃんは、おめえさんだけを抱き締めてんだろ」

『兄さま、そんな拗ねた声をしないでください。罪悪感を感じます』

「そんな声出してねぇ!」

「うるさいわよっ、デルフリンガー! マグマの中に捨て……るわ……すぅ、すぅ……」

「可愛げのない寝言だこと」

 今日もルイズ一家は平和なようです。




 事件の顛末その二。
 夜の森の中で。

『ふっふっふっふっふ、愛しの妹とルイズ様に手を出して、ただで済むと思っていたら大間違いよ』

「た、助けて……。つ、杖に殺されますわ!」

『おらおらおら、避けないと死ぬぞ! 死にたくなかったら、走れ、走れ! 走り続けろ!』

「わ、わたくしが悪かったわ。もう、ミス・ヴァリエールに手は出さないから! どうか命だけは!」

『それだけ声を張れるんだ。まだ余裕がありそうね。ブレイクハート、撃て!』

「きゃぁぁぁぁっ! 止めて、本当に死んじゃう!」

『優秀なメイジなんでしょう? ならば抗って見せなさいよ! ほらほら、たかが杖一本に負けるの? ダメね、ダメダメね』

「もうダメでいいですわ。だから、命だけでも助けてください!」

『そんなダメなメイジに生きる資格なんて無いわ。死になさい』

「うわーんっ! もういや、誰か、誰かぁ!」

 ちなみにこの鬼ごっこは既に三時間以上続いている。
 杖に追いかけられ続ける。それはきっと悪夢だろう。

 ベリンダはこれから三か月杖を持てなかったという。しかし、皮肉にも、命掛けの鬼ごっこにより様々な成長を遂げたベリンダは、強靭な精神と、ラインだったランクもトライアングルとなり、立派なメイジとなった。




 事件の顛末その三。
 そして、王宮では。

「モット伯の屋敷を学院のメイジが襲撃した、ですって? 犯人の名前は……。ルイズ? 今、ルイズと言いましたね、枢機卿! ダメよ、処分だなんて。 ああ、愛しのルイズ! 素敵よ、あなたはどこに行っても変わらないのね。モット伯の悪癖をわたくしが好いてはいないのを知って、お灸を据えてくださったのね! あら、何かしら、枢機卿。……二度も言わせないでくれるかしら、ヴァリエール家に手を出すようなことがあれば、あなたを本当に鳥の骨にするわよ。……黙りなさい! わたくしに逆らうおつもり? トリステインを好きにするのはいいけど、愛しのルイズに手を出すようであれば、わたくしにも考えがありますからね!」

 王宮には、幼き日のお遊び相手によって性格がすっかり変わったお姫様が居ましたとさ。



 フィーアがソフィアとライバル関係になったり、ルイズがシエスタの着痩せに気付いて何かをやらかしたり、ベリンダがルイズと協力関係になったり、姫様のルイズへの禁断の想いが目覚めるのは、またの別のお話。

番外編 ルイズのメイドの土産(前編)

2014.05.15 (Thu)
 これは、ルイズがトリステイン魔法学院に入学して間もない頃の話である。

「ソフィア、ここで大人しく待っていてね」

『畏まりました。ルイズ様、姉さま、お掃除頑張ってください』

『すぐに終わらせるからね、ソフィー』

『はい、姉さま』

「おいおい、俺は部屋の中なのか?」

『デルフは現場指揮よ。ソフィアを埃っぽくなるところに置いておくなんて考えられないから、デルフしか手が空いてるのは居ないの』

『兄さま……申し訳ありません』

「仕方ねぇ、妹の頼みとなっちゃあやるしかないぜ」

 昨日、実家から届いた大量の用途不明物達の整理も兼ねて、大掃除をする予定になっていた。
 セフィラは精神力の供給によって身動きを取れるが、ソフィアは自ら動くことができないので、部屋の外で待機することとなった。
 先に廊下へと出されたテーブルの上でソフィアは、寂しげな輝きを帯びる。

『うぅ……私は不甲斐ないです。自由に動けないばかりに、ルイズ様を働かせてしまうなんて。これは、自由に行動できる方法を模索するしかありません。そうすれば、ルイズ様のことをもっとサポートできます』

 ソフィアが思案をしていると、一人の女子生徒が廊下をルイズの部屋に向かって歩いてきていた。
 女子生徒――ベリンダの手には、紫色に濁った液体の入るフラスコが握られていた。ぶくぶくと泡立っているいかにも怪しい薬だ。
 中身は呪いの薬である。飲んだものの顔を醜くする、というもので、どういう仕組みなのかはファンタジーの一言で解決だ。

「ふっふっふ、ミス・ヴァリエール……今日こそ、その生意気な顔を無残なものへと変えてさしあげますわ」

 腰まで伸ばした金髪を優雅に払う。その髪は手入れが行き届いて綺麗なのだが、今は怒りによってまるで威嚇する獣のようにばさっと広がっている。青色の瞳も同じく、闇を秘めた恐ろしいものへと変貌していた。そこそこに整った顔立ちをしているのだが、それも怒りによって見るも無残なものになっている。
 そこまで彼女を変貌させたのはルイズである。
 ベリンダは、手の中でフラスコを弄びながら数日前の出来事を回想した。




「そこ、どいてくれます、ミス・ヴァリエール」

「冗談は顔だけにしなさい。わたしは誰かのために何かをするなんてありえないわ。わたしは常に与えられる側、尽くされる側なのよ。あなたがどきなさい」

 それは廊下での些細なやり取りのはずだった。廊下が会話をする集団で塞がれており、人一人分しか通る幅が無く、ちょうど向かい側から来たルイズと同時にそこを通ることになったのだ。
 しかし、あの対応である。譲り合いの精神などありはしない。

「生意気な口をききますのね。いいから、そこをどきなさい」

「わたしの言葉が聞こえていなかったの。さっさとどきなさい。あなたには無駄にする時間があるのかもしれないけど、わたしには一秒たりとも無駄にしていい時間はないの。下らない議論は必要ないわ。あなたが下がる。わたしが通る。これでいいでしょ」

「もうそういう問題じゃなくなりましたわ。これは、誇りとプライドをかけた戦いですのよ」

「ありもしない誇りやプライドをあなたはどうやってかけるの? 御託はいいからどいてちょうだい」

「……ますます、通す気がなくなりましたわ」

「あなたが決めることじゃないわ。それはわたしが決めることよ」

 一触即発の二人の睨み合いを恐れた集団は、そそくさとその場を去っていった。ルイズはもうベリンダに興味をなくし、開いた道を通ろうとする。しかしベリンダが立ち塞がった。

「行かせませんわ。あれだけわたくしのことを侮辱しておいて、ただで通れると思いまして」

「だから、それはあなたが決めることじゃないわ。二度も言わせないで。そんなことも二度も言わないと頭に入らない低脳と議論する暇はないの。幼児みたいに駄々を捏ねて、わたしの邪魔をしないでくれるかしら」

 開いた道を再び抜けようとするルイズだったが、ベリンダがまた妨害をした。

「……面倒ね。セフィラ、三枚に下ろしていいわよ」

『了解しました。ブレイクハート、起動!』

『ルイズ様! 流石にご学友を手に掛けるのは……。それに、たとえそうするにしても、ここでは目立ちます』

「時間の無駄ね。ソフィアの優しさに免じて、気絶させる程度で済ませてあげる」

 ルイズはいい加減面倒になったらしく、セフィラを構え、ベリンダの頭部付近に爆発魔法を使用した。
 結果、アフロヘアーのできあがりである。




 ベリンダは回想を終えると、再び怒りでその瞳を燃やした。ちなみに髪はカツラである。乙女の秘密である。

「許すまじですわ、ミス・ヴァリエール!」

 そんな彼女の目に、ぶつぶつと呟くソフィアの姿が入った。
 フラスコをちらりと見てから、ニヤリと笑う。

「こっちのが使えそうね」

 今だ自分の存在に気付かないソフィアへと手を伸ばす。
 その行動が、今回の騒動の始まりであった。




 掃除に一段落着いたルイズ達が廊下に出ると、テーブルの上に居たはずのソフィアの姿がなかった。

「ソフィア……? セフィラ、ソフィアは確かにここに居たわよね」

『はい、間違いありません。ま、まさか! ソフィーがあんまりにも可愛いから誰かが誘拐を!』

「っ! セフィア、早速捜索開始するわよ!」

『了解です、マスター。……ふっふっふ、ソフィーに手を出した者には手が滑ってしまいそうです』

「大丈夫よ、容赦無くやりなさい」

 ルイズとセフィラの背後には、ゴゴゴゴゴという文字が見え隠れしていた。
 すぐさまソフィア捜索に移った二人だったが、手がかり無しでは早々犯人を見つけ出せるわけがない。

『マスター、あるいは何かの拍子で床に落ちてしまい、そこを使用人に拾われたという可能性はないでしょうか?』

「それもありえるわね。ソフィアは人見知りをするから、初対面の人に口を開くのは稀だものね」

『ちょうど昼時です。まずは厨房に集まった使用人達に訊いてみましょう』

 二人は早速移動を厨房に向かった。

「……ソフィアにもしものことがあったらただじゃ済まさないわ。生まれてきたことを後悔させてやる。……まずは指先だけを爆発させ、次に目を抉り、四肢を爆発でもぎ――ふふふふっ!」

『ルイズ様、四肢は私が切り落とします』

「いいわよ。セフィラに譲ってあげる」

 物騒な会話をしていると、階段を上がってきたベリンダと目が合った。

「あら、ミス・ヴァリエール。御機嫌よう」

 ルイズはそれを無視して、階段を下りようとしたが、

「貴女の大切な杖だけど、ちっこいメイドが大事そうに持っていたわよ」

 ルイズの足がピタリと止まる。

「……そのメイドはどこに居るのかしら?」

「さぁ。昼食の準備があるから厨房じゃないかしら」

 ルイズはお礼も言わず再び歩き出した。
 その背中にベリンダは怪しく微笑む。ルイズに聞こえないように囁いた。

「きっともう、手遅れでしょうけどね」




 ルイズは怒りでまともに働かない頭で、思考をまとめつつ早歩きで厨房へと辿り着いた。
 厨房で昼食の準備で慌ただしい様子だったが、貴族――ルイズの訪問により一同、動きを止めて、お辞儀をした。

「ソフィアはどこかしら?」

 怒り心頭の余りセンテンスが少なくなる。
 厨房を代表して、コック長のマルトーが答えた。

「ソフィアは……」

 何か言い辛そうにマルトーが言葉を濁す。

「まさか……(ソフィアを所持したメイドは)シエスタ(でここには居ないのか)!」

 怒りで冷静さを宇宙の彼方へと飛ばしたルイズが突然大声を上げた。
 シエスタとはスペインなど地中海に面する地方での昼寝のことである。夏場は乾燥しており、日中の気温は35℃を超えるため、長い昼休みを取るのだ。

 何故、ルイズがそんな言葉を知っているかというと、異世界(才人の居た世界)の『地理学』の教科書を偶然手にし、今日行った大掃除の際に、そのワードを目にしたからだ。何故叫んだのかは、パニックになっていたからだろう。

「そうです……シエスタも」

「も……? よくわからないけど、とにかくソフィアはどこへ行ったのっ!」

「学院へたまにいらっしゃる、モット伯の――」

 マルトーが言い切る前に、ルイズは厨房を飛び出していた。
 犯人さえわかればこっちのものだ。早速そのモット伯の元へ向かう。
 確か、今朝に学院長室へと訪れるのを目撃した。可愛い可愛いソフィアを手にして何をするつもりなのかは知らないが、ともかく既に逃亡を図ろうとしているに違いない。

「セフィラ、戦闘準備よ」

『ブレイクハートを起動します』

 疾風となって廊下を駆けるルイズ。手に握られたセフィラが淡く発行し、宝石へとその光が集束された。
 学院から飛び出し、真っ直ぐに校門まで向かった。




 ルイズは視線の先に、馬車を捉えた。恐らくはあれが犯人の馬車だ。

「ふふふっ、逃がしはしないわ!」

 全力で踏み出すルイズだったが、まるでそれを嘲笑うかのように馬車は走り出してしまった。

『撃ちますっ!』

 セフィラの宝石から眩い閃光が放たれる。しかし、射程外だったのか、地面を抉るだけだった。

「…………セフィラ、ソフィアのサポート無しでもできるわよね」

『もちろんです、マスター。私とマスターに不可能はありません』

 遠ざかる馬車を睨みつけ、ルイズはセフィラをそっと胸に当てた。
 セフィラはリミッター解除され、剣の姿となり全力のサポートを開始する。

「第六のセフィラ『|空翔る黄金の騎士《ティファレト》』」

『術式を構築します。風の系統が不足がちなので、使用時間は非常に短くなりますが、よろしいですか?』

「構わないわ」

『了解です、マスター』

 セフィラから精神力が溢れ出る。その流れをサポートするソフィアが居ないために、安定するまでに時間が掛かった。遠ざかる馬車の姿で焦りが増す。

「落ち着いて、セフィラ。いつも通りにやればできるわ」

 ルイズはセフィラの鍔をそっと撫でる。
 すると、術式が安定を取り戻し、発動まで持っていけるところまで来た。

「|天使の王子《ミカエル》よ、悪を仇なす神の代行者たるその力、我が身に宿せ」

 詠唱に答えるようにルイズの体がふわりと風に包まれた。才人がガンダールヴを発動させた時のように、体が羽のように軽くなる。ルイズの背中で風が荒れ狂っていた。

「――イツァムナー、エロハ、ヘット、アレフ」

 最後の呪文を口にする。
 その瞬間、ルイズの背から黄金に輝く一対の翼が姿を現した。それは精神力によって形作られた速さの象徴であり、本物の翼では無い。セフィラは剣身から柄まで黄金色に輝いていた。

「セフィラ……全速力っ!」

『マスターのお心のままに』

 ルイズの願望をセフィラが形にする。
 翼を一度羽ばたかせると、ルイズの体は竜にも及ぶ速度で疾走した。




 モット伯の馬車に追い付いたのは、屋敷についたところだった。
 ソフィアのサポートが無かったために、すぐに術式は崩れ、結局は徒歩で追い掛ける羽目になったためだ。ルイズ曰く、

「これは作戦よ。移動中の馬車からソフィアを回収するのは危険が伴うわ。ソフィアを危険な目に遭わせないためにも、屋敷に着くのを待つことにしたのよ」

 とのことだ。
 そして、現在。屋敷のエントランスホールにて、ルイズはモット伯と対峙していた。それを見守るのは、シエスタとソフィアとソフィア。決してタイプミスではない。

『ルイズ様、申し訳ありません。私に姉さまのような力があれば……』

「いいのよ、ソフィア。あなたには戦いは似合わないわ。そのままのソフィアがわたしは大好きよ」

『ル、ルイズ様! うぅ……嬉しいです、その言葉だけで私は生きていけます』

「はぅっ! ミス・ヴァリエールが大好きってソフィアのこと、大好きって!」とメイドの方も何故か喜んでいた。

 そんな二人のラブロマンスは、戦闘中に行われている。

「この『波濤』のモットの前で随分と余裕だな」

「そうでもなくちゃ、悠長に会話なんてしないわ。やはり、盛っているだけのただの馬鹿ね、あなた。どこぞの赤髪とよく似ているわ」

「なっ! 言ってくれるな、たかが学生のメイジがっ!」

 モット伯が杖を振るうと、飾られた花瓶が倒れ水がこぼれ出る。それを用いて、氷の柱を作り上げた。

「屋敷への侵入、そしてその生意気な態度、数々の私への侮辱。死の覚悟はできているのであろうな?」

「死は覚悟するものではないわ。ただ来るべき時に受け入れるものよ」

 ルイズは腰に差していたセフィラを抜き放った。今だ剣の姿のままである。

「ミス・ヴァリエール、危険です! モット伯はトライアングルメイジなんですよ!」

 シエスタが悲痛な声を上げた。
 その隣に居た、小柄なメイド――ソフィアは震えを押さえるためにソフィア(杖)をぐっと握り締める。

「モット伯、や、やめてください。わたしはなんでもしますから、ミス・ヴァリエールを――」

 気丈に奮い立つソフィアだが、その青色の瞳は怯えの色を隠せてはいなかった。

「ふんっ、どうするかな、ミス・ヴァリエール。今ならこの二人に免じて無罪放免としてやってもいいが」

「それを決めるのはあなたじゃないわ。わたし自身の罪はわたしが認識し、背負うものであって、他人に与えられるものではないのよ。喋ると馬鹿がばれるわよ。まあそんなアホ面では隠しようがないかしらね」

「ぬぐぅ……。本当に死にたいようだな。ならば、お望み通りにしてやろう」

 モット伯が杖を振るうと、空中に浮遊していた氷の刃がルイズへと殺到した。
 ルイズはそれをセフィラで打ち落としていく。しかし、数が多いせいか、次々とルイズの肌に切り傷ができていった。致命傷は受けていないが、確実にダメージは蓄積していっている。

「くぅっ! やっぱり、熟練のトライアングルは洒落では済まされないわね」

『マスター!』

 氷の柱の一本が、ルイズの左肩に突き刺さった。ルイズは痛みで顔を顰めたが、手の動きは止めず、応戦を続ける。その剣捌きは精彩を欠いていた。屋敷まで来るのに使用した魔法による疲労と、戦闘での手傷が原因だった。

「ミス・ヴァリエール!」

 ソフィアが悲鳴を上げた。シエスタも見ていられないのか、両手で目元を覆った。

「シエスタ、ミス・ヴァリエールが! どうにかできないの!?」

「ダメよ、メイジ同士の戦いに平民の私達が入ったところで、どうにもならないわ」

 シエスタは目を伏せて首を横に振った。

「でもっ!」

 ソフィアにとってルイズは両親の命の恩人である。七年前の『アルハザードの悲劇』で、ソフィアの両親はアカデミーの協力員のために現場に居た。その時、ルイズによって救われたのだ。それを伝え聞いたソフィアはヴァリエール家だけは他の貴族とは違うのだと理解し、尊敬していた。

 戦闘は一方的なものへとなっていた。
 モット伯が、守衛の用意した水で次々と氷の柱を作り出し、ルイズへと飛ばし続ける。ルイズはそれをひたすら回避と、防御で凌ぎ続けていた。

『会話から察するに、あなたはソフィア様でよろしいですね?』

 ソフィアに握られたソフィア(杖)がぴこぴこ点滅した。

「えっ? あ、はい」

『私もソフィアですが、ややこしいのでソフィーとお呼びください。それで、お願いなのですが、あなたが本当にルイズ様のお力になりたいというのなら、私をルイズ様に届けてください』

「でも、どうやって?」

『できるだけルイズ様に近付いてください。そして、モット伯の攻撃には自ら氷の柱を精製する間の一瞬の隙がありますので、そのタイミングを見極めてわたしをルイズ様に投げてください。もちろんあなた自身にも危険が伴います。それでもよろしかったら、協力して頂けませんか?』

 戦場を見たソフィアは恐怖で震えた。さっきは思わず駆け出そうとしていたが、冷静になり改めて見ると、足が竦んだ。今からあそこに近付いて、ルイズへと杖を投げ渡す。
 無理だ。自分にはできない。

『無理にとは言いません。ここであなたが拒否しても、誰もあなたを恨みません。怖いのは当然です』

「でも、でも、わたしは……」

 ソフィアの瞳から涙が流れる。俯いた拍子に、長過ぎる前髪がソフィアの目元を完全に隠した。元々自信が持てない性格は、こうしてモット伯に声を掛けられるほどの容姿を髪で隠すほどのものだ。
 今こそ恩返しができる。でも、足が震えて動かない。迷いを拭えない。

『これはルイズ様の言葉なのですが、『迷う内は立ち向かっている証。逃げという選択肢を選ばない限り、人は挑戦を捨てていない』。押し付けがましくなりますが、あなたはまだ……行けます』

 踏み出せないけど、逃げてはいない。確かにソフィアはまだ逃げていなかった。
 迷うソフィアの肩に、シエスタの手が置かれる。

「ソフィア、私が行く」

 シエスタの目には覚悟があった。
 それに触発され。ソフィアの瞳も輝きを放った。

「いいえ、わたしがやります」

番外編 魔法学院の悪魔

2014.05.15 (Thu)
 トリステイン魔法学院の入学式は、アルヴィーズの食堂にて執り行われていた。
 緊張の面持ちの新入生約90名の前に、ずらりと教師達が並んでいた。真ん中には何故かぼろぼろの学院長が、コルベールに支えられ立っていた。

 教師人と向かい合って、ルイズは代表生徒として誓いの言葉を述べていた。
 この代表生徒は、入学試験……というより、クラス編成のための適性試験で首席を取ったものが行う。ルイズはその試験で断トツ一位を飾っていた。
 ルイズの朗々とした声が食堂内に木霊する。

「――さて、ここに集まった新入生一同は未来を担う逸材になるかは、今後の努力によりますが、果たして魔法の努力とはなんなのでしょうか。精神力を鍛える。魔法の使用の効率化をする。新たな魔法を開発する。ルーンを深く理解し、魔法にアレンジを加える。スクエアメイジを目指す。確かにどれも立派かもしれません。しかし、根源的に魔法というのは、人類全体に当てはめると、極一部の者しか扱えない先天的な才能であり、決して必要不可欠なものではないというのを理解してもらいたいです。わたしの持論では――」

 しかし内容は既に誓いの言葉から逸脱し、よくわからない方向へと向かっていた。明らかに魔法学院への存在意義へと懐疑した内容だったのは、ルイズの子どもっぽい反骨精神が成すものかもしれない。
 ほとんど捨てられる形でこの魔法学院に入れられた、とルイズ自身が思っているため、ちょっとした八つ当たりでもあった。

 学院長の話が早々に終わって、すぐに解散できると思っていた生徒達は、ルイズの長過ぎる演説に辟易としていた。
 もちろんルイズは周囲の非難の視線や、今にも飛び掛かってきそうな教師達の殺気をそっちのけに演説を続ける。

「――ここで登場するのが、わたし達が日々見下す存在である平民の技術なわけです。要するに――」

「なにそれ! トリステインでは随分と変な名前をつけるのね!」

 意気揚々と饒舌を披露するルイズだったが、それを阻む声があった。
 新入生の中で、赤髪の少女が笑い声を上げていた。その隣では、我関せず読書をする青髪の少女の姿があった。

「そこのあんた、一体なんのつもりかしら」

 ルイズはストレス解消のための演説を遮られ、赤髪の少女を睨んだ。

「あら、ごめんなさい。続きをどうぞ」

 悪びれた様子もなく赤髪の少女は答えた。
 ルイズの頬がぴくりと引きつる。近くまで歩み寄って、近距離から睨みを利かせた。
 百戦錬磨のルイズの眼光は、赤髪の少女を硬直させた。しかし、それも一瞬で、赤髪の少女は不敵な笑みを浮かべた。

「あなた誰?」

 ルイズは自分の眼光に耐え切る赤髪の少女の評価を改める。

「ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

「へぇ。あたしはキュルケ・フォン・ツェルプストーよ」

 二人は示し合わせるように、ふん、っと鼻息を荒くした。

「まさか、ここでお隣さん……しかも、あんたに会うとはね。随分と成長したじゃない。またやられに来たのかしら、ワンちゃん」

「ええ、お蔭様で。それにしても、あなたは幼児体型のままね。脳に記憶するのも億劫で完全に忘れたつもりだったけど、そのままの姿で現れたら流石に思い出したわ」

「まだ成長期まっただ中なのよ。これからよ」

 ルイズはさっと胸に手を当てた。そのまま視線を逸らして、本を読む少女に目を向けた。

「あんたもいい度胸ね。このブリミルを超える逸材と言われたわたしの演説を無視して、読書に励むなんて」

 青髪の少女はルイズを無視して本を読み続ける。

「……わたしに言葉を無視するのは万死に値するわ」

 ルイズは青髪の少女から本を取り上げた。
 青髪の少女が無言で非難の視線をぶつけてくる。

「いい目をするわね。でも、渡さない。この式が終わったら渡してあげる」

「…………」

「その沈黙は、了承ということにするわね」

「返して」

「返す? 何を勘違いしているの。わたしのものはわたしのもの、あなたのものもわたしのもの。そもそも世界はわたしのもの。返して、とは図々しいわね」

 ルイズは返答を待たずに踵を返し、演説に戻った。
 微熱と雪風、二人とのファーストコンタクト(キュルケとは再会)は最悪なものだった。




「それでは、座学が優秀なミス・ヴァリエールにやってもらおうか」

 座学の部分をやたらと強調して言う風の授業担当の教師――ミスタ・ギトーに指示され、ルイズは好奇の視線に晒されながら、生徒の輪になって並ぶ中心に立った。

「『フライ』は風の初歩中の初歩だ。今年は不作だが、これぐらいできるだろう」

 ルイズはソフィアを手にする。握る手が幾らか強かった。

『ルイズ様……』

 気遣うソフィアに微笑みかけ、ゆっくりと詠唱した。

「イル、フル、デラ、ソル、ウインデ」

 フライの詠唱を終えると、突如、ルイズの前方で小さな爆発が起こった。
 ギトーは眉をひそめた。

「ミス・ヴァリエール、私はフライをやれと言ったのだ。どうして火の系統を使う」

 ルイズは再びフライの詠唱をする。
 また爆発が起きた。
 周りを取り囲んだ生徒達から、嘲笑が漏れる。中には中傷の言葉もあった。

「フライもできないのか」「そういえばヴァリエール家の三女は、平民と一緒でチャンバラごっこが得意らしい」「なにそれ、ああ、魔法が全然ダメだから」「火の系統は使えるみたいだけど、あんなちんけな炎しか出せないのか」「よく、学院に通ってられるよ。僕だったらとっくに首をつっているね」

 ルイズは無言でそれらを聞き流す。ソフィアは怒りに震えていた。
 自分に系統魔法の才がないのは自覚しているので、事実として聞くだけだ。今更なのだ。だが、新天地でも同じ扱いをされ、ルイズは歯噛みした。

 どこまでも魔法が自分を縛り付ける。このハルケギニアという世界は、どうして魔法などというものを生んだのか。ルイズの脳内にあるもう一つの世界は、わかりやすい形の魔法は無く、また秘匿にされているので、魔法至上主義などはなかった。

 もちろん魔法がなくともいじめや差別は存在する。だが、魔法という強大な力がなければ、貴族と平民はここまでの格差を生まなかったに違いない。
 ギトーはルイズを見下ろした。その目は嘲りの色があった。

「本当に座学だけが優秀なようだな。使用できる魔法は、火の系統だけか?」

「……これしか使えません」

「仕方ない。他の者が手本を見せてやれ」

 こうして、ルイズは様々な授業で魔法ができないことを晒し、『ゼロ』というあだ名を得た。本人はその呼び名自体は気に入っていた。




 新入生歓迎の舞踏会にルイズは参加しなかった。
 理由は面倒だったからだ。それを正直に伝える訳にはいかないので、体調不良ということになっている。
 ルイズは自室にこもって、杖の姉妹と、デルフリンガーと共に、ささやかなパーティーを開いていた。

「嬢ちゃんよ、本当にこんな調子でいいのか? 孤立するぜ」

 ルイズに錆だらけの刀身を撫でられていたデルフリンガーが言った。

「わたしの偉大さを理解できない俗物共と付き合うつもりはないわ」

『ルイズ様……。私はルイズ様に従いますが、もう少し人付き合いは考えた方がよいかと』

「ソフィア達が居れば充分よ」

『マスター、私達は人間では――』

「人間よ。どういう形であろうと、どんな境遇であったとしても、あなた達は人間なの。わたしの大切な家族なのよ」

 ルイズは三人をまとめて抱き締めた。
 温かい空間を漂わせていたのだが、突如ドアが開かれた。

「ヴァリエール、幾らなんでもやり方というのがあるじゃないかしら? あれは子どもの悪戯では済まされなくってよ」

 入ってきたのはキュルケだった。パーティーに参加していたはずだが、そのいでたちは学院の制服だった。その後ろには無言でこちらを威圧するタバサの姿もある。同じく制服姿だ。
 ルイズは二人が杖を手にしているのを見て、そっとソフィアを構えた。




 時は少し遡る。
 キュルケは持ち前の美貌で多くの男子生徒を魅了していた。
 舞踏会はまさに彼女のものであるようだった。同級生、上級生問わず多くの者が取り囲み、さながら女王様のようであった。

 男子の数と同じぐらいに、女子の嫉妬を浴びていたが、キュルケはどこ吹く風。寧ろ女子達をからかうように笑みを浮かべたりしていた。
 だから、こうなるのも当然だったのかもしれない。

「あら?」

 キュルケを襲ったのは小さな火球だった。しょぼしょぼと着火の呪文にすら劣りそうな弱々しい炎が、黒のパーティードレスに引火した。トライアングルクラスの炎の使い手であるキュルケ自身にはたいしたダメージはなかったが、ドレスはそうもいかず、黒は黒こげになってしまった。

 ドレスは灰になってぼろぼろと崩れ去り、キュルケの豊満な肢体は衆目に晒された。
 エスコートしていた男子生徒は鼻を押さえて紳士的に振舞おうとするが、あえなくノックダウンし、大量の鼻血と共に床に伏した。それだけ見れば殺人現場である。
 近くに居た女子生徒が悲鳴を上げ、パーティー会場は慌ただしくなった。そうなれば騒ぎの中心であるキュルケへと注目が集まる。

「暑かったから、ちょうどいいぐらいだわ」

 本人は気にしたふうもなく堂々と振舞い、ソファに踏ん反りがえった。
 キュルケは一体誰がやったのか思考した。そんなキュルケにマントを差し出す男子生徒が居た。

「災難だったね」

 キュルケはマントを受け取り、男子生徒の顔を見た。見覚えがある。確かクラスメイトのド・ロレーヌとかいう生真面目な奴だった気がする。タイプではなかったので詳しくは覚えていない。

「あの、カーテンの陰に犯人らしき影を見かけたんだが……」

「ふーん。それで?」

「えっと詳しく話したらデートしてくれるかい?」

 積極的ではないが自分のファンだったのかと、キュルケはにやりと笑う。

「いいわ。言ってごらんなさい」

「小柄な子だった。きみに向かって杖を振っていたから間違いないと思う」

「顔は?」

「よく見えなかった。でも、カーテンにこんな髪がついていた」

 ロレーヌがポケットから一本の長い髪を取り出した。

「桃色がかったブロンド……ね」

 キュルケは遠回しな挑戦状を受けて、くつくつと笑った。
 お礼をおざなりに済ませ、パーティー会場を睥睨した。犯人らしき姿はない。パーティーが始まってから一度も目にしていないから、あるいは参加していないのかもしれない。
 キュルケはロレーヌから受け取ったマントを羽織って、パーティー会場を後にした。




 タバサは大量のハシバミ草をたいらげて、満足がいったところでパーティー会場を後にした。
 静かな場所で読書がしたい。新しく買った本が部屋にあった。そうだ、それを読もう。親しい者にしか気付けない表情の微妙な変化で嬉々としていた。
 だから、部屋の惨状を見た時、タバサの心に吹いた冷たい風は、いつも以上に冷たかった。

「…………」

 本棚が焼け焦げ、読もうと思っていた本が無残な姿で床に転がっていた。
 タバサは床の本を拾い、そっと灰を払った。それだけで、本はもろく崩れてしまった。くまなく部屋内を見渡すと、床に輝く何かが落ちていた。
 指でつまむと、それは桃色の髪だった。

 入学式での尊大な少女とのやり取りを思い出す。結局、本は帰ってきたが、随分と無為な時間を過ごす羽目になった。タバサは根に持っていないが、覚えてはいた。
 まさかあのことを今だ恨んでいるのだろうか。タバサは理由を考えた。

 そういえば、あの少女は魔法の才がとことん無いらしいというのを噂で聞いた。タバサはドットと偽っているが、その実力の片鱗を披露してしまっているので、それに対し嫉妬しているのだろうかと考えた。

 聞くところによると、同学年で結局フライができなかったのは彼女だけらしい。そして、一番素早くできたのがタバサだ。よく教師や同級生が比較していた。聞く気はなかったのだが、しつこく教師が声を掛けてくるので記憶している。

 自分を無視する奴が自分以上にできる、それが許せなかった?
 人間とのまともなコミュニケーションを断って久しい。間違っているかもしれない。だが、この髪は明らかな証拠。ここまで美しい髪をした者は学院内に二人として居ない。

「…………」

 タバサはドレスから制服へ、手には身の丈を超える大きな杖を手にし、部屋を出た。




 沈黙を挟んでから、ルイズはキュルケに向けて言った。

「突然の訪問と、意味不明な言動……犬にはやっぱり人間の文化は理解できないのね」

「うるさいわね。あれだけの恥をかかせたのよ、ただじゃおかないわ」

「だから、意味がわからないわ。被害妄想だったらよそでやってくれるかしら。こちらは忙しいの。低脳な犬とお話している余裕はないのよ」

「もういいわ。なら、実力行使に出させてもらうから」

「ほう……負け犬が、再びわたしに挑むか」

 ルイズはソフィアを腰に差し、デルフリンガーを右手に持った。

「もう言葉不要ね、ヴァリエール!」

 キュルケの杖の先端から炎が迸る。人間の頭部ほどの大きさの火球が、ルイズを目掛けて飛んできた。

「セフィラ!」

 ルイズはセフィラに呼び掛け、窓ガラスを割って脱出を試みた。

『マスター、掴まってください』

 地面目掛けて自由落下するルイズは、追い付いたセフィラを柄を掴み、ゆっくり下降していく。
 窓を見上げると、フライを使ってキュルケとタバサが追ってきていた。

「ソフィア、わたしは何かしたかしら?」

『わかりません。少なくとも今日は、何も大きな問題は起こしていないと思います』

「わたしも皆目見当がつかないわ……。まさかルイズ教の誕生を恐れた、誰かの陰謀かしら」

『ありえますね。マスターの偉大さ、そしてその影響力を恐れて、ブリミル教が動いたのかもしれません』

「嬢ちゃんは手広くやってるからな、確かに敵は多い」

 着地したルイズは、セフィラを懐にしまい、ソフィアを左手に構えた。
 すぐにキュルケとタバサも着地した。ぎらぎらと剣呑な眼光を宿す二人と対峙し、ルイズは意識を切り替える。戦闘に適した冷徹な自分を呼び覚ます。

「恥をかかされたお礼、きっちりとしてあげる」

「本の恨み」

 よくわからない発言にルイズは首を傾げた。
 しかし、二人の様子を見るに簡単には止まりそうにない。ここは『お話』するしかない。主に肉体言語で。もちろんボディランゲージなどという生易しいものではない。

「理由はさっぱりだけど、確かにこの学園に入って退屈してたの。ちょうどいいわ、二人にはストレス解消の役に立ってもらう」

 ルイズの黒い瞳が怪しく輝いた。

『ルイズ様、いつでも行けます』

「頼もしいわね」

 緊張が最高潮に高まった時、三者同時に魔法を発動した。

「フレイムボール!」キュルケの呪文で、巨大な火球がルイズをロックオンした。
「ウインド・ブレイク!」タバサの呪文によって火球がその勢いを増す。

 見事なコンビネーションだった。

「術式構築、範囲限定……『エトランジェ』!」

 ルイズの魔法によって、対峙する二人の立つ地面が小さく爆発し、崩れる。二人は足を取られ、隙ができた。

「っく……フレイムボール!」

 キュルケは体勢を崩しながらも、火球をコントロールし、ルイズのもとまで誘導する。
 高速で接近した火球をルイズはデルフリンガーを使い、一刀両断した。髪が少々焦げ付いたが気にしない。

「甘い……。平民の武器を馬鹿にするけど、メイジ殺しもまた平民なのよ」

 ルイズはデルフリンガーを地面に突き立てた。
 タバサは武器を下ろしたルイズに向かって、容赦無く攻撃魔法を放った。
 ウィンディ・アイシクル。先の尖った氷柱がルイズに向かって殺到した。致命傷は避けているが、大怪我は避けられない軌道だ。

 キュルケも追加の詠唱を始めていた。お互いをお互いがカバーする。即席だというのに本当によくできたコンビね、とルイズは感心した。

『ルイズ様、術式展開可能です』

「流石はソフィアね……。『レクイエム』!」

 ルイズのすぐ前で爆発が発生する。しかし衝撃以外はその空間以外に伝わらない。大きな爆発が一度に見えたが、実のところは小規模な爆発が立て続きに起きて、一回に見えるだけだった。その爆発が、迫り来る氷柱を迎え撃つ。数本逃したが、かすり傷程度で済んだようだ。

 爆風が巻き起こり、砂埃が当たり一面を覆った。三人はそれぞれ衝撃に備えて距離を置いていた。
 砂埃が晴れ、視界が空けると、キュルケとタバサが杖を下ろしていた。

「やめやめ、全くの勘違いだったわ。はぁ……あたしも焼きが回ったかしら」

 キュルケのけだるげな声にルイズはソフィアを下ろした。

「元から状況がさっぱりだったけど、本当にどうなっているの?」

「どうやらはめられてみたい。まあ最初から変だと思ってたのよね」

「真犯人」

 ルイズが首を傾げていると、タバサが草むらを杖で差して、呟いた。




 ロレーヌは草むらに潜み、三人の戦闘を見てほくそ笑んでいた。横にも同じような笑みを浮かべる女子生徒が数人居た。

「うまくいった。これで、あの理論馬鹿に痛い目を合わせられる」

「それに、生意気なツェルプストーと、タバサとかいう女も、学院に告発すれば処罰されるわ。貴族同士の決闘は禁止されているもの」

 ロレーヌは数日前の出来事を回想した。
 あれは、模擬戦闘の授業だった。3クラス合同で行われ、ロレーヌは自慢の風の魔法で次々と相手を倒していた。何人目かの相手でルイズが出てきたのだ。他クラスだが、噂はよく聞いていた。

 最弱のメイジ。それがルイズの評価だった。
 だからロレーヌは風についてとことん語ってやり、そして自慢の魔法で一撃で蹴散らしてやろうと思っていた。

 しかし、予定とは大きく変わった。
 教師の始め、という合図で戦闘が開始され、

「ミス・ヴァリエール。ぼくは――」

 そこまで言ったところで、ロレーヌは気絶した。目覚めたのは授業終了後で、鏡を見たらなんとそこにはアフロの少年が映っていた。
 こちらが口上を述べている最中に攻撃とは、貴族の礼儀に反する。やはり、不意打ちをしなくては勝利を掴めないレベルで、そういう卑怯をいとわない人間なのだと認識した。

 ぼくに恥をかかせたことと、不意打ちという卑怯な方法への罰を与える。ロレーヌは自分は正義なのだと思いこんでいた。また、別件でタバサにも恨みがあった。

 女子達は主にキュルケに恨みがあった。彼氏を取られ、それに対し謝罪どころか失礼な態度を取ってきたのだ。復讐しなくては気が済まない。タバサに関しても、プライドの高いトリステインの貴族である彼女達は、無視されたことを、舐めた態度として捉えていた。

 今回の騒動の黒幕達は、戦闘の推移を見守っている内に戦慄した。

「なん、だよ……あれ」

 ロレーヌは、自分が理論馬鹿と蔑んだルイズが、目の前で巨大な火球を叩き切っているのを見た。続いて、ウィンディ・アイシクルも防ぎ切ってしまう。

「どうして、ドット以下のヴァリエールがあんなに……」

 黒幕達は何も知らない子どもだった。メイジの強さがランクに直結する、と考えるのは確かに早計とは言い難い。しかし、ランクが低ければ弱い、というのは確実に間違っている。そして何よりもルイズとは捉え方が違う。魔法を最強の武器とする彼らに対し、ルイズは魔法を一つの手段ぐらいにしか考えていない。
 砂埃が晴れ、呆然とした彼らは気を取り直した。

「問題ない。奴らが決闘した事実は変わらないんだから。計画通りだ」

 どんなにルイズが強くても、あの二人のレベルを見るに、きっと押さえ切れる訳がない。ならば結果的には痛い目に合う。そしてすべて終わったら、告発し三人に罰を与えればいいのだ。

「やめやめ、全くの勘違いだったわ。はぁ……あたしも焼きが回ったかしら」

 しかし、目論みはすべてキュルケによって崩された。

「な、何故っ!?」

 ロレーヌは思わず身を乗り出した。タバサと目が合った。

「真犯人」

 杖で差され、ロレーヌは慌てた。
 とにかく誤魔化さなくては、と草むらから出る。

「あら、さっき振りね」

 キュルケが妖艶な笑みで迫まってくる。ロレーヌは思わず後ずさった。後ろに続いていた女子生徒の顔が青くなっている。

「あ、ああ。それより、き、貴族同士の決闘は禁止され……ひぃっ!」

 ロレーヌの震える声をキュルケが杖を向けることで遮った。

「これは決闘なんかじゃないわよ。宣言もしていないしね。そう、これはただの魔法の訓練よ。それよりも気になることがあるんだけど、いいかしら?」

「いや、あれが決闘じゃないならいいんだ。ちょうど、さ、散歩中でね、それでは」

「あら、散歩ならあたしがお礼ついでに付き合ってあげるわ」

「け、結構です」

 ロレーヌはキュルケを振り払い逃げようとする。
 しかしタバサが立ち塞がった。大きな杖を構えている。

「そ、そこをどいてくれないかな」

「聞こえていた」

「何がかな?」

「『問題ない。奴らが決闘した事実は変わらないんだから。計画通りだ』」

 一言一句間違えることなくタバサに復唱され、ロレーヌは冷や汗をだらだらと流す。
 キュルケは呆れたように腰に手を当てた。

「それが聞こえなくても、戦闘は止めていたけどね。現にあたしは聞こえなかったし。あなた達、『強者は強者を知る』って言葉はご存知? あたし達トライアングルクラスになれば、相手の力量ぐらい測れるわ。ましてや自分にかけられた呪文の程度と違いは一目瞭然……んー、この場合は一撃瞭然ってとこかしら」

「ど、どういう意味だよ?」

 まだわからないの、とキュルケは溜め息をついた。

「ホールであたしのドレスを焼いた魔法と、ヴァリエールの魔法は違うって言っているのよ。程度の差っていうより、根本的に違うみたいだけどね。もし、ヴァリエールがあたしのドレスを燃やそうとしたら、あたしは消し炭になってたわね。少なくとも五体満足ではいられなかったわよ」

 タバサの眼光が吹雪のように感じられて、ロレーヌは懇切丁寧なキュルケの解説も相まって、震えが止まらなくなっていた。

「それじゃあ皆さん、地獄ツアーへようこそ」

 キュルケが踊るようにステップを踏みながら火球を放った。その後ろでタバサがウィンディ・アイシクルの詠唱を始めていた。ロレーヌ達は逃げるで精一杯のようだ。
 一人蚊帳の外のルイズは状況を見守るのも飽きたのか、ソフィア達とお喋りを始めていた。




 自室に戻ったルイズは家族会議を開いていた。

「ねえソフィア、今回は完全に巻き込まれた、と解釈していいのかしら?」

『問題ないと思われます。おいたわしや、ルイズ様』

「……発言がババ臭いわよ」

『そ、そんな……。姉さまと一緒に『これであなたもバトラー!』で学んだのに……』

「セフィラはきっと、バトラーをバトルする人と勘違いして読んでいたのね。執事になってどうするの。全くセフィラには困るわ。ソフィアはダメよ、戦闘狂になっちゃ」

『マスター、私は戦闘狂ではありません。バトルジャンキーです』

「変わらないわよ」

『でも、姉さまの生き生きとした姿を見るのは好きです。加減を覚えてくださると嬉しいのですが』

『ソフィー、私は禁欲と我慢とマスターの敵と、ソフィーを誑かす奴が大嫌いなのよ』

「剣の娘ッ子は相変わらずこえーな」

「学園に入って武者修行も一旦止めたことだし、これを期にセフィラをメンテナンスも兼ねてアカデミーに送ろうかしら」

『そ、そんな! マスター!』

『ルイズ様! どうか姉さまを見捨て……てて、なな、いい……あ、ああれ、なななにか変です……よ』

「ソフィア!?」

 ルイズはテーブルの上で小刻みに震えるソフィアを手に取った。すぐに点検したが、外傷は見当たらない。

『マスター、ソフィーと同期してみます』

「お願い」

 セフィラとソフィーの宝石が触れ合う。同調し、同じ感覚で点滅した。やがて、発光が強くなり、常時点灯になる。

『……どうやら、ウィンディ・アイシクルを受けて、内部にダメージを受けてしまったみたいです。マスター、これぐらいなら朝になるまで安静にしていれば、自動修復で治ります』

「そう……よかった。それじゃあ、犯人を始末しましょう」

 ルイズが黒い笑みを浮かべる。どう料理するか考えているようだ。

『マスターのお気持ちはわかりますが、どうかソフィーの側に居てもらえないでしょうか? 犯人は私が仕留めます。ですので、ソフィーの治療をお願いしてもよろしいですか? できるだけ早く妹には元気になってもらいたいので……』

「わかったわ。わたしの分までお願いね。殺してもいいわ。……犬と青髪は流石に厳しいだろうから、黒幕をお願いね」

『了解です、マスター』

 セフィラはフライを使って、窓から部屋を出た。

「嬢ちゃんはやっぱり身内には優しいね。ははっ、にしても剣の娘ッ子の折檻……いや、地獄とは、学生如きが耐え切れるかね」

「その時はその時よ……」

「やっぱ嬢ちゃんこえーよ」

「そんなに褒めないで」

「…………」

『るるる、ルイズ様……すて、すてっき、ですぅ』

 今日のルイズ一家は物騒なようです。




 塔で逆さ吊りにされていたロレーヌ達は悪魔と出会った。

『ブレイクハート、起動。すべてを葬り去る!』

「こ、殺さないでくれ! し、死にたくない! 死にたくない!」

『運が悪くなければ死なない。行くぞ、これが私の全力全開、フラグブレイカー!』

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」

 その日、学院の塔が一つ破壊された。
 そして、ハゲの生徒が複数誕生した。彼らがどうしてハゲになったのか、それは本人達が恐怖の余りに数日間の記憶を消してしまったため、何が原因なのかは解明されなかった。
 また、どうしてか彼らは杖を極端に恐れ、数ヶ月の間、杖を握ることができなかった。


 そして、次の日、似た現象はキュルケとタバサにも起こっていた。
「悪魔を見た気がする……」とキュルケは証言した。その手はかすかに震えていた。
「…………」とタバサは無言だったが、本のページが一向に進んでいないことから、何かしら支障があるようだ。

 同じ記憶の喪失を抱くキュルケとタバサは次第に仲を深めた。
 しかし、真実は今だ闇の中である。

エピローグ ルイズの使い魔

2014.05.09 (Fri)
 才人とデルフリンガー遠巻きになって家族の触れ合いを見守った。心なしか、才人の瞳は潤んでいた。

「どうした相棒?」

「いやさ、家族っていいよなって思ったんだよ。もう二度と会えないかもしれないっていう状況で気付くなんて本当に俺って馬鹿だよな」

「そういうもんさ。失って初めて気付くことの方が多い」

「そんなもんなんかね」

 オスマンが言っていた話を信じるなら、この世界には恐らく才人以外にも何人か世界を超えてやってきているのだ。その人達も召喚で呼ばれたのだろうか。あるいは、自由に行き来する方法が実はあるのだろうか。
 何一つわからない。
 だけど、一つだけ言えるのは――

「才人、そんなところで突っ立ってどうしたの? さっさと、こっちに戻ってきなさい」

「了解ですよ、ご主人様」

 才人の返答にルイズが眉を顰めた。
 そんな顔に才人は苦笑する。

 ――ここでの生活も悪くない、と思い始めている自分がいることだ。




 パーティーは馬鹿騒ぎ(セフィラVS才人、ソフィアVSフィーア)に発展し、混沌を極めた末に、お開きとなった。ルイズは一人微笑みながらワインを飲んで見守っていた。まさに母親ポジションであった。

 全員で片付けをやり、フィーアは食器を返すために厨房へと戻っていった。ソフィアとセフィラは空の散歩とはしゃぎ過ぎで、精神力を使い切ったのか、スリープモードに入ってしまった。デルフリンガーは鞘に完全に仕舞われて喋れない状態だ。
 自室に戻った頃に起きていたのは、ルイズと才人の二人だけということになっていた。

「ねえ、才人。ハルケギニアの生活には慣れたかしら」

「微妙なところだな」

 部屋に戻り、ベットに座り込んだルイズはうとうと船を漕ぎながら言った。
 才人は壁にデルフリンガーを立て掛けてからソファに腰掛けた。

「そう。才人……今日は気分がいいわ。質問に答えてあげる」

「本当か?」

「わたしに二言は無いわ」

「凄い自信だな。それじゃあ、ずっと気になってたんだけどさ、どうして俺が召喚された時、あんまり驚かなかったんだ?」

 沈黙を挟んでからルイズは答えた。

「古今東西、人間を使い魔にした記録が無い、と誰もが言うけど、実際は結構な例があるものなのよ。だから、人間だから……という部分はそれを知っていたから。才人が言いたいのは、つまり異世界から来たのに驚かない、ということだから、それに関しての答えは少し複雑なものになるわ」

「それは答えたくないって意味か?」

「別にそうじゃない。ただ、わたし自身が理解し切れていないという理由と、既にわたしと同化するほど、奥深くまで入り込んでいるから、説明するには難しいの」

 ルイズは立ち上がると、才人の隣に移動する。肌が触れ合いそうなぐらい近くに座ったため、才人は思わず距離を開けようとする。しかし、ルイズに肩を掴まれることで阻まれた。

「ど、どうしたんだ……?」

 ルイズは才人の方に顔を寄せた。キスができてしまうのではないか、というぐらい近い。
 才人は体温が跳ね上がるのを感じた。それと共に顔が赤くなるのもわかった。

(な、なにこの状況? 質問に答えてくれるって時点で変なのに、まさかのデレ? デレなのか? 遂にデレたのか!)

 勝手な妄想が加速する才人を断罪するようにルイズは口を開いた。

「わたしの目を見て」

「め、めめめ目?」

 才人は混乱しながら、ルイズの黒色の瞳を覗き込んだ。

「そう、目。わたしの目はね……元々は鳶色だったのよ」

 ルイズは立ち上がると、部屋の中を歩き回り出す。才人は勝手な妄想が霧散し肩を落とした。

「わたしの二つ名は『ゼロ』と『異端』の二つ。他にも有名ではないものは幾つもあるけど、とりあえずその二つが最もよく呼ばれるわ。『ゼロ』は前に説明した通り、魔法が使えない落ちこぼれという意味」

「それが俺の質問とどんな関係があるんだ?」

「黙っていなさい。わたしの話に口を挟むのは、ひいてはトリステインの侮辱へ繋がるのよ」

「なんでっ!?」

 才人は突っ込みを入れるも、睨まれたので口にチャックをする動作をした。

「『異端』の二つ名の意味。それはね、わたしが使う特殊な魔法を差す意味でもあるけど、一番は『|黒の魔道書《アブドゥル》』のことを示しているの。黒の魔道書は、アカデミーで研究されていた書物よ。遥か古の魔女が記した、とされているわ」

 才人はよくわからないが、頷くことで相槌を打った。

「……ここ二十年でアカデミーでは、4回ほど大きな騒動が起きているわ。一つは、6年前のアルハザードの悲劇。これが一番有名ね。研究中に『アルハザードのランプ』が暴走し、クー・リトル・リトルが顕現した事件よ。わたしの一家は見事にこれに巻き込まれて、鎮圧に協力したの」

 ルイズは足を止めると、目を伏せた。

「そして、その数年前に起きたのが、『アブドゥルの暴走』という事件。被害者は、たった5歳の少女だった。その名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」

「それってつまり……」

 なんと言っていいかわからず、才人は呆然と呟いた。
 ルイズは歩みを再開させる。その足取りはどこか荒々しさを感じさせた。

「わたしはあの日、すべてが変わった。元々わたしという人間は優秀だったのよ。でも、アブドゥルの一部をこの身に宿した時、様々知識が流れ込んできた。古の記録や、全く意味のわからない異世界の知識がね」

 異世界。それはつまり、才人の居た世界のことなのだろう。

「才人、わたしがコントラクト・サーヴァントの時に言った言葉を覚えているかしら?」

「コントラクト・サーヴァント……? ああ、あの召喚された時の。いや、はっきりとは覚えてないな」

「まあ大体は覚えているのね。ならわかるでしょう、わたしは既に才人と知り合う前から才人の世界の知識を持っていたの。そして、場違いの工芸品と呼ばれる、異世界の物品を集め回った。部屋に広がるガラクタはすべて、異世界のものよ。まあ才人は見ればわかるでしょうけどね。わたしは知識として知っていても、経験はしていないから感覚がとてもあやふやなの。だから、物品を集めて、その知識を経験にしようとしたのだけれど……やっぱり、メイジの知識だから武器に関してはそこまで詳しくなかったわ」

 ルイズが所有しているのは日用品も僅かにあったが、ほとんどは武器だった。

「そして、幾らわたしが天才でも10にも満たない子どもが、インテリジェンスワンド、つまり、セフィラとソフィアを生み出せた訳は、アブドゥルの知識が大きいのよ。アブドゥルの主が一体どんな人間だったのかはわからないけど、恐らくはこちらの世界とあちらの世界と行き来できたと考えられるわ。アブドゥルの知識は、ハルケギニアと才人の世界、二つの世界の記憶がところどころ抜け落ちながら、現代まであるの。抜け落ちるというより、つまりは交互に記憶が存在する、と言った方が正しいわね」

「それじゃあつまり……俺は帰れるのか?」

「帰れるかどうかはわからない。でも、帰る方法があるのは確実よ」

「やった……俺、帰れる……うっしゃっ!」

 思わずガッツポーズと共に叫びを上げる。
 ルイズはそんな才人に苦笑した。

「気が早いわよ」

 ルイズは窓際に移動し、夜空に浮かぶ二つの月を仰いだ。

「帰れるのは確実だけど、その方法が見付かるまでは……」

 才人はルイズの横に並んで微笑んだ。

「ああ、俺はルイズの使い魔だ。帰るまで守ってやる」

「ふふっ」とルイズは初めて才人への笑顔を浮かべた。

 ずっと眠り続けていた姫さまが目覚めるような、そんな奇跡のような笑顔に才人は見惚れた。
 二人は見詰め合う。
 そうしている内に、ルイズが瞼を閉じてスタンバイした。

(いいのか? 本日二度目のチャンスだけど、これは、今度こそいいんだよな?)

 才人はゆっくりとルイズの唇に……触れる前に、思いっきりボディーブローを決められた。

「がはっ!」

 腹を抱えて蹲る才人は、額から汗をだらだら流しながら、見下ろしてくるルイズを見上げた。

「調子に乗らないことね。何が、守ってやる、よ。わたしは人間国宝よ。誰もが守らなくてはいけないの。しかもそれは義務よ。当然のことなの。どうして偉そうに言えるのかしら。寧ろ、わたしは守らせてあげてるのよ。そんなことも理解できないの? やっぱり、いっぺん死んでみないと、その馬鹿は治らないのかしら」

 すると、テーブルの上に置かれたセフィラとソフィアが復活していたらしく、ルイズに追随した。

『マスター、その通りです。ゴキブリはやはり人間との共存は不可能なのです。早々に駆除してやるのが優しさというものではないでしょうか』

『サイト様、ルイズ様は渡しませんからねっ!』

 デルフリンガーは、鞘の中でがたがた言っていた。それを見かねたソフィアが、慣れない浮遊移動で向かっていく。

「ソフィアが何を言いたいのかわからないけど、セフィラの言う通りね。殺してあげるのもまた一つの優しさ、慈悲というものね」

「えっ!? さっきまでのいい空気はどこへ? そもそもシリアスっぽかったのに、どうしてネタに変わるの!?」

『軽く寝たので、精神力は充分に補給できました。ブレイクハート、起動! ゴキブリを焼き尽くします!』

「相棒っ!」

「おおっ! 来たか、デルフ!」

「助けてくれぇぇぇぇっ!」

「一体どうしたデルフ……って! ソフィア、一体何をやっているんだ?」

『フライのコントロールがうまく取れず、その……兄さまを、地雷原(ルイズ御用達のトラップ群)に落としてしまいました』

『我が妹ながら、あっぱれね。ソフィー、よくやったわ。これでゴキブリがガンダールヴでちょこまかと逃げようとしないわ』

『あわわ、で、でも兄さまが……』

「ソフィア、割り切るのも大切よ。今はゴキブリ退治を優先させるのよ」

『は、はい! 兄さま、死なないでください……』

「うぉぉぉぉっ! デルフ、お前は俺が助け……、ちょ、部屋の中でなんつー高出力のレーザーを……あ、これが走馬灯か……ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」

「アイボォォォォォォっ!」

 今日もルイズ一家は平和なようです。

第10話 異端のルイズ(5)

2014.05.09 (Fri)
 事件報告を終えた一同は、才人を残し早々に学院長室から立ち去っていた。

「何か、私に聞きたいことがおありのようじゃな」

 オスマンと向かい合った才人は、意を決して口を開いた。

「あの『破壊の杖』をどこで手に入れたんですか」

 日本の物、正確には才人の居た世界の物を多く所持するルイズは、才人の質問に何も答えてくれなかった。「それを知ってどうするの?」と冷たくされたり、「気が向いたら話すわ」とずっとはぐらかされ続けた。
 そこで運良く、破壊の杖強奪事件である。
 破壊の杖の正体を知った才人は、学院を管理する者であり年長者でもあるオスマンに訊ねることに決めたのだ。

「あれは、私の命の恩人がくれた物じゃ」

「命の恩人……?」

 この世界には自分以外にも同じ世界出身の者が居る可能性を示す言葉に、才人の目が希望に輝く。
 オスマンは思い出すように、ぽつりぽつりと語り始めた。

「もう30年も昔の話じゃ。私が森の中を散歩をしている時に、ワイバーンに襲われ、その窮地を救ってくれたのが、この破壊の杖の持ち主じゃ。おぬしのように卦体な服装じゃったよ。確か名を……ジョンと名乗っておった」

「その人は今は、どこにいるんですか?」

 思わずオスマンに詰め寄ってしまう。

「落ち着つくのじゃ。彼は、元の世界に帰る方法を探すと言っておった。学院に数日滞在した後、すぐに旅立っていってしまったよ。食事と宿のお礼に、とこの破壊の杖を残していったのじゃ。それ以降の足取りは私にもわからない。ただ、時々噂を聞くのじゃ」

「噂……?」

「平民の武器で魔法以上の攻撃を繰り出す凄腕の傭兵」

「えっと……それが、どうしたんですか?」

「彼の持つ武器は恐ろしいものばかりだった。破壊の杖を始めに、超遠距離から狙撃できる銃、小型だというのにマスケット銃を超えた威力持つ銃、連発で弾を放つ銃――彼の説明は私には理解できなかったのじゃが、とにかく様々な銃を所持しておった」

「あの、え……?」

「わからんのかね。火の系統も霞むほどの武器である破壊の杖。噂の傭兵が、彼であるとは限らないが……恐らくは、おぬしと同じ世界の者である確率は高いじゃろう」

「俺と同じ世界って……えっ!? あの、気付いていたんですか……」

 ルイズから別世界から来たというのは黙っていろ、さもないと……と忠告というか、脅されていたため、才人の顔が大きく強張った。
 オスマンは才人の反応を愉快そうに笑う。

「やはりそうじゃったか」

「はめられたっ!」

「年の功じゃよ。おぬしと彼は雰囲気が似ておる。最初からそうではないかと疑っておったのじゃ。もちろん、核心に至ったのは今じゃがの」

「やっぱり、引っ掛けだったっ!」

 悔しがる才人を見て笑っていたオスマンが真面目な顔を作った。

「彼が帰る方法は私も探し続けておった。しかしじゃ、一向に見付からなかった。そちらは余り期待しないでもらいたいが、この世界の生活などで協力が必要じゃったら、遠慮なく言いなさい。できる限り力になろう」

 才人はこの世界に来て、元の世界へと帰る方法に関して、初めてまともに頼りになる人を見付けて感動した。

「ありがとうございます」

「いいのじゃ。……この世界におぬしが現れたのは意味があるのじゃろう。ガンダールヴのルーンがおぬしを導いてくれるはずじゃ」

 そう締め括り、オスマンとの対談は終わった。




 才人が退室し、静かになった学院長室でオスマンは思索にふけっていたのだが、ノック音によって意識を現実に引き戻された。
 オスマンの返事を待たずに、ノックをした者は部屋に入った。

「才人に余計なことは言ってないでしょうね」

 入ってきたのはルイズだった。表情で不機嫌な様子が見て取れた。それに対し、オスマンは笑みを浮かべるだけで答えた。

「まあいいわ。それより、オールド・オスマン、一体幾らでフーケを雇ったのかしら?」

 ルイズはオスマンの執務机まで歩いていく。

「それに、ゴーレムにまで手を加えるなんて……流石に骨が折れたわ」

 オスマンは椅子に腰掛ける自分を見下ろすルイズを一瞥すると、立ち上がって背を向けた。

「それなりの額は掛かったのう」

「不自然な成り行きにならないようにするためとはいえ、盗賊の手を借りるとは……予想外だったわ。最初からわかっていて、ミス・ロングビルを雇ったのかしら?」

「手段は選ばんよ。困れば盗賊の手も借りる。それに、告発するにも証拠があるまい」

「相変わらずの狸爺ね。別にあなたを脅すつもりはないわ。ただ、フーケをけしかけてまでわたしの力を知ろうとした結果、何を得たのか……それが知りたいのよ」

 オスマンは一度咳払いする。

「謝罪はせんよ。しかし、『アルハザードの悲劇』……あれは、おぬしの仕業ではないようじゃな」

「当たり前でしょう。あの時、わたしが幾つだったか知らないとは言わせないわよ」

「ふぉっふぉっふぉ、怖い怖い」

 演技めいた笑い声を上げてから、オスマンはルイズと向き合った。常にルイズに対して向けられていた警戒心が、瞳から消えていた。

「アルハザードの悲劇での力と、ゴーレムに使用した力……確かに似ておる。だが、全くの別物じゃ。煙の中で視覚としては捉えられなかったが、精神力の流れや雰囲気から、それぐらい察せられる」

「つくづく狸ね。学院長を務めるだけはあるわ」

「お褒め預かり光栄じゃのう、ミス・ヴァリエール」

「もう知りたいことはわかったからいいわ。失礼するわね」

 ルイズが学院長室を後にすると、学院長は大きく溜め息をついた。

「私の目ももう曇っているようじゃのう。憐れな少女じゃ。いや、既に受け入れている彼女に失礼じゃな。『異端』ではなく、まさに『正統』……かつての私達が失ってしまった『初心《ゼロ》』を彼女は持っておる」

 そして、ルイズの与り知らぬところで、着々と株は上がっていった。




 ルイズが部屋に戻ると、才人が難しい顔つきをし、ベットに座り込んで頬杖をついていた。
 いつもの能天気な様子は欠片も感じさせない真剣さに……、

『ルイズ様の寝床に気安く触れるなっ!』

「ぐべらっ!」

 セフィラの特攻により、すぐにそんなシリアスは崩れ去った。

「相棒っ!」

『姉さま……流石に鳩尾は可哀想ですよ』

 呻き声を上げつつ、才人は床から立ち上がった。セフィラは既にルイズの手元に退避している。

「くそっ! 毎度毎度、俺のこといたぶりやがって! 今日ばかりは許さん!」

『正当に罰を与えただけです。今のサイ……ゴキブリ様は、ただ逆恨みをしているだけです』

「いい加減に俺の名前を呼びやがれっ!」

 才人は壁に立て掛けてあったデルフリンガーを手に取ると、ルイズの元を離れ、浮遊するセフィラへと斬り込んだ。
 ドタバタと騒がしくなる部屋内で、ルイズとソフィアはテーブルについて、のんびり羽を伸ばしていた。

「さっきの才人のセリフだけ抜き取ると、青春ドラマみたいわよね」

『そうですね。……はっ! サイト様は姉さま狙いなのですか!』

「落ち着きなさい、ソフィア。そもそも狙ってもわたしが交際を認めないわ。……セフィラ、ブレイクハートは使用禁止よ。やるなら野外でやりなさい」

『了解しました、マスター。では、逝きますよ』

「え、ちょ、ま、昨日も……こんなことあったぁぁぁぁっ!」

 窓の外へと消えていったセフィラと才人。
 外で激しい光の明滅と、剣戟の音が響き渡る。今だ才人はセフィラに勝てない。といっても、セフィラは精神力切れしてしまえば、ただの杖になってしまうので、活動限界まで粘れば才人の勝ちである。しかし、その勝利条件も満たしたことがない。
 才人の悲鳴を肴にワインを飲んでいると、ルイズの部屋のドアが開かれ、フィーアが入ってきた。

「ルイズ様、お召し物をご用意致しました」

「それは何かしら、フィーア」

『ムムムっ……』

 フィーアの登場にソフィアが不機嫌になる。

「フリッグの舞踏会でのお召し物ですが……何かいけませんでしたか? 変更ならすぐにでも行いますが」

 不安げにもじもじし出すフィーア。どうにも嗜虐心を誘う。それに、小柄ながらに肉感的なボディのため、そんな子どもっぽい動きも立派な誘惑に昇華する。
 ルイズは手に持つドレスの先に隠れたたわわな実を凝視しながら、

「舞踏会には出ないわよ。だから、それは片付けちゃっていいわ。片付けが済んだら……そうね、ヴェストリの広場に集合よ」

「畏まりました」

 フィーアは戸惑いながらも、頭を下げて退室した。




「さて、パーティーをやるわよ。といっても、簡素なものだけどね」

 普段から人が来ないヴェストリの広場は、生徒のほとんどが舞踏会に参加しているため、より一層その静けさを増させていた。

「あの、ルイズ様……どうして舞踏会に参加なされないんでしょうか」

 フィーアの戸惑いはまだ続いていた。視線の先には、見るも無残な才人の姿がある。どうやらセフィラに負けたらしい。

「騒がしいのは好きじゃないの。それにこっちのが優先事項なのよ。それより、食べましょう。マルトーが用意してくれた料理よ」

 予め用意しておいと木製のテーブルの上で、美味しそうな料理が湯気を上げていた。
 ルイズは椅子に腰掛けると、フィーアに座るように促す。

「あの、えと、よろしいんですか?」

「別にいいのよ。座りなさい」

『フィーア様、嫌ならいいんですよ。ルイズ様も無理強いしないと思いますから』

「むっ……」

 フィーアは喧嘩腰のソフィアに眉を顰めた。ルイズの足の上に居るソフィアを威圧するように、ルイズの右隣の席に腰掛けた。

『むむむっ、フィーア様、席はまだまだあります。そんなに密集しなくてもいいんですよ』

「ありますね。ソフィーもルイズ様に迷惑でしょうから、他の席に移ったらどうかしら」

『むむむむっ』

「むむむむっ」

 ルイズは二人のいつものやり取りを微笑を浮かべながら見守る。止める気はない。

『マスター、ゴキブリが目覚めました』

 才人の側で浮遊していたセフィラが、ルイズの左隣の椅子に降り立った。

「いってぇ……くそ、セフィラ、少しは加減しやがれ!」

『かなり手を抜いたぞ。まさかガンダールヴがあってもあの程度とは……。ゴキブリ、貴様は戦い方を学ぶべきだ。そのままでは、敵が殺す前に私が殺すぞ』

「お前が殺すのかよっ!」

 才人は既に喚き立てる元気があるらしい。こういうところは確かにゴキブリ並みだ。

「相棒、剣の娘ッ子の言うとおりだぜ。幾らなんでも戦いが拙過ぎる」

「デルフ、お前もか」

 すっかり気を落とした才人はゆらゆらと歩き、ルイズの対面の席に座った。

「さて、パーティを始めましょうか」

 全員が揃ったことを確認したルイズが言った。

「なんのパーティをやるんだよ?」

『その発言、裁判無しで、死刑決定。ブレイクハート!』

「え、ちょ!」

「セフィラ、その気持ちはわかるけど止めなさい。才人、説明するわ。今日はソフィアの誕生日なのよ」

「ソフィアの……?」

『ル、ルイズ様……私なんかのために、ありがとうございます。うぅぅ』

 フィーアとの言い争いを休戦させたソフィアが、嗚咽を漏らすような音を出した。宝石が儚く点滅していた。
 ルイズは足に乗せたソフィアを抱き締める。

「なんか、なんて言わないで。ソフィアは大切な娘なんだから」

『マスター、妹のためにパーティーを開いて頂きありがとうございます』

「大したものを準備できなかったけどね。まさか舞踏会を重なるとは……」

 ルイズは懐に入れておいたプレゼントを取り出した。

「ソフィア、あなたにこれをあげる」

 優しい声で言い、プレゼントである銀色のアクセサリーをソフィアに取り付けた。
 指輪のようなそれを、ソフィアの後端からはめると、ちょうど中心辺りで止まった。小さな青色の宝石が取り付けられている。

「これはね、セフィラの宝石と似た効果を持っているの。精神力を宿すだけでなく、それを自分自身で使役するサポートをするマジックアイテムようなものよ」

『それは……つまり、私も姉さまのように自由に動けるようになるのですか?』

「簡単に言うとそうね。でも、性能は余り期待できないわ。あくまで補助のものだから、セフィラのようにぶんぶん飛び回ったりできないのよ。ただ、ゆっくりと宙に浮いて、歩くスピード程度で移動できるぐらいね。もちろん、練習次第では改善される部分もあるけどね」

『充分です。充分過ぎます……。ルイズ様、ありがとうございます』

「大袈裟ね。というより……遅くなってごめんね。作るのに手間取っちゃって」

『いえ、とても嬉しいです。ルイズ様には感謝しても、感謝し切れません』

「喜んでもらえて嬉しいわ。早速試してみなさい」

『は、はいっ!』

 ソフィアのそわそわする感情に合わせて、先端の宝石がぴかぴか点滅する。
 周囲の者は固唾を呑んで見守った。
 ソフィアは集中すると、数センチほど、宙を浮く。そして、ゆっくりと上昇していった。

「ソフィー、おめでとうございます」

 フィーアは祝福の言葉を送った。ソフィアが身動き取れない体のせいで、迷惑を掛けていたことをどれだけ悔やんでいたか、フィーアはよく知っている。

「ふふっ、流石はわたしとソフィアね。アカデミーの技術力を超えた発明をするわたしに、一発で『フライ』に成功するソフィア。やっぱり私の家族は優秀ね」

『ソフィー、おめでとう』

『姉さま、ありがとうございます。これで、姉さま達に迷惑を掛けずに済みます』

『迷惑だなんて思ったことは一度もないわよ。ソフィーは心配性ね』

 姉妹が夜空に舞い上がる。
 二人の空中散歩を、二つの月の輝きと星の瞬きが見守っていた。
 夜空を行く二人の遥か向こうを風竜が羽ばたいていく。ルイズは姉妹と、風竜の主に向けて笑みを浮かべた。

第9話 異端のルイズ(4)

2014.05.09 (Fri)
 再び進行を始めたゴーレムを見上げ、ルイズはいつもの不敵な笑みに、狂人的なものを滲ませる。

「ふふふっ! 心を持たない憐れな土壁よ、その身にわたしの覇道を刻んでやるわ。感謝しなさい。瞬きする時間すらも惜しみ、刮目するのよ」

『マスター、デルフから供給された精神力は、火の系統がもっとも多いようです』

「わかったわ」

 冷静に頷くルイズだが、またすぐに狂人の笑みを浮かべる。
 空に向かって咆哮を上げるように叫ぶ。

「ふははははっ! ブリミル! 見ているかしら、これから見せるのがわたしの力よ。あなた自慢の土壁で止めてみなさい!」

 才人は思わず身構える。とにかくあのテンションになった時のルイズは危険だ。
 笑い声を止めたルイズは、清らかな声で告げた。

「第一のセフィラ『|天に招かれし者《ケテル》』!」

『了解しました、マスター。術式構築します』

『姉さま、サポートします』

 セフィラとソフィアが激しく点滅する。
 これから発動するのは、爆発魔法とは格が違う。そのため、二人の同時サポートがなければ発動できない。また、セフィラを媒介に行うので、少なくともセフィラがいなくては始まらない。

 膨れ上がる精神力は、ルイズの許容量を超えていた。デルフリンガーの内に吸収された多くの者の精神力を用いているためだ。セフィラが築いた魔法回路の中で、濁流のように暴れ狂う精神力をソフィアが押さえ付ける。

『ルイズ様。精神力の供給正常、次の段階に移行可能です』

 ルイズはソフィアの言葉に無言で頷く。この魔法にはルイズ自身の集中も必要なのだ。
 才人は固唾を呑んで見守っていた。吹き荒れる精神力の奔流は視覚できないが、重圧となって才人を襲っていた。
 ルイズの朗々とした詠唱が始まった。しかし、それはルーンではなく、口語であった。

「|従う者《エノク》よ、ラジエルの導きにより、|天の書記《メタトロン》の力を示せ」

 短い詠唱が終わると、ルイズの背から炎が吹き出す。それらは翼の形状へと変化していく。
 やがて、三十六対もの翼がルイズの背に現れた。

「すげぇ……けど、これって普通の魔法と違うよな……?」

「あれが、嬢ちゃんの『異端』さ。嬢ちゃん以外は誰も読めない『聖書』だとかなんだとか、それから構築した魔法なんだとよ。てーしたんもんだよ」

「聖書ね……」

 ルイズは確かに地球の物をたくさん所持している。カラシニコフ、世界地図、世界で最も有名なネズミの人形、日本でもっとも愛されているであろう電気ネズミが登場するゲームカセット――色々と持っていた。そこで聖書が出てきても驚くべきことではないだろう。

 炎の翼をまとったルイズは、視線の先にゴーレムを捉える。
 セフィラの切っ先をゴーレムにゆっくりと向けた。

『ルイズ様、術式安定しました』

『マスター、最終段階に移行可能です』

 姉妹に微笑み掛け、ルイズは最後の詠唱を唱えた。

「――アフ・チュイ・カック、キシン、エヘイヘー」

 炎の翼が鋭く尖り、ゴーレムを全方位から攻撃を開始する。
 金属すらも一瞬で溶かす高温を帯びた翼は、あれだけの強度を誇っていたゴーレムを容易く貫いていく。炎の柱により串刺しになったゴーレムは身動きを封じられ、その身を抉られ、こなごなになっていく。

 最後の一欠けらまで激しい炎に晒され、ゴーレムは跡形もなく燃え尽きた。
 才人は開いた口が塞がらなかった。あれほど苦労した相手を一方的になぶったのだから、その反応は当然だろう。

 炎の翼が消えたルイズは、全身を震えさせていた。手に握っていた姉妹は光に包まれると、杖の姿に戻っていった。
 ルイズが顔を上げる。カッと目を見開き、天に向かって嘲笑を浮かべた。

「どうした? ブリミルぅっ! その程度なの? その程度の魔法で、わたしの魔法に耐えられると? 相手の力量も理解できないか、そこまで愚かだったかブリミルっ! ふはははははははははっ! まあ当然か。この神に匹敵……いや、神をも凌駕したわたしの力、わたしの魔法の前ではすべてが等しく無力なのよっ!」

 ルイズの高笑いに反応するように、煙が晴れていく。
 煙の外側にいたキュルケやタバサは、きょとんとするしかなかった。轟音が鳴り響き続け、煙がなくなると、狂ったようにルイズが笑っているのだから。とりあえず、付いてはいけないが、一件落着なようなので、ルイズの周りに全員集まる。

「はっはっはっはっはっ! 全知全能たるこのルイズ様に逆らおうとした時点で、既に敗北は決まっていたのよ。身の程を知ったかしら、ゴーレムの主!」

「あら、身の程を知るのはそちらじゃないかしら?」

 上機嫌なルイズに水を差すように何者かが口を開いた。誰かに似ていた気がするが、誰もその人がそんな声を出すとは到底思えなかった。

「ミス・ロングビル! どいうことですか!」

 声の主の姿を見て、キュルケが声を上げる。背後でタバサが杖を構えていた。
 周囲の警戒へと行っていたはずのロングビルが、ルイズ達に向かって破壊の杖を向けていた。才人と同じ構えをしている。どうやら使用方法は把握済みのようだ。

「どうも何も、この通りよ」

 隙を一切見せず、ロングビルは、黒のローブをまとった。

「フーケっ!」

 キュルケの声が上擦る。タバサはすぐに杖を振り下ろそうとするも、照準を合わせられ、動きを止めた。

「大人しく武器を捨てなさい」

 腹の底に響くような冷たい声でロングビル――フーケは言った。
 キュルケとタバサは言われたとおり、杖を地面に捨てる。才人は一度ルイズの表情を窺ってから、デルフリンガーを地面に置いた。

「ほら、あなたも捨てなさい」

「その程度の兵器で、このトリステインの守り神と呼ばれたわたしを倒す? ははっ、笑わせないで。その冗談は確かに非現実的で、素晴らしく皮肉なセンスがあるけど、戦場で言うのはどうかと思うわ」

 生きるか死ぬかの状況でルイズは相変わらず態度を変えない。
 ルイズのコレクションの中には破壊の杖に似たものが幾つかあり、その使用方法を才人から確認済みなので、フーケの所持する破壊の杖の特徴は把握済みであった。

「死ぬのが怖くないの?」

「死より恐ろしいものを知っているわ。それに、わたし以外の誰にもわたしは殺せない。その権利がないからよ。そんなこの世の理すら知らないお馬鹿ちゃんにわたしが殺せるなんてちゃんちゃらおかしいわ。本当に人を笑わせるのがお得意のようね。それより、三文芝居は止めて、さっさと撃ったらどうかしら? こっちだって暇じゃないの。馬鹿の相手をする無為な時間は、わたしには必要ないのよ」

 ルイズ節は止まらない。
 キュルケやタバサは流石に顔を青くしていた。才人だけは余裕の表情だったのは、破壊の杖の特性をよく理解しているからだろう。
 フーケの顔がぴくぴくと引き攣りだした。

「言ってくれるわね」

「御託はいいから早く撃ちなさい。ああ、馬鹿だから使用方法を度忘れしたのね。それとも年かしら?」

「ふふ、ふふふふふ……」

 フーケが怒りの余り壊れかけていた。

「わたしのような美貌を持たず生を受けたのには同情するけど、今のあなたのかさかさお肌は単なる努力不足よ。そんなにわたしを睨んでも、あなた如きでは、わたしの真の美しさは理解できないわ。諦めて、さっさとその愉快な顔をお笑いにいかしたらどうかしら。そうね、その顔芸で、大道芸人になるといいわ」

 補足であるが、決してフーケはぶさいくではない。寧ろ綺麗な部類に入る。ルイズとっては、路傍の石ころと大差ないようだ。
 遂にぶち切れたフーケは、破壊の杖のスイッチを押す。

「死になさいっ!」

 キュルケとタバサは死の覚悟をし目をつむった。才人は笑いをこらえていた。
 ルイズはもちろん仁王立ちである。目も閉じていない。

「えっ? どうして!」

 何も起こらず、フーケは戸惑う。
 その隙を才人が見逃すはずがなかった。破壊の杖に意識が向いている間に才人はデルフリンガーを回収する。

「はぁぁっ!」

 そして、デルフリンガーを握っていない左腕を使い、見事なエルボーを腹に叩き込んだ。

「ぐぅっ!」

 小さく呻き声を上げ、フーケは崩れ落ちた。
 才人は破壊の杖を拾い上げ、

「一件落ちゃ――」

「任務達成ね」とルイズが遮った。

『マスター、流石です』

『ルイズ様、お疲れ様でした』

「嬢ちゃん、ちょっとばかし相棒が不憫だぜ」

 どんな時でもルイズ一家はマイペースのようである。




 帰り道の馬車は才人に引かせた。

「乗馬も、馬車を引くのも経験無いんだけど?」

「為せば成るわ」

「いや、無理――」

『ゴキブリ、マスターの命令が聞けないのなら、この場で死よりも恐ろしい目に遭わせてやろう。ブレイクハート、起動!』

「わ、わかった。やるよ。やればいいだろう!」

「相棒……」

 そんな憐れな才人を、デルフリンガーだけが憐憫の眼差しで見ていた。
 かなり危なっかしい運転での帰り道になった。

「ねえ、ルイズ。一体どんな手を使ってあのフーケのゴーレムを倒したの?」

 キュルケがロープでぐるぐるに縛り付けられたフーケを指差した。

「わたしの実力で倒したのよ」

「その実力がなんなのか知りたいのよ。ルイズ、あたしは元々ね、あなたをただの『ゼロ』だとは思っていなかったわ。でも、昨夜と今日で、確信したのよ。あなたには、恐ろしいほどの魔法の才があるに違いないわ。そして、それを隠している」

「わたしに、今の魔法の才はほとんどないわ。それは断言できる。知っているでしょう? わたしは爆発魔法しか使えない。だから、それを極めた。どんな一芸も極めれば最強、それだけのことよ」

 憮然として答えるルイズの瞳は、どこか寂しげだった。
 ルイズはくいくいと控え目に袖を引かれる。そちらを向くと、タバサと目が合った。

「あなたの魔法を教えてほしい」

「……教える気はないわ」

「何故?」

「教えられないからよ。これは『わたしの魔法』なの。簡単な話よ、今から『レビテーション』を使ってみるといいわ。爆発する? しないでしょう。だから、無理なのよ」

「あなたも理由がわからない?」

「ええ」

「……そう」

 タバサは教えを乞うのが無理だと悟ると、読書に戻った。
 隣に座るキュルケは何かを考え込んでいるらしく、膝で頬杖をついていた。
 ルイズは立ち上がり、馬車の操作に四苦八苦する才人の隣に移動した。

「ん? おおっ! 暴れんな、こら! ……あれ? どうした、ルイズ」

「気にせず、そちらに集中しなさい」

 ルイズはアカデミーがある方角を、目を細め見詰めた。

『ルイズ様、気を落とさないでください』

「落とす要素が見付からないわ」

『マスター、せめて私達だけにでも寄り掛かってください。私達はいつでもマスターの味方です』

「わかっているわ。二人とも、心配を掛けてごめんなさい。今日は……あれを使ったから、どうも体調が悪いの。それに……」

 手をかざした黒色の瞳は濁っていた。
 ルイズには珍しい、そこには苦渋の色が見え隠れしていた。

「これはわたしの業ね」

 呟くと、ルイズの肩が震え出す。

「くくくっ、くははははっ! ふははははははっ!」

 額に手をあて、狂ったように笑い始める。才人は馬車の方で手一杯で、ルイズの対応に回れなかった。

「『異端』とはよく言ったものね。確かにそうよ。でも、わたしは一切の後悔をしないわ。ブリミル、見ていなさい。あなたの支配はわたしが打ち砕くわ」

 一度そこで区切り、ルイズはかっと目を見開き、両手を大きく広げた。

「そして、わたしが新世界の礎となる!」

第8話 異端のルイズ(3)

2014.05.09 (Fri)
 ロングビルの案内の元、森の空き地といった感じ開けた場所に出た。
 話し合いの結果、才人が偵察兼囮となって小屋に向かうこととなった。

「相棒、責任重大だな」

「わかったから、静かにしてろ」

 デルフリンガーと鞘から抜き、ガンダールヴのルーンを発動する。
 才人は風となって、小屋に接近した。壁に背中を当て気配を断つ。呼吸が安定したところで、窓からそっと中を窺った。

「誰も……いないな」

 安全を確認してから、才人は茂みに隠れる他のメンバーに合図を送った。
 全員で中を捜索することになったが、ロングビルは周囲の警戒をするといって森の中へと入っていった。

 捜索は難なく終了した。
 タバサが破壊の杖をチェストの中から発見したのだ。

『これが破壊の杖ですね。確かに私と同じものを感じます』

「……破壊兵器同士だからか?」

 才人は破壊の杖に一瞬驚いたが、既に似たものをルイズのコレクションで見ているので、それほどリアクションは大きくなかった。

「才人、先ほどの発言は万死に値するわ。生まれ変わってもっとまともな人間になりなさい」

「えっ、はっ!? ぎゃぁぁっ!」

 才人はルイズの爆発魔法で天上を突き破り、外まで飛んで行った。

『マスター』『ルイズ様』

「あなた達は兵器なんかじゃないわ。私の家族よ」

 家族でしんみりモードを展開するのだが、

「あれ」

 というタバサな不吉な呟きにより一同は天上を見上げた。
 才人が開けていった穴の先、巨大な腕が振り下ろされるのが確認できた。

「タバサっ!」

 キュルケの悲鳴に近い叫びに、タバサはこくりと頷くと、杖を振って、自分達の体を部屋の端まで吹き飛ばす。
 次の瞬間、凄まじい轟音が小屋の中心部を襲った。ゴーレムの巨躯から放たれた拳が、地面に減り込んでいた。見上げれば青空がよく見えていた。

「もう少し安全な方法を取ってほしかったわ」

 キュルケはマントのほこりを払うと、杖を構える。

「時間が無かった」

 タバサも身の丈を超える杖をゴーレムに向ける。
 ルイズは右手に持ったセフィラを突き出すようにゴーレムに向け、左手に持つソフィアはそっと背中に忍ばせる。

「ふははっ! ゴーレム、今度こそはじっくり料理してやるわ! 覚悟しなさいっ!」

 そして、戦闘が開始された。




 外へと吹き飛ばされていた才人はなんとか立ち上がる。

「相棒、大丈夫か?」

「問題ない。でも……戦いが始まってるんだよな」

「気にするな相棒! 真打ってのは最後に登場するもんだ!」

「俺に優しいのはデルフ、お前だけだよ」

 剣への依存が高まりつつある才人は、デルフリンガーを構えると、ルイズ達とゴーレムが対峙する場所まで疾走する。

「はぁぁっ!」

 全速力の助走をもってして、才人は高く飛び上がると、ゴーレムの頭部に切りかかった。何故頭部なのかは、三人のメイジの応戦が、既に弾幕となっているため、迂闊に頭部以外には接近できないからだ。

「なっ!?」

 しかし、デルフリンガーが弾かれ、才人は驚愕する。
 見た目は昨夜と同じはずなのに、中身はどうやらまるで別物らしい。僅かに削ることしかできなかった。
 それを感じ取っているのか、弾幕を張るキュルケとタバサは苦い顔をしている。ルイズはもちろんいつも通りだ。

「いいわよっ! この程度の攻撃を耐えられないようでは、わたしの前に立ちはだかることすら許されないというものよっ! はっはっはっ! どうしたの、動きが鈍いわよ? それではわたしを倒すどころか、辿り着けもしないわ!」

『マスター! そうです、弾幕はパワーです!』

『ルイズ様、姉さま……少し、自重してください』

 ソフィアが少しだけ可哀想に思えた才人だった。

「なんでああ、ハイになるのか……」

 才人は出番が少なくて、泣きたくなった。キュルケとタバサも攻撃を止めて、戦闘の推移を見守っている。どうやら自分達の力が及ばないのだと理解したようだ。
 事実として、もっとも破壊力を持つルイズの爆発魔法でも、削る程度なのだ。

「ねえタバサ、ルイズの魔法をどう思う?」

「危険」

「それはそうだけど……」

「羨ましい」

「っ!? お願いだから、タバサはあんなふうにならないでね」

 戦闘中だというのにキュルケはタバサを抱き締めて頬擦りし始める。
 才人はその隣で、ルイズの戦いを見ていた。

「やっぱり……俺はどうにかしたいよ。ルイズ一人で戦わせて、護衛の俺がここで突っ立ってるっておかしいだろ」

「相棒……」

 悔しさに才人は拳を握り締める。ふと、タバサの持つ破壊の杖に目がいった。

「そうか……あれなら、あれなら俺だって!」

 あらゆる武器を使い熟せるガンダールヴなら、たとえ破壊の杖とて例外ではないはずだ。

「えーと、タバサ! それ借りるぞ!」

 タバサからふんだくるようにし、破壊の杖を回収すると、才人は真っ直ぐにルイズの元へと走った。




 ルイズは足止めのために爆発魔法を小規模に幾度も発生させながら思案していた。

「流石にジリ貧ね」

『マスター、こちらにゴキ……才人様が向かってきます。手には破壊の杖を持っていますが』

「そう、確かにガンダールヴなら使い熟せるわね」

 弾幕を止めずに、ルイズは才人に向かって叫んだ。

「才人っ! 撃ちなさい、タイミングは任せるわ!」

「おうよっ!」

 才人は片膝をつき、照準をゴーレムに合わせる。

「なんでこんなところにM72LAWがあるのかは知らんが、ゴーレム! その命もらったぁぁっ!」

 大きな発射音を立て、白煙を引いたロケット弾がゴーレム目掛けて飛んでいく。
 見事命中し、大爆発を起こした。
 ルイズは攻撃を止め、ショックに備える。
 やがて、煙が晴れると、そこには……着弾した腹部にぽっかりと穴が開いたゴーレムが立っていた。

 才人は呆然とする。手に持っていた破壊の杖が力なく滑り落ちる。

「んな、馬鹿な……」

 ゴーレムは再びルイズへの接近を開始した。

「破壊の杖の名前が形無しね。ふふっ、破壊の杖と呼ばれる一品を超えるのもまた一興。才人! こちらにデルフリンガーを渡しなさい」

「あ、ああ」

 気の抜けた才人は、背中に掛けたデルフリンガーを鞘ごとルイズに放り投げる。
 ルイズは、ソフィアを右手に移してそれをキャッチすると、鞘から抜き放つ。後退を続けながら会話をした。

「デルフリンガー、広場での戦闘で魔法は少しは吸収しているわよね」

「おうよっ!」

「それをセフィラに供給してちょうだい。流石に昨日の訓練ではしゃぎすぎてしまったみたいだから」

『すみません、マスター』

「大丈夫、すべては不甲斐ない才人が悪いのよ」

 ゴーレムから広めに距離を開けたルイズは、デルフリンガーの鍔を、セフィラの宝石に押し当てる。これが一番手っ取り場合、精神力の譲渡方法だった。
 放心状態から抜けた才人がルイズに駆け寄ってくる。

「これから何をするんだ?」

 役割を終えたデルフリンガーが受け取った才人は、杖を二本構えるルイズに訊く。

「見ていなさい、才人。ここからは『ゼロ』のルイズではなく、『異端』のルイズの戦いよ」

 才人は異端という名にぴくりと反応する。

「異端のルイズ……?」

「そうよ。人類の偉大な一歩を刻むのはいつでも異端者なのよ。これからわたしは歴史の一ページを刻んであげるわ。ふはははははっ!」

 ずしんずしん、と大きな足音を立てて迫り来るゴーレム。
 それを見て、ルイズは不敵に笑った。

『ルイズ様、360度すべての座標指定を終了しました』

「ソフィア、仕事が速いわね。行くわ、『インフェルノ』!」

 ヴェストリの広場で唱えた呪文を発すると、ルイズとゴーレムの周囲を激しい爆発が襲った。その外側に居たキュルケとタバサの姿が煙に隠れる。それは目隠しのための攻撃だった。
 突然の爆発にゴーレムの動きが止まる。どうやら主が警戒しているようだ。

「好都合ね」

 ルイズは俯くと、ゆっくり詠唱を始めた。魔力に呼応し、セフィラとソフィアが光を帯びる。
 右手に持つセフィラを体の正面に構えると、セフィラに集中した精神力が眩い光を放ちながら形を変えていく。光はセフィラの先端から伸びて長い棒状の形を取った。

「――ギョーフ・ウィン・ウル・オセル!」

 詠唱を終えると、セフィラは一際大きく輝いて、その身を剣へと姿を変えた。そりのない剣身は銀色に輝く両刃、鍔には桃色に輝く宝石が埋め込まれている。長さはおおよそ90サントほど。ほとんど装飾がなく、実戦に向いた武器だった。

『この姿になったのは随分と久し振りですね』

「ふふっ、この無敵のルイズ様の手を煩わせる存在など、数えるほどしか存在しないからね。存在したとしても、この勝利が約束されたわたしに敗北を刻み付けるものはこの世界……いえ、いかなる世界においても存在しないわ」

 ルイズは続いて、左手に持つソフィアを胸に当てるように構えた。
 朗々と紡がれる詠唱。才人はセフィラの変化に驚いたが、まだまだそれは異端のルイズでは序の口である。

「――ニイド・エオルー・ユル・オセル!」

 詠唱が終わると、ソフィアはもう光の塊となっており、やがてその光が収まると、ルイズの左手にあったのは、既に杖ではなく盾であった。中心には透明な宝石が埋め込まれている。白銀に輝く盾には魔法的な強化が施されており、刻印が網目状に張っていた。しかし、芸術的な側面は損なわれていない。実用的に必要なパーツや刻印はすべて模様として機能していた。

『私も、この姿は久し振りです』

「ソフィアに関しても同じく、その必要性がなかったからね。この姿になってもらわないと、あれのコントロールが難しいから」

 セフィラとソフィアの力は普段からセーブされている。本来の姿である剣と盾になっていると、それだけでルイズの精神力を削ってしまうので、杖の状態はそのための処置なのだ。

「二人のその姿は懐かしいぜ。それにしても嬢ちゃん、全力を出すつもりか」

 興奮気味のデルフリンガーが才人の手の中で騒ぎ立てる。

「もちろん。あの身の程知らずのゴーレムとその主に、現実と、そして生きる伝説の力を刻み付けるのよ」

 ルイズはちらりと、才人に視線を送った。

「おでれーた! ついでに相棒にその力を見せてやるってわけだな」

「使い魔だからね。死ぬまで一緒なら、早めに主の力は見せておくべきでしょう?」

「その通りだぜ。相棒、よーく見ておきな、これが相棒の主の本当の力だ」

「あ、ああ」

 驚きの展開で付いていけない才人は曖昧に頷く。ルイズの背中を見て、言い知れぬオーラを感じた。
 遂に『異端』のルイズの戦いが始まった。

第7話 異端のルイズ(2)

2014.05.09 (Fri)
 広場に行くと、原形をぎりぎりで保つ才人がうつ伏せで倒れていた。しゅーっと煙が上がっている。広場自体も無事ではなかった。穴ぼこというより、クレーターが幾つもできていた。

「使い魔の寿命は短いのね」

 ルイズはこの世の不平等さを思い、星空を仰いだ。

『マスター、大丈夫です。使い魔などいなくとも、私が居ます』

「心強いわ、セフィラ」

『わ、私も居ます。ルイズ様は必ずこの身をもって守り切ります』

「嬢ちゃん、俺もついてるぜ」

「持つべきものは、信頼できる家族ね」

 全員を抱き締めてルイズは過去を思った。

「勝手に殺すなよ……」

 黒こげだと思っていた才人が立ち上がり、苦い顔をする。
 どうやらこげていたのは服だけだったらしい。それに考えてみれば才人は黒髪である。

「……才人、あなたは空気を読むという必須スキルを持っていないのかしら」

「すまん、静かにしとくべきだったな」

「そうよ、永遠に静かになっておくべきだったのよ」

「それって死ねって言ってるのと変わらないだろう! 誰が人の指図で死んでたまるか!」

「すべての生命の生殺与奪権はわたしにあるのよ?」

 何を馬鹿なことを言っている、という目で見られ、才人は理不尽でも黙り込んでしまった。

「あら? ルイズじゃない。なに、自分の使い魔と逢引? ふふっ、そうよねゼロのルイズに言い寄る男なんて居ないわよね。欲求不満になって使い魔を襲うのも時間の問題だと思ってたわ」

 才人の沈黙で静かになった広場に、キュルケの声が響いた。
 学園の方を見ると、こちらに歩み寄るキュルケと、本を読む人影――タバサの姿があった。
 ルイズの顔から感情が剥げ落ち、人形のように冷たいものとなる。

「欲求不満? やっぱり年中盛っている犬には自分のコントロールができないみたいね。わたしを一般人と同じ物差しで計るのは止めなさい。とうに性欲など自在にコントロールできるわ。さもそれができないように発言しないでくれるかしら。ああ、でも微熱のあなたは、いつでも体温が高くて、きっと脳細胞が次々と破壊されて、きっと理性的な活動ができないぶんを本能で補っているのね。それじゃあ仕方ないわね。そんな小さい女の子にまで手を出しちゃって」

 ルイズはタバサを指差して言った。
 才人は思わず、夜空を仰ぐ。その意味は、「誰かこいつを止めてくれ」。

「なっ!」

 キュルケが怒涛の口撃に反撃する手段が浮かばない。
 そこで、友人であるタバサが代わりに口を開いた。

「あれ……」

 しかし、今の話題とは関係ないようだ。ナイスなスルースキルを持っているようである。
 タバサが杖で示した方向を見ると、宝物庫があった。その頑丈な壁が崩れていた。近くには巨大なゴーレムがあり、どうやらそれが破壊したらしい。

「な、何よ、あれ」

 キュルケが強張った声を漏らす。

『獲物……じゅるり』

 ルイズの右手に握られたセフィラが舌でなめずり回すような異音を立てた。

「宝物庫……」ルイズは呟き、思考に集中する。

(あの宝物庫が物理的に破壊されるなんて万が一、いえ、億が一ぐらいではないとありえない。もちろんその一はわたしだけど……そうか、セフィラが鍛錬で熱が入って、流れ弾で宝物庫に傷をつけてしまったのね。まったく我が子はやんちゃで困るわ。可愛いけど)

「才人、あのゴーレムの主を捕らえるわよ」

「はっ?」

「いいから行きなさい。セフィラをサポートに回すから、運が悪くなければ死なないわ」

「運がいい自信がないよ……」

 才人はすっかり落ちぶれていた。広場での決闘で自分の強さに自信がついてきていたのだが、セフィラの厳し過ぎる鍛錬によって見事に打ち砕かれてしまったのだ。それはそうだろう、見た目はただの杖なのだから。それに一対一でいいように弄ばれるのはまさに悪夢にちがいない。

「なら、死ぬ気でやりなさい。骨がぐらいは拾ってあげるから。いえ、そもそも才人が負けるなんてありえないのよ」

 才人の瞳に輝きが戻る。

「なぜ?」

「わたしの使い魔だからに決まっているでしょう」

 その言葉がなんとなく、才人の心を救った。




 デルフリンガーを構えた才人は、満身創痍の体が軽くなるのを感じた。ガンダールヴのルーンはいつでも才人の味方だった。

「よくやる気になったもんだぜ、相棒」

「女にあんなことを言われちまったら、熱くなるもんがあるだろう?」

「はは、流石は相棒だ。男前だぜ」

「そうだろう、俺は男、いや漢になるっ!」

 超高速でゴーレムに接近し、かなりの太さがあるゴーレムの腕へと斬り掛かる。流石に分断できなかったが、

『ブレイクハート、起動。撃ちますっ!』

 レビテーションで才人に追随していたセフィラの柄が輝き、その光が宝石に集約されると、ピンク色の閃光を放った。
 単独戦闘装置『ブレイクハート』は、幼いルイズによって作られたオーバーテクノロジーである。自身に宿した精神力をコントロールすることで、その密度を高めたり形を変えたり、魔法へと転じる前の純粋な力を操る装置だ。
 閃光は光の刃となり、才人が切り込みを入れた箇所に追撃し、ゴーレムの腕を切り落とした。

「ソフィア、仕上げよ。そろそろあのゴーレムの主が顔を出すはずだからね。才人、セフィラ、下がって!」

 ルイズの指示に従い、前衛を務めた二人はルイズの元まで後退を開始する。

『座標指定確認しました。微調整のサポートを行います』

 ルイズはソフィアを夜空へと向けて構える。

『……人影を確認しました』

「お馬鹿な犯人さんにこれを送るわ。『レクイエム』!」

 呪文が完成すると、ゴーレムが大爆発を起こした。しかし、爆発はゴーレムの体のみに影響を与え、周囲への被害は抑えられていた。
 煙が晴れると、巨大なゴーレムは無残な姿を現した。しかし、それでもまだ動きを見せていた。ゴーレムの肩には、主らしき姿もある。

「どうやら、対策済みということね。内部犯の可能性が高いわね」

『ルイズ様、索敵範囲外です』

「諦めましょう。夜闇の中じゃ危険が多いわ。それに相手は黒いローブをしていたしね。探すのに骨が折れるわ」

 てきぱきと事後処理を終えたルイズは、体力が切れた才人を引き摺りながら部屋に戻っていった。


 その戦闘をキュルケとタバサは呆然と見ていた。珍しくタバサは本を閉じていた。それだけのものだったのだ。
 二人はルイズがその場を去るまで動くことができなかった。
 はっきりと『ルイズの魔法』を目の前で見て、記憶を失っていないのは、学園ではこの二人だけだった。




「この三人です」

 コルベールの言葉で、ルイズ、キュルケ、タバサの三人は一歩前に踏み出した。
 学院長室には多くの教師が集まっていた。昨夜の事件――宝物庫にフーケが侵入し『破壊の杖』を盗んでいったことについての責任のありかを議論していた。しかし、そのくだらない言い合いはオスマンに収められ、今は目撃者である三人からの情報収拾を行うところである。

「ふむ……きみたちか」

 キュルケ、タバサはさらりと流し、後ろに控えたままの才人を見てから、ルイズを凝視した。
 ルイズはオスマンの鋭い視線に答え、不遜な態度で鼻を鳴らした。

「オールド・オスマン」

 ルイズが一言発すると、学院長室は静まり返った。
 教師の多くは、親の仇を見るような眼でルイズを睨み付ける。キュルケとタバサは複雑な表情をしていた。才人は状況に付いて行けず戸惑うばかりである。

「なんだねミス・ヴァリエール」

 机に両肘をついたオスマンは年長者に相応しい落ち着きを見せていた。そこにはいつものふざけている様子は微塵も感じられなかった。

「フーケは内部犯……あるいは、『アルハザードの悲劇』の関係者だと思われます」

 ルイズの言葉に教師一同は凍り付く。
 数年前に起きたアカデミーでの事件だ。多くの死者を出し、緘口令がしかれたため、子ども達の多くはその事件の名を知らない。

 そのため、大人達――教師に対して、トリステイン出身ではないキュルケやタバサは首を傾げるしかなかった。才人は言わずもがな。
 オスマンは鋭い眼光をルイズに浴びせた。

「ミス・ヴァリエール……」

 忌々しげに声を漏らすオスマン。
 ルイズは変わらず不敵に笑っていた。
 二人が一触即発の空気をかもし出す中、教師達の中に姿がなかったミス・ロングビルが学院長室に現れた。
 コルベールが捲し立てるが、

「フーケの居所がわかりました」

 とロングビルの落ち着きを払った態度で告げられた情報によって遮られた。



 ロングビルの説明が終わり、オスマンは咳払いをすると有志を募った。
 しかし、誰も杖を掲げる者は居なかった。

(わかる者が調査すれば、あの壁の傷がセフィラのものだというのはばれるわね。ここはいっそ、神の執行者であるわたしが直々に葬り去るべきかしら。ええ、それがいいに違いないわ。これは事実を隠すための行動ではないのよ、絶対的な正義のもとに成される断罪。神よ、神の代行者たるわたしに加護を。もちろんそんなものがなくともわたしは失敗はしないけどね)

 ルイズは今にも高笑いを上げそうな顔で杖を掲げた。

「わたしが行きます。これ以上腑抜けた教師どもには任せていられません」

『ああ、相変わらず凛々しいお姿です、ルイズ様』

 ソフィアの宝石がきらきらと光った。

『獲物ね。ふふ……アカデミーでは身動きできなかったからストレスがそれはもう……。マスター、感謝します。そして、その正義の心に感服致しました』

 セフィラは昨夜の戦闘を思い出し、怪しく輝いた。完全に戦闘狂である。バトルジャンキーである。

「ミス・ヴァリエールの言い方は確かに乱暴じゃが。事実ではあるのう」

 オスマンは今だ踏ん切りのつかない教師どもを見やり、残念そうに首を振った。
 また一つ、杖が掲げられた。しかし、今度も生徒だった。

「ふんっ、ヴァリエールには負けられませんわ」

 キュルケに続いてタバサも掲げる。

「心配……それに」

 ちらりとルイズを見た。タバサの眼鏡が怪しく輝く。
 キュルケとタバサが百合々し始めたのを放っておいて、オスマンは愉快そうに笑った。

「では、三人に任せるとしよう」

 反対意見があがるも、オスマンに収められた。

「三人はそれぞれ優秀なメイジじゃ。問題はあるまい」


 こうしてフーケ捜索隊が結成された。

第6話 異端のルイズ(1)

2014.05.09 (Fri)
 朝食を終えて、ルイズと共に教室へと向かおうとしていた才人だったが、シエスタに呼び止められ厨房に向かうことになった。

「才人、厨房の人に迷惑を掛けちゃダメよ。それと、仕方ないから護衛の任務から外してあげる。偉大なるルイズ様に感謝しなさい」

 とルイズが至極真っ当な注意をしてきたのに驚きつつ、才人は厨房に入った。

「来たか、『我らの剣』!」

 入って早々、太ったおっさんに抱きつかれた記憶は、きっと暫くは忘れられないだろう。もしかしたら夢に出るかもしれない。悪夢であるが。
 よくわからないが、厨房の人達は、少し前にあったヴェストリの広場での決闘(最終的には戦争に近いものだったが)で、メイジを圧倒した平民――才人を気に入ったらしい。

 手厚くもてなされた才人は思わず頬が緩む。
 命掛けで盾になってやったルイズはお礼の一言も口にしなかったので、あの戦いに関して褒めてくれたのはこの人たちが初めてだった。

「本当にお強いんですね、才人さんは」

 シエスタが微笑みながら才人に尊敬の眼差しを向けた。
 才人はますます頬が緩む。今度は別の理由であるが。



 胴上げが始まりそうなぐらいテンションが上がっていた厨房の一同だが、才人が遠慮がし出したことで落ち着きを取り戻した。

「いやぁ、前に来た時は睨まれっ放しで怖かったんですよ」

 才人は初めて厨房に訪れた時のことを思い出した。
 あの時のコック長は怖かった。ひたすらに怖かった。

「あん時は本当に済まないことをしたな、『我らの剣』。俺は貴族連中は嫌いだが、ヴァリエールの一家は例外なんだよ」

 驚いたことに、あの時、才人を威圧していた態度は、ルイズを思ってのことだったらしい。そして、『我らの剣』とは何もできない自分達に代わってルイズを守ってくれる者、という意味らしい。
 マルトーの言葉をシエスタが継ぎ、

「ヴァリエール家は、唯一わたし達、平民の味方をしてくれているんですよ。特にミス・ヴァリエールは、前にも話した通り、本当に平等の扱いをしてくれますから」

「あんな生意気な態度を取ってるので許せるのか?」

 くすり、とシエスタは笑う。

「あの方は素直ではないんです。前に一度、私はミス・ヴァリエールに救われたことがありますから。いいえ、この厨房にいるほとんどの人たちが、ミス・ヴァリエールに救われているんです。特に……えーと、今ここには居ませんけど、フィーアというメイドと私にとっては命の恩人ようなものなんです」

「よくわからないけど、とにかくルイズはいいやつだってことだな」

 余りそうは思えない才人である。あえて言うならば、純粋な悪で微妙に綺麗に見えるだけな気がする。

「はい……。ですから、サイトさん。どうかミス・ヴァリエールを嫌わないでください」




 才人は釈然としないものの、とりあえずルイズは平民からは実を言うとそれほど嫌われていない変な貴族、ということにしておいた。

「いっつぅ……」

 歩いていると、決闘の時の傷が痛んだ。
 魔法が直撃した腹部を手で押さえ、俯き気味に歩く。ルイズが秘薬をケチったので、きちんと完治するまで『治癒』をしてもらえなかったのだ。

「うぼっ!」
「わわ、わわわっ!」

 前を見ていなかったせいか、曲がり角のところで人とぶつかってしまった。
 才人は痛みを堪え立ち上がると、すぐさまぶつかった人に手を差し伸べようと……、

「誰も居ない……だとっ!」

 と驚愕に打ち震えていた才人だったが、床に散らばった大量の洗濯物がもぞもぞと蠢くのが目に入った。

「あぅぅ……痛いですぅ。でも、ルイズ様の服に包まれて、幸せです」

 蠢いた地点から、ぽこっと人の頭が出てきた。発言から変質者っぽかったが、出てきたのは小柄で可愛らしいメイドだった。
 メイドが散らばった服を集め出したので、才人はそれを手伝おうとしゃがみ込む。

「その、ごめん。俺がよそ見していたばっかりに」

「気にしないでください。……それより、あなたは……! ルイズ様の使い魔の方ですね。わたしはフィーア、ルイズ様の専属の使用人を務めさせていただいています」

「俺は平賀才人だ。でもどうして一度も会わなかったん……っ!」

 才人の言葉が不自然なところで止まる。
 二人はしゃがみ込んで作業をしている。スカートはロングタイプのため、その中を窺うことはできないはずだったのだが、見事なまでに捲りあがり、後は角度的な問題で闇の中に潜む純白の下着が見えた。フィーアはどうやらまるで気付いていないようだ。
 更に小柄な容姿からは考えられない特大の二つの最終兵器が、姿勢によって前に迫り出されていた。
 フィーアは天然なのか、才人の邪な視線にも気付かない。

「それはですね、わたしがルイズ様のご実家の方に最近まで研修に行っていたからです」

「そ、そうなんだ」

 すべて集め終わり、才人の至福の時間は終わった。

「あの、ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ……」

 ついついそんな風に答えてしまう。フィーアは首を傾げるだけだったが。
 フィーアは丁寧なお辞儀をし、大量の洗濯物を持って危なっかしい足取りでその場を去っていった。



 授業を受けている傍に居ても詰まらないので、才人は学院内をぶらつくことにした。
 授業中のため、ほとんど人と出会わず、途中で使い魔と何回か擦れ違っただけだった。
 曲がり角に差し掛かった時、人の声が聞こえ、才人は足を止めた。

「やっぱりあんなことになると思ったわ。『異端』の入学には私は反対していたのよ」

「仕方ないだろう。学院長が決めたことだ。普段はとぼけた態度で無能を装っているけど、全く読めない人だよ、あの人は」

「でも、このままじゃ生徒たちが犠牲になるのも時間の問題よ? あの異端は、人を殺して悠々と暮らしているのよ」

「証拠がないからな」

「でも、事実よ!」

 何やら通り抜けようにも通り抜けない空気を漂わせている。
 才人は聞く気は無いが、そのまま立ち止まって、話が終わるのを待つことにした。

「まあ、落ち着くんだ。確かにきみが彼女を憎むのは理解できる。それでも、証拠がなければ最終的には無罪になるだけの話だ」

「ならいいわ。私が直接……」

「おい、馬鹿なことは考えるんじゃない。ここで彼女を殺しても、きみの復讐は果たせはしない。今の彼女は、所詮はゼロなんだ」

 びくり、と才人の体が反応する。
 どいうことだ? 話の流れからすると、異端というのがゼロと同一人物で、そうなるとルイズが人を殺した?
 才人は身を隠したまま、耳を傾けた。

「この話はもう終わりにしよう。確かに私も彼女が犯人だと思う。だが、確実にそうか、と訊かれれば答えは出せない」

「もういいわ。確かに冷静になってみたら、ここで彼女を殺しても……」

 小さな声により、ぎりぎりまで近付いても聞き取れなかったため、才人はその場を後にした。これ以上その場に残っていては、きっと疑われてしまう。




 もやもやを抱えた才人はルイズが部屋に戻ってくるのをずっと待ち続けていた。
 地球のことや、ルイズのこと、色々と考えていると、ドアが開く音がした。

「部屋に居たの。随分といいご身分ね。まあ確かにわたしの使い魔という時点で、今のところ、世界で五番目に偉いのは確かだけどね」

「一番はお前だとしても、二番から四番は誰だよ?」

「セフィラとソフィアとデルフリンガーが、私と同点一位よ。そんな世界の常識を訊くなんて、つくづく馬鹿ね。いい加減この世界に慣れなさい」

 セフィラとソフィアを連れたルイズは、ワインを取り出すと、才人にも勧めた。

「飲みなさい。飲まないと死ぬわよ」

「なんでっ!?」

「まあ飲んでも、このワインの呪いに耐え切れなかった場合、左目が永遠に見えなくなるけどね。ただしわたしの使い魔に限り」

「凄く限定的な呪いだな」

 才人は冗談だろう、ということでルイズの向かい側のソファに腰掛け、グラスに口をつけた。

「そりゃそうよ、セフィラが夜通しで、対才人用に作ったワインだもの」

「ぶふぅーーっ!」

 セフィラが作ったということで、才人は口に含んだワインを勢いよく吹き出した。

「残像よ」

 よくわからない呟きをしつつ、ルイズはいつの間にかにベットに避難していた。

『才人さ……いえ、ゴキブリ様、私が作ったワインは口に合わなかったでしょうか?』

 セフィラの宝石が弱々しく点滅する。

「間違った方に言い直すなっ!」

『マスター、部屋の掃除は後でしておきます。今はあのゴキブリを駆除しますので、すみません』

「構わないわ。それを肴にわたしはワインを飲むから」

「誰か助けてくれぇぇっ!」

 ルイズの元から離れ、単独行動をするセフィラ。妹のソフィアは自分の意思で動くことはできないが、姉のセフィラは自身に宿した魔力を消費することで、『レビテーション』と『フライ』による移動が可能である。
 才人は迫り来るセフィラから逃げ回る。

「相棒、死ぬなよ」

 デルフリンガーは優しいのか優しくないのか微妙だった




『これで準備体操は充分ですね。では、外に出て本格的な訓練を始めましょう』

「は……?」

『さぁ、逝きますよ』

「え、ちょ、字がちがぁぁぁぁうっ!」

 才人はセフィラと共に窓の外へと落ちて行った。

『姉さまは相変わらず過激ですね』

「そうね、常に冷静沈着であり、誰にでも礼儀を通すわたしを学び、よりよりレディを目指してもらいたいものだわ」

 外から凄まじい爆音が鳴り響いた。「ぎゃぁぁっ!」と才人の叫ぶ声。『甘い、甘い、甘い! ガンダールヴがなければただの小僧か、このゴキブリがっ!』と鞭打つセフィラの怒声も聞こえてくる。

『私もルイズ様みたいな、立派なレディになりたいです!』

 地形が変わるような衝撃音が夜の学園に響き渡った。『ふははははっ! 避けなければ死ぬぞ、ほらほらほらほらーっ! どうしたゴキブリ! 意地を見せろ、見せてみろっ!』「やめ、マジで死ぬ! 死ぬって!」『当たり前だ、殺す気だからなっ! 小僧、夜中に許可無く可愛い可愛いソフィーに触れていただろうっ! その時点で死刑は確定しているのだ』「出来心だったんです~~っ!」

「大丈夫、ソフィアになら、いいえセフィラにも、二人なら大丈夫よ。だって、わたしの娘だもの」

 慈愛に満ちた母親の表情で、ルイズはソフィアの柄を撫で上げ、宝石をくすぐった。

『あぅ、くすぐったいです』

 天を貫く閃光が窓の外で迸った。遅れて轟音が学園を揺らした。「なにそれ!? 魔法? 科学? レーザーってなんなんですかぁぁっ!」『ふははっ、行くぞ『ブレイクハート』! これが私の全力全開、(生存)フラグブレイカー!』「ぎゃぁぁぁぁっ!」

「嬢ちゃん、家族のふれあいはいいけどよ、ストッパーが居ないと相棒が死んじまうぜ」

「代わりなら幾らでも居るのよ。あれは三番目だから」

「なっ……!?」『えっ!?』

「……………………冗談よ」

 流石に才人の声が聞こえなくなったので、ルイズはきちんと廊下は走らず、階段は左側を通って才人のところまで移動した。
 デルフリンガーとソフィアは最後まで、ルイズの表情から、先ほどの発言が冗談だったのか、つい漏れてしまった本音だったのかは判断できなかった。
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